バウトン追悼、 その著書「ボールフォア」は単なる暴露モノにあらず

ボールフォアは多くの言語で翻訳版が出ているようだ 撮影 : 豊浦彰太郎

元大リーガーのジム・バウトンが死んだ。80歳だった。彼は通算62勝の投手で少しも傑出した存在ではなかったが、著者「ボールフォア」で球史に名を残した。この本は暴露モノだったが、それだけではなかった。

バウトンが死んだ

日本時間の11日午後、元メジャーリーガーで作家でもあったジム・バウトンの訃報をウェブニュースで知った。驚きはしなかった。ああ、そうだろうなと思った。もう80歳だったし、かなり前から彼の公式サイトは更新が滞っていたからだ。体調を崩している可能性は大いにあると思っていた。

実は、ぼくはかなりのバウトンマニアで、彼の代表作「ボールフォア」は40年前に和訳本を読んで、20年前には原書を取り寄せ読んだ。15年前には古本サイトで和訳版を見つけ再読、5年前には原書のkindle版をダウンロードして読んだ。

ボールフォアの続編「ボールファイブ(原題は全く違う)」の和訳はやはり40年近く前に読み、20年前には原書を読んだ。

他にもバウトンの著書は和訳、原書を含め全部読んでいる。15年くらい前には、彼と公式サイトを通じて何度か直接やりとりをしたこともある。

彼はメジャーリーガーとしては通算62勝(ただし、うち39勝は1963~64年の2年間で稼がれている)でごくありきたりの投手でしかなかったのだけれど、1970年に出版した「ボールフォア」は大ベストセラーになった。大リーガー(この表現の方が時代的には相応わしい)の薬物使用や性生活を赤裸々に語った暴露本だったからだ。

スキャンダラスな暴露本

例えば、多くの選手はグリーニーと呼ばれる興奮剤を常用しているということ。ある投手などは、登板予定日というので大量のグリーニーを服用したが、その試合は雨天中止になってしまった。興奮しきったその投手は事後の処置に苦労したという話が出てくる。

また、選手たちはフィールドからスタンドの女性のスカートの中を覗くのが大好きで、ダグアウトにはそのための双眼鏡が用意されているという。そしてその類の覗き行為を「ビーバー撃ち」と俗称していることも紹介されている。

他にも当時のメジャーリーグを代表するスーパースターであるヤンキースのミッキー・マントルがサインをねだる少年を平気で突き飛ばしていたとか、毎年オフの契約更改の際に球団側がいかに姑息な手段を講じて選手をだまそうとしているか、などなど枚挙に暇がない。

内外からのバッシング

当然のことながら、これほどまでのスキャンダラスな内容に対する球界内外から激しい反発があった。

怒り心頭に発した当時のコミッショナー、ボウイ・キューンは自らのオフィスにバウトンを召喚し、「ボールフォアに書かれている内容は、全くのでっちあげである」という声明に署名させようとした(このコミッショナーの行為は当初、極秘裏に計画されていたがマスコミに漏洩したことに加え、バウトンが署名に拒否したため結果的に本の格好の宣伝材料になってしまった)。

選手からの反発も凄まじかった。そもそもメジャーリーグのクラブハウスは、許可証があればマスコミの出入りも自由だが文字通り選手が裸の姿を晒す所でもあり、当時は「ここで見聞きしたことは全てここに残しておこう」という不文律があったのだ。ところが、バウトンは、フィールドを離れた選手たちの実態を衆目に晒した訳で、「クラブハウスの尊厳を汚した」として「ユダ」(キリスト一二使徒のひとり。「裏切り者」の代名詞)呼ばわりされることになった。

スポーツジャーナリストからの反発もかなりのものだった。何せ彼らは「ペン」という武器を持っているのだから。従来彼らが書いてきた勇気、挫折、努力、スポーツマンシップを題材とした「感動物語」とは全く異なる「ボールフォア」は、良識派とされるスポーツライター達から袋叩きにあうことになった。それは、さながら、1930年代にカリフォルニアの果樹園労働者の悲惨な実態を描き「焚書」にされたジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」さながらだった。

それらの暴露話について、前述のようにメジャーリーグ機構およびジャーナリストから轟々たる非難がこの本とその著者のバウトンに浴びせられることになるのだが、誰もが「メジャーリーグの名誉」や「クラブハウスの尊厳」を守るためと言いながらその真実は自らの利益を守るためのバッシングだったようだ。

オーナー達は契約更改時における姑息な交渉手段が露わにされたことにより、今後の駆け引きに影響が発生することを恐れた。

ジャーナリストたちが立腹した本当の理由はバウトンの本の内容ではなく、野球を題材にしたベストセラーが生まれるとしたらそれはジム・バウトンごときではなく自分たちによって書かれなければならないと考えたからだ。何よりも、真実を語った本がこれほどまでの売れ行きを示したということは、それまで高名なジャーナリストによって書かれた本は何も事実を伝えていないということの裏返しであった。

更に興味深いのは、選手たちもその多くが「あいつをぶん殴ってやる」と憤りを露わにしたが、「あの本に書かれていることは嘘っぱちだ」という非難はついぞ出てこなかったことだ。

今でこそ、有名人はその私生活もパパラッチに追い回され、または自ら切り売りする時代だが当時はそうではなかった。バウトンが受けたバッシングはその時代の困惑というエネルギーだった。

ボールフォアの本質

「ボールフォア」をベストセラーならしめたのは、疑うべくもなくそのスキャンダラスな部分だ。しかし、この本を単なる暴露ものとして捉えるのは実は片手落ちなのだ。暴露もの、内部告発ものでしかないならその部分がニュース性を失うとその本自体の命運も尽きてしまう。

比較的近年では、デビッド・ウエルズが自らの不良少年時代やヤンキースチームメイトの裏話を綴った”Perfect I’m not”や、ホセ・カンセコがステロイドの蔓延をぶちまけた “Juiced”がその典型だ。

しかし、「ボールフォア」は違う。実はこれほど長きに亘り愛読され続けた本も文学以外では珍しいのだ。その理由としては、まずスキャンダラスな部分を割り引いても単純に楽しめる読み物としての秀逸さが挙げられる。決して大袈裟ではなく一ページに最低一回思わずニヤリと、もしくはゲラゲラと笑わせてくれる箇所がある。たとえば、こんなふうにだ。「悪い路面でピョンピョン跳ねるバスの後部座席でレイ・オイラーが勃起した。目的地に着いた時、彼は思わず運転手にこのバスを買い取ろうと持ちかけた。」

また、バウトンが類まれなる観察眼で選手たちを描き出している点も見逃せない。メジャーリーガーはシーズン中は家族と遠くはなれた単身赴任を強いられ、トレードやマイナー降格が日常茶飯事のため選手同士の本当の友情が生まれにくい。そんな状況で如何に彼らは孤独な存在であり、そんな不安定な心理状態も含め「読者となんら変わらない人間である」ということをこの本は語りかけている。

そして、貫かれているにはアンダードッグ、今の日本で馴染む表現で述べるなら、「負け組」からの視点だ。少なくともこの本が書かれた時点では、彼は日々マイナー降格に怯える「一軍半」の選手であり、監督やコーチから声を掛けられたか、そうならその時の声色はどうだったのか、ということで、チーム内の自らの位置付けを想像し、一喜一憂しているのだ。そんな部分が市井の人々の共感を呼んだことは間違いない。

R. I. P.