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防衛費増額と反撃能力保有の議論がほとんどないままに終わった国会の異常

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(702)

水無月某日

 米国のバイデン大統領は20日、カリフォルニア州で開いた支持者との会合で、日本の防衛費増額を巡り、「私は3度日本の指導者と会い説得した。彼自身も何か違うことをしなければならないと考えた」と述べ、岸田総理に働きかけを行ったことを公にした。

 日本の防衛費増額は米国の軍需産業の利益に直結するから、大統領の説得で実現したことになれば大統領の得点になる。支持者にそれを公表したことは、選挙戦を有利にする材料になると考えているからだ。つまり日本からの富の吸い上げは大統領選挙を有利にする。

 第211通常国会は、防衛費の大幅増額とこれまでの「専守防衛」から「反撃能力保有」への大転換について議論する国会になるとフーテンは思っていた。ところがほとんどと言って良いほど議論はなかった。

 岸田政権が財源の見通しがないまま防衛費の増額を決めたことは、自らの意思による増額ではないことを物語る。自らの意思によるものであれば、まずは財源を確保することから計画を考えるはずだ。

 従ってウクライナ戦争などを口実に米国の「命令」によって大幅増額を飲まされたとフーテンは見ていた。従米国家日本は米国の「命令」には従わざるを得ない。しかし命令に従うには金が必要だ。財源をどうするか。安倍元総理は国債(借金)でやるとの考えだった。しかし岸田総理は「増税」と言った。フーテンは「ほほう」と思った。

 借金は将来世代への付け回しだから国民には負担感が生じにくい。しかし増税は懐を直撃するから国民は慎重になる。岸田総理は国民が慎重になる方を選んだ。そうなれば徹底した議論が必要になり、実現には時間がかかる。

 つまり岸田総理はバイデンから言われて防衛費増額は受け入れたが、実現には時間がかかるやり方を採用した。今国会では「防衛財源確保法」を成立させ、5年間で43兆円の防衛費の財源として、①歳出改革、②毎年度の決算剰余金、③増税の3点を挙げている。ところが増税が何の増税なのか分からない。

 さらに増税の実施時期も「2024年以降の適切な時期」が、「2025年以降も可能となるよう柔軟に判断」となった。財源の捻出に苦慮しているようにも見えるし、好意的に解釈すれば、バイデン政権が交代することもありうると見て、増税の時期を先延ばししているようにも見える。そのためもあって今国会では議論らしき議論がなく、国民には何が何だか分からないことになった。

 

 フーテンが防衛費増額以上に重要と考えていたのは、戦後の日本の国是とも言うべき「専守防衛」を「反撃能力保有」に変えたことだ。これについても肝心の議論は行われなかった。肝心な議論とは「抑止力とは何か」という議論である。

 「専守防衛」は立派な「抑止力」である。「こちらからは攻撃しません」と言っているのに攻撃を仕掛けてくるには相当な理由が必要だ。簡単に攻撃には踏み切れない。だから「専守防衛」は「抑止力」になる。

 しかし日本の場合は「抑止力」にならない可能性がある。それは日米同盟があるためだ。日米同盟は日本が「盾」、米国が「鉾」の役割である。つまり日本の「専守防衛」は米国の攻撃力の影に隠れた「専守防衛」なのだ。

 同盟関係にある米国がどこかの国を攻撃すれば、そして米軍の出撃基地が日本にあれば、攻撃された国は日本を攻撃してくる。そう考えれば日本の「専守防衛」は「抑止力」にならない。それを「抑止力」と考えるとすれば、ひたすら米軍の攻撃力を「抑止力」と考えるからで、日本の「専守防衛」によるものではない。

 日本に「反撃能力保有」を求めてきたのは米国である。それは米国が自らの軍事力に万全の自信を持てなくなってきた証だ。勿論、米国の軍事力は今でもダントツの世界一で、中国の3倍、ロシアの10倍の軍事費を投入している。

 しかし米国は第二次大戦で日本に勝利して以来、戦争に勝ったためしがない。朝鮮戦争は引き分け、ベトナム戦争に敗れ、テロとの戦いでも最後はぶざまな形でアフガニスタンから撤退した。

 だから米国は自分では戦わずに、紛争の種がある国を支援することで自分の敵を弱体化する戦略を採用し始めた。その最初のケースがウクライナ戦争である。バイデンはNATOと日本を巻き込んでロシアの弱体化を図るためにウクライナにロシアを挑発させた。

 そのため同盟国の軍事能力を高める必要がある。NATOと日本が軍事費増額を決めたのはそのためだ。G7議長国の日本はこれを断れない。去年の議長国であるドイツが増額を決めると続いて増額を決め、さらに「反撃能力保有」に舵を切った。

 そこで「反撃能力保有」が「抑止力」になるかが問題である。保有に賛成する側は相手が恐れて攻撃してこなくなると言う。しかし相手が恐れる兵器とは何かだ。フーテンは核兵器以外にはあり得ないと思う。

 政府は「専守防衛」をやめて「反撃能力保有」に変える理由を、「周辺の安全保障環境が厳しくなったから」と言う。日本の周辺と言えば、中国、ロシア、北朝鮮のすべてが核保有国である。それらの国に対し「抑止力」になりうるのは「核武装」以外にない。

 そしてそれでも抑止できなければ、核戦争が起きて相手の国も日本も日本国民も地球上から消滅する。「反撃能力」のエスカレートが始まれば、そこに行きつく覚悟を持たなければならない。

 だが日本を永遠に従属させておきたいのが米国だ。米国は日本の核武装を絶対に認めない。認めれば日本が米国の核の傘から出て自立することになる。米国の考える日本の「反撃能力保有」は、日本が米国製兵器に依存し続け、米国に富を吸わせる形の「反撃能力保有」でなければならない。

 要するにこれは安全保障問題ではなく経済問題である。冷戦時代の日本は憲法9条を利用して米国から富を吸い上げたが、冷戦後はそれがすっかり逆転し、米国が憲法9条を利用して日本から富を吸い上げているのである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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