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感動を呼んだ思い出のハンバーグ! 台湾人のレビューから考える食体験に重要な3つのこと

東龍グルメジャーナリスト
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

新規感染者数が急増

2020年7月31日、新型コロナウイルスの新規感染者数が東京、愛知、福岡、沖縄などで最多を更新し、全国でも1579人の最多を記録しました。

1日あたりの新規感染者数が4日連続で最多を更新しており、前日30日の1305人を大幅に上回ったという次第です。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、東京都では30日に、小池百合子知事が臨時記者会見を開催しました。酒類を提供する飲食店とカラオケ店に対して、営業時間を22時までに短縮するように要請し、協力金として20万円を補償すると述べています。

対象となるのは、感染拡大防止ガイドラインに則り、東京都の「感染防止徹底宣言ステッカー」を掲示している店。想定される規模は、事業者が4万くらいであり、予算は約80億円であるとしています。

台湾人レビュアーによる口コミ

コロナ禍が再び拡大し、国や自治体は明示していませんが、国民の感覚では第二波が訪れているといって間違いないのではないでしょうか。

飲食店は再び厳しい時期を迎えるのではないかと心配していますが、このような状況にあって、あえて思い出すのが、ある台湾人が食べログに投稿した口コミです。

それは「日本思い出のハンバグ(原文ママ)」と題された「ロイヤルホスト 八丁堀店」に対するレビュー。

道に迷って入店

多くの方が感動した話として、J-CASTニュースの記事でも反響がありました。

件の台湾人、趙丹氏は2011年頃に1人で来日し、道に迷ってしまったといいます。

当時はまだ日本語を勉強しているところだったので、英語で道を尋ねましたが、よい回答が得られずに困っていたところでした。そのうちにお腹が空いてしまい「ロイヤルホスト 八丁堀店」に訪れたといいます。

同店を選んだ理由は「Royal Host」という英語の看板から、英語が通じるだろうと思ったからです。入店し、スタッフに道を訊いたところ、地図まで書いてもらって親切に教えてもらい、涙が出るほど安心したといいます。

日本円も不足していましたが、クレジットカードで支払うことができたので、安心したということです。

この時に食べたのがハンバーグであったことから、口コミのタイトルが「日本思い出のハンバグ」となりました。

そしてこれ以来、訪日した際には一週間の滞日にもかかわらず、必ず同店のハンバーグを食べに訪れているということです。

きっかけはひとつのツイート

食べログに投稿されたのは、2016年5月であり、約4年前の投稿。これがコロナ禍の今になって再び脚光を浴びたきっかけは、テレビ東京に務める真船佳奈氏によるTwitterへのツイートでした。

緊急事態宣言が4月7日になされ、解除されたのは5月25日。投稿は5月15日なので、緊急事態宣言のさなかに投稿されたツイートでした。

飲食店において営業が自粛され、国民が外食を控えていた中で、台湾人レビュアーが多くの日本人を惹きつけたということになります。

趙氏の物語は、食体験に関する重要な示唆が内包されているので、改めて考察したいです。

匂いと音は記憶につながる

ある食べ物の匂いを嗅ぐと、小さい頃など昔の記憶が呼び起こされるという人は多いのではないでしょうか。

食事において、匂いや音は記憶と結びつきが強いものです。視覚は目を閉じていたり、たまたま視線が逸れたりしていれば情報が入ってきませんが、鼻からの匂いや耳からの音は常に入ってきます。

趙氏のレビューには次のような一文があります。

今日また同じのハンバグ。黒い鉄板に乗ってパチパチ音がしていい香りだ。

出典:『日本思い出のハンバグ』by 趙丹 : ロイヤルホスト 八丁堀店 (Royal Host) - 八丁堀/ファミレス [食べログ]

熱々の鉄板の上でハンバーグの脂がパチパチと爆ぜる音、そして、その熱にのって合挽き肉の香りが広がる様子が端的に表現されています。この時の趙氏の不安や安堵といった心情と結びついて、音が臨場感をもち、匂いが命をもっているように感じられるほどです。

読んでいる人にも非常にインパクトを与えるくだりではないでしょうか。

ホスピタリティは万能薬

絶対的な味覚はありますが、絶対的な食味は存在しません。

なぜなら、たとえば、食塩が何パーセントの食塩水であるかを正確に峻別できる舌をもつ人はいますが、全ての人間が満足できるような味を判定するような舌をもつ人はいないからです。

その料理の成分を解析し、塩分や旨味成分がどれくらいであるかを数値化しても同じことでしょう。なぜならば、味覚はそれぞれの人によって完全に異なるからです。

生まれ育った地域や母親がつくっていた料理の味付けが影響するのはもちろんのこと、外食の経験や食材の好み、宗教や信条、体調や気分によってさえ食味への評価は変わります。

