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世界の知見を結集しても苦戦を強いられるエボラ対策 その現地体制は

谷口博子東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)
エボラで亡くなったと見られる赤ちゃんの家を訪問する対策スタッフ(写真:ロイター/アフロ)

昨年8月からアフリカ・コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)で流行が続くエボラウイルス病(以下、エボラ)。国内・国際社会は、その封じ込めに苦戦を強いられている。

これから対策に携わるスタッフの役割や思いを伝えていくにあたり、今回は現在組まれている体制と、日本との関わりを紹介しておきたい。

先人たちが積み上げた感染症制御のノウハウ

社会全体を保健上の危機から守るため、先人たちはそのノウハウを積み上げてきた。ここに紹介する体制は、エボラに限ったことではなく、インフルエンザでも、はしかでも、コレラでも、基本となる柱から成っている。

今回の流行対応では、コンゴ保健省がリーダーシップを担い、国立生物医学研究所(IRNB)といった国内組織、また世界保健機関(WHO)をはじめとする国連機関、非政府組織(NGO)がオペレーションに当たっている。

(図解)リーダーシップ/コーディネーション

コンゴ民主共和国 Strategic response plan for the Ebola virus disease outbreak(13 February 2019)より筆者作成
コンゴ民主共和国 Strategic response plan for the Ebola virus disease outbreak(13 February 2019)より筆者作成

※大文字:活動 小文字:上段/主な国内機関、下段/主な国際組織

※国際組織日本語名:WHO(世界保健機関)、IOM(国際移住機関)、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)、OXFAM(オックスファム)、ALIMA(アリマ)、MSF(国境なき医師団)、OCHA(国連人道問題調整事務所)、WFP(世界食糧計画)、World Bank(世界銀行)、Red Cross(コンゴ赤十字)、UNICEF(国連児童基金)

(参照)

コンゴ民主共和国 Strategic response plan for the Ebola virus disease outbreak in the provinces of North Kivu and Ituri(13 February 2019)

図解に示した対応の柱はどれが欠けてもいけないが、どこに重きを置くかは、感染症や流行が起きた、あるいは起きそうな社会の特徴や時期によって異なる。

エボラは1976年からアフリカ中央部を中心に流行が確認され、過去30回ほどのうち10回がコンゴで起きている。コンゴ保健省にはエボラ対応の知見があり、西アフリカでの緊急事態では人材も派遣した。

WHOを中心とする国連チームと国際社会は、西アフリカの流行時に迅速な初動と効果的なオペレーションおよび資金投入ができなかった反省から、その後、組織改編や新しい枠組みの構築を行ってきた。

コンゴでの8・9回目の流行では、その度ごとの発生環境の違いや対策課題はあったものの、短期間で終息し、国内外とも対応への自信を深めていたのだった

知見はある、薬もワクチンもある。が、思うように使えない

こうして今回のエボラ流行では、エボラ対策に知見のある国内外のアクターが複数存在し、かつ、効果があると見られる治療薬とワクチンもある。

しかし、流行が起きているコンゴ東部では、反政府勢力を含めた紛争が続く中、これまで中央政府や国際社会から顧みられることのなかった地域住民とのコミュニケーションと信頼獲得は困難を極め、具合が悪くても専用設備のある治療センターに来ない、感染予防策が必要な埋葬で助言を拒否される、結果、接触・感染疑いのある人を追跡できない、さらに感染範囲と感染ルートが特定できないという事態が起きている。患者ケアやそのための薬剤・ワクチンという“手段”があるのに、それを思うように活用できないのだ。

苦悩するのは、対応側だけではない

住民は何十年にわたり、基礎医療さえ受けられず、多くの人たちが下痢、はしか、マラリア、栄養失調、武力攻撃・暴力で命を落としてきた。彼らの危機はエボラに始まったことではない。信頼関係がない中で、具合が悪くなっても、見知らぬ誰かが何をするともわからないセンターに行く気にはならず(自分の身に置き換えても、信頼関係がなければハードルは極めて高い)、数少ない地元の保健所や伝統療法士のもとを訪れる。実際、症状が末期になってセンターに搬送されても既に手の施しようがなく、センターに行った人は亡くなるという噂が、さらに人々をセンターから遠ざける。

当初、昨年内には終息と考えられていた10回目の流行が、いまも収まらない。対策の効果が思うように出ない中、戦略は、体制は、これでよいのかとの声が、対応する組織の内外から上がっている。今年2月に発表された第3次に次ぐ第4次戦略対応計画の準備が進められ、今月、稼働の予定だ。

このような中、7月15日にルワンダとの国境に近い200万人を擁するゴマで感染者が確認された。コンゴ保健省は本人の周囲にいた人は全員追跡できており、感染拡大はないとしている。

世界の巨大スマホ市場が紛争を下支え

国際社会を挙げて流行制圧に取り組む中、日本も、資金援助、技術支援、人材育成などの分野で協力を行っている。同時に、他国同様、今回の事態の解決を困難にしている背景の一つ、地域紛争も決して他人事ではない

技術支援については以降の回に譲るが、資金援助において日本は、世界保健機関(WHO)のエボラ対策を含む「緊急対応基金(CFE)」にドイツに次ぐ拠出額*の支援を行うほか、世界銀行グループが日本、ドイツ、WHOの協力のもと設立した「パンデミック緊急ファシリティ(PEF)」も重要な資金拠出元となっている。

2019年6月末時点の2018-2019年総額

かたや、コンゴ東部で続く紛争の背景には、スマートフォンやパソコン、電気自動車や電動車に欠かせないレアメタル(希少金属)の存在がある。コンゴ東部は、世界有数のレアメタル埋蔵地域だ。そこから得られる金を巡って争いが続き、さらにその金が少なからず紛争当事者の活動源になっていると言われる。世界の巨大なマーケットが、結果的に紛争を下支えするという構図がここにある。

(参照)

コバルトの世界生産量(年間)JOGMEC, Industrial Minerals, USGS等により経済産業省が作成(2019年1月)

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第1回「エボラ対策は保健を超えたイシューに 空港で迎えてくれたのは

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)

医療人道援助、国際保健政策、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ。広島大学文学部卒、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻で修士・博士号(保健学)取得。同大学院国際保健政策学教室・客員研究員。㈱ベネッセコーポレーション、メディア・コンサルタントを経て、2018年まで特定非営利活動法人国境なき医師団(MSF)日本、広報マネージャー・編集長。担当書籍に、『妹は3歳、村にお医者さんがいてくれたなら。』(MSF日本著/合同出版)、『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著/講談社)、『みんながヒーロー: 新がたコロナウイルスなんかにまけないぞ!』(機関間常設委員会レファレンス・グループ)など。

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