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「打者大谷は高校生並み」は価値観外の二刀流挑戦に対する米球界の戸惑い

豊浦彰太郎Baseball Writer
笑顔は明るい大谷だが・・・(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

今日、アリゾナから帰ってきた。現地2日半で5試合観戦プラス「朝練」のちょい覗き2カ所というてんこ盛りだった。悩ましかったのがカードの選択で、11日はピオリアはイチローの復帰戦でテンピでは打者大谷翔平がスタメン、メサではダルビッシュ有が登板の予定だった。結局大谷を選んだのだが、旬な選手ということもあるがそれまでの打撃不振で「ヤフー!スポーツ」のジェフ・パッサンに「赤信号」と書かれたことが動機付けになった。

そのレンジャーズ戦では第1打席で一二塁間を抜く12打席ぶりの安打を放ったが、その後は三振と一塁ゴロだった。動くボールに対応できず打球が上がらない(まるで初年度の松井秀喜)、緩急に脆い、追い込まれるとボールに手が出るなど未熟さが目立った。

それにしても、パッサンの記事で紹介された「高校生並み」というあるスカウトの評価は辛辣だ。一方、同じ時点で「ファングラフズ」では打撃練習でのケタ違いの飛距離を取り上げ「本格的に順応するであろう2年目以降の可能性は計り知れない」としていた。同じ選手の同一時点での評価がここまで分かれるのは珍しいが、それもそのはず。パッサンの記事では打者大谷を実力で評価しているのに対し、ファングラフズでは潜在力を論じているのだ。

なぜこういうことが起こるのか。それは二刀流があまりに革新的で、何を持って成功とするかの評価軸が確立されていないことと新しい価値観に対する球界の戸惑いのせいだろう。

前者に関しては、ぼくは大谷がプロ入りした当初から漠然と疑問を持っていた。投打二刀流の究極のビジョンとは何なのだろう。瞬間的なパフォーマンスなら、2016年7月のヤフオクドームでの初回先頭打者弾&その1点を守りきる8回無失点勝利だろう。しかし、シーズンを通してではどうだ。同年は投打で大活躍も規定打席にも規定投球回にも達していない。

1940年代のマイナーリーグには、打者としては三冠王を獲得し投げては20勝というバケモノ?もいたが、それは目指すところではないのか?大谷の二刀流への挑戦に対しては、当初は否定的だった多くの専門家も2015〜16年の成功を目にすると「こうなったら、行けるところまで行くしかない」と評価していた。しかし、「行くところまで」ってどこよ。壊れるまで?それでは無責任だ。

二刀流を極めるとは週一先発と年間300打席で投打とも好成績をあげることなのか、20勝と打撃タイトルの獲得か、またはそれに準じる成績を10年継続することか、聡明な大谷は明確にビジョンを持っているのかもしれないが伝わってこない(伝える必要はないか?)。ファンやメディアのフラストレーションはそこにある。だから、いきなりサイ・ヤング賞を狙えるかもしれない「実力」で語られるべき投手としての部分と今は「潜在力」で評価すべき(かもしれない)打者としての部分のギャップを上手く消化できないのだと思う。

そもそも、スポーツ界の思想の本質は保守的で経験外の事例や新しい試みに対して懐疑的だ(その負のエネルギーが「カネより夢」という彼らには理解しがたい神秘性とシンクロし、「現代のベーブ・ルース」などという仰々しいネーミングを生み出し話題性を高めたのだけれど)。

パッサンの記事でコメントを引用されたスカウトの心理の奥底には「二刀流なんて草野球じゃあるまいし」という固定観念があり、それがオープン戦で数試合ふがいない打席が続いただけでそら見たことか!となったと思っている。また、パッサンもマンガチックなTwo Wayに興奮するも疑問も拭えないファンに向けて刺さる記事を打ち込みたかったのではないか。

米メディアの反応としては、ESPNのバスター・オルニーの主張がぼくには興味深い。彼は昨年暮れに自身のコラムで二刀流の可能性について疑問を呈したのだけれど、投手と野手ではトレーニングが全く異なること、先発投手は登板間には独特のコンディショニングやメイクアップが必要なことなどを理由として挙げていた。しかし、これらは投手と野手が完全分業である現状を前提とした上でのロジックだ。大谷はこの前提自体に挑戦しているのだ。それを従来の枠組で論じて良い評価が導き出せるはずがない。二刀流の意義を論じようとすると、オルニーのようなテクニカルな側面からではなく、もっと哲学的というか形而上的な視点が必要なのだと思う。

先日、レンジャーズのコール・ハメルズが同球団の先発6人プランに疑問を呈した。これを「登板数減が先発投手の評価ひいては年俸に影響を与えるから」と考えるのは部分的には正しいが事の本質を捉えていない。どの業界でも成功者ほど、現在の仕組みを変えたくない性があるのだ。これは、女装による新人「かわいがり」の禁止を多くのメジャーリーガーが嘆いたことや、グリッドガール廃止をF1が決定した際にレッドブルのダニエル・リカルドらのレーサーは反対を表明したことに表れている。ボクシングの世界では30数年前に死亡事故を機に世界戦が15回制から12回に短縮されたが、真っ先に「12回しか戦えないのは鍛錬が足らない選手」と発言したのは、全階級を通じて最強と言われていたマービン・ハグラーだった。

大谷翔平はトゥウェルブ・トゥ・シックスのカーブや動くツーシームだけでなく旧弊とも戦わねばならない。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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