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非業の死、殿堂入り投手ハラディが遺した反面教師としての教訓

豊浦彰太郎Baseball Writer
この写真、ズボンのセンターが開いているが他意はない(写真:ロイター/アフロ)

ESPNが放送、掲載した殿堂入り投手ハラディの薬物依存との戦いと事故死は、ファンに改めて悲しみと共感をもたらした。しかし、感傷的になるだけでなく、彼が遺した反面教師としての教訓も活かすことが必要だ。

偉大なる投手の事故死

5月末、スポーツ専門チャンネルのESPNは『Imperfect: The Roy Halladay Story』というロイ・ハラデイのドキュメンタリーを放送し、主題を同じくする記事『Inside Roy Halladay's struggle with pain, addiction』もそのウェブサイトに掲載した。

2017年11月に自身の操縦する飛行機事故で40歳での非業の死を遂げたハラディは、間違いなく2000年代を代表する偉大な投手だった。ブルージェイズとフィリーズに在籍した2002年から2011年までの10年間にメジャー最多の170勝を挙げ、最多勝利のタイトルとサイ・ヤング賞を2度獲得している。無類のタフネスでその間63完投を記録した「先発完投型」だった。ちなみに彼に次ぐCC・サバシア(インディアンス / ヤンキース)は33完投であり、その差は圧倒的だ。さらには、2010年5月には完全試合、同年のプレーオフ地区シリーズでは1956年ワールドシリーズでのドン・ラーセン(ヤンキース)の完全試合以来となるポストシーズンでのノーヒッターも記録した。昨年には野球殿堂入りを果たしたが、十分その栄誉に値する大投手だった。

個人的には、フィリーズ在籍の2011年地区シリーズ最終戦でカージナルスのクリス・カーペンターと投げ合ったCY受賞者対決の手に汗握る投手戦が忘れられない。最終スコアはスミ1の1対0でハラディは敗れたが、カーペンターは3安打完封、ハラディも8回6安打1失点だった。8回裏に代打を送られなかったら、彼も完投しただろう。

内なる敵との長い闘い

今回ESPNが映像と記事で報じたテーマは、これほどまでの栄光に包まれたハラディも、若い頃から成功への重圧、故障との闘いから鎮痛剤をはじめとする薬物が手放せず、それは次第に依存症に至るなど、その人生は内なる敵との闘いだった、ということだ。

要は、当代随一の名投手も悩み苦しむひとりの人間だったということで、その弱さの部分も包み隠さずメディアに語った遺族の勇気にも称賛が集まった。また、このことは日本のメディアでも多く取り上げられた。そして、その論調もESPNに準ずるものだった。

しかし、同じ事実も捉える角度を違えれば、全く異なる評価になる。今回のESPNのハラディ企画に感じたことを卒直に記したいと思う。

教訓も忘れるな

まず、人間ハラディの弱さや葛藤にはぼくも大いに共感するのだけれど、薬物使用に関しては、今回のESPNの企画のみならず、アメリカメディアや社会全体が寛容すぎると思う。恐らく、メジャーリーグという舞台で5日ごとに先発投手を務めることのプレッシャーは想像を絶するものがあるのだろう。しかし、だからと言って依存症に至るまで溺れることが正当化されるわけではない。

ハラディは引退4年後に事故死したが、この10年間で現役メジャーリーガーも7人亡くなっている。これはNPB(10年に転落死1名)と比較すると、そもそもの母数の差を考慮しても極端に多い。薬物絡みも2019年に遠征先のホテルで死亡しているところが見つかったタイラー・スキャッグス(エンゼルス)を含め少なくない。2016年にボート事故死のホゼ・フェルナンデス(マーリンズ)にも薬物の反応があった。薬物を摂取してのボート操縦、しかもシーズン中の深夜に、となると悲劇だけでは済まされない。メディアは死を悼むだけ、失われた才能を嘆くだけではなく、彼らの死が遺した負の教訓もきちんと報道すべきだと思うが、概ね後者はスルーされている。

検査体制は?

ハラディの事故死にしても、彼の薬物依存と事故の直接の関連性は証明されてはいないが、それをきっちり否定することもまた難しい。また、薬物依存者が飛行機を操縦することは本来大きな問題だ。彼のケースは単体の事故だったが、これが対人、対物の被害を伴っていたら、とてもではないが稀代の名投手への追悼と彼の人間としての苦悩への共感だけでは済まされなかったのではないか。

また、メジャーリーグ薬物検査の「ザル」ぶりも改めて認識させられた。違反者へのペナルティを伴う検査は2005年にようやく導入され、その内容や罰則も次第に強化されてきた。しかし、依存症に陥り、時には目はうつろで異常な発汗もあったというハラディから、その当時の検査では何ら異常を検出できなかったという「ゆるゆる」ぶりはどうだろう。また、そういう状況を目の当たりにした同僚や監督・コーチ、経営陣は何もアクションを起こさなかったのだろうか。

死者に鞭打つ気は毛頭ない。しかし、ハラディのケースも含め、悲劇を悲しむだけでなくその死が遺した教訓を伝える役目もメディアは果たして欲しいと思うのである。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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