そのため、よほど訓練されたプロフェッショナルな評価者ではない限り、飲食店の評価において、食味よりもサービスの方が一般的には評価しやすいものです。

趙氏は、自身が受けたサービスについて、以下のようにつづっています。

この店のハンバグ食べると思い出す。初めて日本来た時に出会った親切な日本人。

あのウェイトレスさんはもういないけど、彼女笑顔は覚えている。

出典:『日本思い出のハンバグ』by 趙丹 : ロイヤルホスト 八丁堀店 (Royal Host) - 八丁堀/ファミレス [食べログ]

食事とは直接関係がなかったとして、予約時の電話応対から入店時の案内や荷物の預かり、サービスの合間に交わされる何気ない会話、さらには退店時のお見送りなど、食体験を形成する要素はあるものです。

丁寧に道を教えてもらったことから、親切心に感動し、その後のハンバーグがよりおいしく食べられたことは想像に難くありません。

サービスの体験は、味よりも具体的に共有されやすいだけに、多くの人は趙氏が受けたホスピタリティを同時に体験できたように思います。

シチュエーションは重要

食事の思い出として、シチュエーションは非常に重要です。同じ料理を食べ、同じワインを飲むのでも、状況が異なれば、食事に対する評価や印象は全く異なります。

希望の大学に合格した時に初めて連れて行ってもらったフランス料理のフルコースを鮮明に覚えていたり、プロポーズの時に訪れたファインダイニングで食べた黒毛和牛のグリエのジューシーさがすぐ舌に思い出せたり、昇進を祝ってもらった際に連れて行ってもらったミシュランガイド星付きの寿司店で味わったシャリの食感を記憶していたりと、特別なシチュエーションであればあるほど、食体験の思いは深まるのです。

趙氏は、不安な状況で入店しましたが、道を教えてもらい、クレジットカードで支払えたことから、緊張からリラックスへと心理的な状態が変化しました。

これはファインダイニングにおいて重要な心の変遷。なぜならば、最初の緊張と最後のリラックスとの差が激しければ激しいほど、より素晴らしい食体験として認識されるからです。

たとえば、入店するまでに、着ている服装に問題ないかどうか、自分はこのレストランに相応しいゲストであるかどうかなどと心配してドアを開け、着席してから正しくカトラリを使えるかどうか、料理やワインの説明がわからなかったらどうしようかと悩んだりしたとします。

こういった時に、レセプショニストからにこやかに予約を確認されたり、サービススタッフに食べ方をさりげなく教えてもらったり、料理やワインについて平易な日本語で解説してもらったりすると、ホッと気持ちが和むものです。

そしておいしい料理を食べ、料理に合ったワインを飲んでいくごとに、お腹は満たされていき、楽しい気分になっていきます。

最初の緊張は期待の裏返しであり、最後のリラックスは満足の現れです。

趙氏は、不安な気持ちを抱いて入店しましたが、退店するときにはおいしかったという思い出を持ち帰れたので、よりよい食体験として心に銘記されたのではないでしょうか。

レビューの評価

趙氏が食べログに投稿した「ロイヤルホスト 八丁堀店」への評価は次の通りです。

レビューの種別は夜となっており、総合評価は満点の5.0点。料理・味は3.5点、サービスが4.0点、雰囲気は5.0点、CPはコストパフォーマンスの略で評価なし、酒・ドリンクも評価なしでした。

酒・ドリンクはおそらくアルコールやドリンクを注文しなかったので、評価できなかったのでしょう。料理・味が3.5点と高くないにもかかわらず、総合評価は満点というのが、食体験が単なる味だけではないことを物語っています。

そしてCPがなしというのは、値段をつけられない体験、つまり、プライスレスなかけがえのない体験を得られたということに、他ならないのではないでしょうか。

そこだけでしか得られない食体験

フランスの「ラ・マリーヌ」は、それまでグルメ不毛地帯といわれたノワールムティエで初めてミシュランガイドに掲載され、2つ星を獲得するに至りました。

これには、オーナーシェフのアレクサンドル・クイヨン氏がこのノワールムティエという島でしか食べられない食材や伝統料理を取り揃えて、最初の星を獲得したという背景があります。

そこだけでしか得られない体験というのは、どんな高級食材よりも価値があり、どんなスパイスよりも魅惑的な刺激があるもの。

趙氏が日本で出会った貴重な食体験は、多くの人々に食体験の素晴らしさを改めて訴え、その結果として大きな反響が生まれたのではないでしょうか。

営業時間が短縮されたり、外食が自粛されたりする、不幸なコロナ禍にあって、素晴らしい食体験を与えてくれる飲食店へ、気軽に訪れることができる日々が戻ることを切に願います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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