帝国ホテルの四季、そして帝国ホテルと四季

日本料理の特徴

和食は、2013年12月に無形文化遺産としてユネスコに登録されてから、ますます世界中で注目されています。

では、この和食=日本料理の特徴は何でしょうか。

日本料理の特徴と言えば、素材の持ち味を生かすことや旬を大切にすることです。

旬を大切にする

もちろん、日本料理以外の料理であっても、おいしい料理を作るために、旬の食材を使うことを大切にしています。

しかし、引き算の料理とされる日本料理では、旬の食材にできるだけ手を加えないようにしたり、目でも季節を感じたりできるようにしたりと、季節を非常に意識しています。

一方、足し算の料理とされるフランス料理では、旬の食材を大切にしながらも、発達した調理技術によって作り出したソースによって、食材のポテンシャルを十二分に引き出すことを特徴としています。

帝国ホテルの四季

こういった違いがある中で、日本料理と同等以上に四季を重んじているフランス料理店が日本にあります。

それは、<名門「帝国ホテル」「ホテルニューオータニ」の海外有名シェフ招聘フェアが、他とは全く違う2つの理由>でも紹介した、帝国ホテル 東京「レ セゾン」です。

「レ セゾン」はフランス語で「季節」を意味する帝国ホテル 東京が誇るメインダイニングで、シャンパーニュ地方の名店「レ クレイエール」のシェフであったティエリー・ヴォワザン氏を招聘し、2005年にリニューアルオープンしました。

「クラシカルモダン」という一見すると矛盾するような志をコンセプトにしながらも、ヴォワザン氏の繊細な感性によってバランス感のある料理に仕上げています。

そして何よりも、ヴォワザン氏による季節の食材への深いリスペクトが、心のこもった料理を生み出し、ミュランガイドでも星を獲得し続けてきました。

フランス料理の本を上梓

鯛の女王 ブルターニュ産ドラードロワイヤルを備長炭で焼き上げて アーティーチョークのタジン野菜とレモンのコンフィをアクセントに(PAGE 89)
鯛の女王 ブルターニュ産ドラードロワイヤルを備長炭で焼き上げて アーティーチョークのタジン野菜とレモンのコンフィをアクセントに(PAGE 89)

どの料理人も季節の食材にこだわっているのは確かですが、ヴォワザン氏のこだわりは他の料理人以上です。

ヴォワザン氏が執筆し、2017年4月10日に出版された料理の本「帝国ホテル レ セゾンの季節の食材とフランス料理」(誠文堂新光社)では、タイトルに「セゾン」と「季節」と2つも季節が含まれています。

このタイトルに紡がれた想いを貫くように、章立ては「春」「夏」「秋」「冬」といった季節による分類となっているのです。

多くの一流料理人が料理の本を出版してきましたが、フランス料理の本では普通、料理の種類、食材や調理法、難易度やTPOによる章立てが一般的になっています。四季から料理を語るというのは、それだけ季節に対する想いが深いからなのです。

フランス料理の作り方だけではなく、食材それ自身についても大きくページが割かれているので、見識も深まります。

本を上梓した理由

フランス産モリーユ茸のクルートを覆った鴨 春野菜を入れたブイヨンとパテ
フランス産モリーユ茸のクルートを覆った鴨 春野菜を入れたブイヨンとパテ

どうしてヴォワザン氏は本を執筆することになったのでしょうか。

実を言えば、ヴォワザン氏は当初、本を出版することに対して前向きではありませんでした。と言うのも、料理は生きているからであり、写真でその一瞬を撮影することはあまり意味がないという考えがあったからです。

しかし、ヴォワザン氏の料理は後世のためにも残すべきだという人々からの働きかけや周りの強い協力があったこと、そして、本を出版することによってお世話になった人々へ恩返しになると考えたことから、ヴォワザン氏は本の執筆を決心しました。

