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ポスティングフィーに上限が設定された理由と経緯

豊浦彰太郎Baseball Writer
ダルビッシュのケースではレンジャーズは5170万ドルもの入札で独占交渉権を得た。(写真:ロイター/アフロ)

広島指定のポスティングフィー2000万ドルを提示した球団による、前田健太争奪戦がスタートした。海外FA権取得が2017年の予定だった前田を、広島が来オフではなく今回ポスティングに掛ける決断に至ったのは、万が一前田が来季故障に見舞われた場合は上限の2000万ドルのポスティングフィーの設定が難しくなるリスクもあることに加え、来季オフ寸前に現行の制度が失効することが理由だろう。後者に関して言えば、交渉いかんでは現行の制度よりもNPB球団に不利なものになる可能性もある。

現在の制度は2013年オフに締結されたが、もともとポスティング・システムは1995年の野茂英雄や97年の伊良部秀樹のメジャー移籍を機に、98年にスタートしている。その後、00年オフのイチローや06年オフの松坂大輔、11年オフのダルビッシュ有らをメジャーへ送り込んだ同制度は2年ごとに更新されていたが、12年12月にいったん失効した。入札金額の高騰を理由にMLB側が修正を要求していたことや、MLB選手組合の専務理事マイケル・ウェイナーが脳腫瘍で療養生活に入ったことなどがその理由に挙げられる(ウェイナーは13年11月に死去した)。

当時楽天の田中将大の移籍要望を背景に13年に協議が再開され、紆余曲折を経て同年12月にようやく現在の協定が締結された。それまで無制限で、ダルビッシュのケースではレンジャーズが5170万ドルを入札したポスティングフィーは、2000万ドル以下でNPB球団が任意に設定することになり、複数球団が指定額を入札した場合はその全球団に交渉権が与えられることとなった。その結果、田中の場合は事実上の自由競争と化したためヤンキースとの契約は7年総額1億5500万ドルと、ダルビッシュの6年5600万ドルを大きく引き離すレベルまで高騰した。

これによりMLBは、当初の目的であったいわば「ムダ金」だったポスティングフィーの圧縮に成功した。その反面、選手との契約も含めた総合のコストではむしろ高額になったという見方も成り立つ。しかし、ポスティングフィーはMLBの年俸総額にはカウントされず「ぜいたく税」の対象外となるため、「オレたちには参入の機会すらない」と不平をこぼした資金に乏しい球団も、渋々納得せざるを得なかった。

一方、NPBはどうだったか。選手は複数の球団との交渉が可能になり、結果的に契約条件はハネ上がるために現行制度ではいわば漁夫の利を得たが、球団側のメリットは明らかに後退している。どうして、NPB機構はMLBから提示された現行案を了承したのか?

それは、交渉に当たっての戦略とビジョンに欠けていたからだとぼくは思う。MLB側の戦略は明快で、前述の通りポスティングフィーの圧縮だった。それを実現するためには制度自体の消滅も辞さぬ強硬な構えだった。

それに対し、NPBが是が非でも獲得したかったもの、絶対に譲れなかったものは何だったのか?結局それが明確でなかったために、交渉が全て後手に廻った印象があった。最後は「交渉の不手際で田中の渡米が成立しなかった」という責任を回避するためだけに奔走してしまった。

結果論だが、NPBはオリジナルのポスティング・システム堅持を掲げるべきだった。自分たちにメリットのない案など徹頭徹尾拒否するべきだった。その結果、13年オフに田中の移籍が実現しなかったとしてもそれはNPBの責任ではない。

また、10年オフに楽天の岩隈久志(現マリナーズ)とアスレチックスの交渉が決裂したことなどでファンやメディアの間で「ポスティング欠陥論」が叫ばれたが、これにNPBは雷同してしまい、MLBに「好機」と認識させ改革交渉をスタートさせるきっかけを与えてしまったことも見逃せない。そもそも、契約は双方が意義を見出し初めて成立する。逆に言えば、ある程度の頻度での決裂は当然のことだ。NPBはその認識が欠けていたのではないか。そこで見せた隙をMLBに付け込まれ、結果的に極めて有利だった制度を失うことになったのだ。

来年の新協定締結においては、二の轍を踏まぬよう明確な目的と交渉戦略をもって臨んで欲しい。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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