多い時には週に2回も撮影し、2年近くもの長い期間を経て、ようやく出版に至ったのです。

先に述べた食材の説明に加えて、ヴォワザン氏がシェフを務めていた「レ クレイエール」や一流シャンパーニュメゾンの「ドゥーツ」や「ポメリー」でも撮影を行ったり、ヴォワザン氏の料理人生や哲学を盛り込んだりするなど、料理の本を超えた壮大な内容に仕上がっています。

日本のフランス料理の黎明期を引っ張ってきた帝国ホテルのフランス料理「レ セゾン」のシェフが出版するのに相応しい、全く妥協のない完成度の高いフランス料理の本となったのではないでしょうか。

特別コースも提供

マンゴー好きなオマール海老(PAGE 82)
マンゴー好きなオマール海老(PAGE 82)

これだけの本を出版するにあたり、「レ セゾン」では出版を記念した特別コース「レ セゾンの“四季”」を2017年4月27日から10月31日までの約半年間、提供します。

本の出版を記念して発表会を開催することは珍しくありませんが、それに合わせた特別コースを提供すること、提供期間が約半年間と異例の長さであること、さらには、特別コースに本まで付くこと(本が付かない特別コースも提供)は、他では聞いたことがありません。

それだけ、四季の食材について語られたこの本が特別だということなのです。

特別コースの特徴

“ジェラール・ボワイエ”氏 直伝の黒トリュフのパイ包み焼き(PAGE 179)
“ジェラール・ボワイエ”氏 直伝の黒トリュフのパイ包み焼き(PAGE 179)

では、特別コース「レ セゾンの“四季”」の特徴は何でしょうか。

それは、特別コースで提供される全ての料理が本に掲載されているということです。そして特別コースには、ヴォワザン氏が恩師のジェラール・ボワイエ氏から受け継いだ、トリュフを丸ごとパイで包んで焼き上げる「ジェラール・ボワイエ氏直伝の黒トリュフのパイ包み焼き」も含まれています(含まれていない特別コースも提供)。

このメニューが特別コースに組み込まれていることは大きな意味を持っています。

と言うのも、特別コースに組み込まれているということは、本にも掲載されているということだからです。レストランにおいて料理の作り方は最高機密であるにも関わらず、スペシャリテの1つが料理の本で紹介されているのは驚きでしょう。

これに関してヴォワザン氏は「どの料理をどこまで公にするかは非常に悩ましいところだったが、多くの人へ恩を返しするためにも、できる限り記した」と、本の執筆に至ったのと同じ理由を述べます。

料理に合わせてページを開く

書籍「帝国ホテル レ セゾンの季節の食材とフランス料理」とメニュー表
書籍「帝国ホテル レ セゾンの季節の食材とフランス料理」とメニュー表

特別コース「レ セゾンの“四季”」でしかできない楽しみ方があります。

テーブルに置かれたメニュー表に、それぞれの料理が本の何ページに掲載されているか記されているので、料理に合わせてページを開くとよいでしょう。料理の詳しい説明やルセットが掲載されているので、食べながら確認することができます。

料理教室でのレッスンでもない限り、解説とルセットを見ながら料理を食べることなど普通はできません。ましてや、「レ セゾン」のような一流フランス料理店であればなおさらのことです。

家族などで訪れた場合には、1人だけ本が付いた特別コースを注文し、他の人は本が付いていない特別コースを注文することもできます。全員が本が付いたコースを注文しなくても、1冊の本を見ながら料理を食べることができるので、良心的な応対です。

四季にこだわる帝国ホテル

一つのさくらんぼ!(PAGE 220)
一つのさくらんぼ!(PAGE 220)

ヴォワザン氏が、四季にこだわった「帝国ホテル レ セゾンの季節の食材とフランス料理」を出版するに至った背景とこれを記念した特別コース「レ セゾンの“四季”」について説明しました。

実は最近、これに加えて、帝国ホテル 東京は四季にこだわったあるものを提供し始めました。それは本の出版と同じ時期に提供が始められた「インペリアルラウンジ アクア」の「BENTO」です。

四季をテーマにしたBENTO

この「BENTO」は季節毎に1ヶ月程度の期間だけ行われ、ランチタイムに1日10食だけ提供するというこだわりの品です。

春をテーマにした初回の「BENTO」は2017年3月30日から4月25日にかけて行われました。

アミューズ、オードブル、季節のスープ、魚介料理、肉料理、米料理、デザートを野点弁当スタイルで提供するという面白い試みで、乾杯にグラスシャンパーニュが1杯付き、10種類のドリンクは好きなだけオーダーできます。

この四季をテーマにした新しい「BENTO」はどのようにして生まれたのでしょうか。

BENTOが生まれた背景

「インペリアルラウンジ アクア」ではもともと、ランチタイムにはライトブフェが提供されていました。

帝国ホテルが発祥なった得意のバイキングで好評を得ていましたが、より落ち着きがあってラグジュアリーでゆったりとしたランチを提供したいという考えがありました。

しかし、例えば松花堂弁当では、他のホテルでもよく提供されているので、あまりオリジナリティを発揮できません。

そこでさらに模索していったところ、「インペリアルラウンジ アクア」で年間45000もオーダーされて、大成功を収めているアフタヌーンティーからヒントを得て、野点弁当という新しいスタイルのランチを提供することになったのです。

BENTOの特徴

BENTO
BENTO

では、この野点弁当スタイルのBENTOはどういったものでしょうか。

まず、テーブルウェアにこだわっており、見た目が印象的です。入れ物は特注品で、湿度を逃さず、食べ物をおいしいままで保っていられるウォールナッツの木からできています。三段の引き出しから構成されており、引き出してどのような食べ物が出てくるのかとワクワクするでしょう。

全ての器は違っていて、それぞれの食べ物に相応しい器が使われており、日本料理のようなきめ細かい配慮が窺えます。多くの種類を少量ずつ提供されているので、デギュスタシオンのような楽しさがあるでしょう。

しかも、「オマール海老と帆立貝の取り合わせ」「鮑のグラタン」「国産牛フィレ肉のステーキ」など、ラウンジとは思えない贅沢な料理を食べられます。

種類がたくさんありますが、全てが最高の状態で提供できるようにと、冷たいものを最後に載せるなどして工夫しています。

ドリンクはカクテル風に

玉露ヴァージン モヒート
玉露ヴァージン モヒート

「BENTO」では、アフタヌーンティーと同じようにドリンクにもこだわっていますが、コンセプトは違います。

「インペリアルラウンジ アクア」にはティーインストラクターがいるのでカクテル風にアレンジしたオリジナルのドリンクを提供し、外国人にも楽しんでもらえるようにと日本らしさを演出しています。

アフタヌーンティーは甘いお菓子が中心ですが、「BENTO」は塩っぱいものが中心なので、味覚が強くなり過ぎないようにも配慮しました。

例えば、春をテーマにした時に提供していた「玉露ヴァージン モヒート」は、香りが豊かな玉露を使って日本らしさを演出しながらも、料理の食味を全く損ねていません。ミントも適量が入れられており、後味がスッキリとしています。見た目も美しい緑なので、春らしさが感じられた、まさに季節のドリンクでした。

帝国ホテルと四季

「BENTO」は現在、四季の1ヶ月程度だけ提供されていますが、いずれは通年で提供し、1年中ずっと日本の四季を楽しめるようにしたいということです。

帝国ホテルは、日本のホテルの祖であり、日本のフランス料理を牽引してきましたが、その歴史では常に「変えてならないもの」と「変えていかなければならないもの」を峻別しながら、客に最高の体験を提供してきました。

日本の特徴でもある四季は、春夏秋冬と日々少しずつ変化していきながらも、毎年必ず同じように訪れてきます。

帝国ホテルも日本の四季もどちらとも、相反するものが厳かに調和しているという意味では似ているのかも知れません。

ヴォワザン氏はしばしば、帝国ホテルのすぐ近くにある日比谷公園で休憩してインスピレーションを得ていると言いますが、もしかすると、日本の中心地であり、自然が豊かなこの日比谷公園の中で四季の変化を仔細に捉えることによって、帝国ホテルのフランス料理で「変えてならないもの」と「変えていかなければならないもの」を敏感にかぎ分けているのではないかと思うのです。