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反撃能力を持つことが日本を米国への追従から解き放ち自立への道だという米国の考え

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(687)

睦月某日

 「到来した『日米3.0』の時代」と題するコラムが20日の産経新聞に掲載された。著者は国際政治学者エドワード・ルトワック氏で、バイデン大統領と岸田総理の日米首脳会談で日米関係は新たなフェーズ(段階)に入ったと絶賛している。

 かつて米国が日本に防衛政策を要求すると、日本は憲法を盾に抵抗する緊張状態があった。それが一気に解消され、日本は自発的に政策決定を行い、追随ではなく独立国として米国と並び立つ存在となり、日米の安全保障関係は国家間で制度化されたと書かれている。

 フーテンは55年体制末期の日本政治を裏側から取材した経験を持ち、その後冷戦崩壊から米国が9・11同時多発テロに襲われるまでの10年余り、米国議会の議論を取材してきた。フーテンの経験から言えば、ルトワック氏のコラムは米国の目線だけで書かれており、日本政治の洞察が不足している。

 そこでルトワック氏の見方を紹介しながら、そこにフーテンが知る日本政治の内実を重ね合わせ、日米関係の現状を考えてみたいと思う。ルトワック氏は日米関係を3段階に分けた。第1段階は安倍政権が誕生する前、第2段階は安倍政権の時代、そして現在が第3段階である。

 「第1段階は米国が一方的に政策を決め日本に要求した時代で、日本は憲法を盾に同意できる範囲でしか応じなかった。自衛隊は米軍から役割拡大を求められると、政治家が認めないことを理由に要求をかわした」とルトワック氏は書いている。

 第1段階についてのルトワック氏の認識はその通りだと思う。第二次大戦後の米国は日本が二度と米国に歯向かわぬよう憲法9条に「戦力不保持、交戦権否定」を盛り込んだが、それを逆手に取って吉田茂は「軽武装、経済重視路線」を敷いた。軍事に力を入れずに経済に力を入れ、経済復興を優先させてそれを高度経済成長につなげた。

 そのため吉田の流れをくむ自民党保守本流は憲法9条を国民に浸透させ、野党に護憲運動をやらせることで、米国が日本に対する軍事的要求を強めれば、政権交代が起きて日本に親ソ政権が誕生すると米国に思わせた。それが米国の要求をかわすための外交術だった。

 その頃の日本には「町人国家論」という考えがあった。米国は刀を持つ侍だが日本は刀を持たない町人である。町人は侍から唾を吐きかけられても頭を下げなければ無礼討ちに遭う。しかし江戸時代の商人は、貯め込んだ金を侍に貸すことで実は侍を操った。憲法9条を持つ日本はそれを真似て、表では米国に従属しながら裏でせっせと金儲けに励んだ。

 1985年、ついに日本は世界一の金貸し国となり、米国が世界一の借金国に転落した。日本経済は現在の中国のように米国を追い抜く勢いだった。しかし1991年のソ連崩壊でそれが一変する。唯一の超大国となった米国は、誰に遠慮することもなく、日本経済を解体する作業に取り掛かった。

 日本経済の中枢機能を託された銀行は米国のハゲタカファンドに買収されて見る影もなくなり、高度経済成長を支えた日本型経営も批判され解体された。吉田茂の「軽武装、経済重視路線」の裏には重大な要素が隠れていた。憲法9条があるため米国に永遠に従属せざるを得ない「従米路線」である。

 冷戦時代の日本人は憲法9条を信じ込み、日本の平和主義と経済重視路線を謳歌したが、ソ連崩壊後の日本に突き付けられた課題は、「軽武装・経済重視路線」とその背後にある「従米路線」からの脱却だった。

 自民党から権力を奪った細川政権もその後の民主党政権も米国からの自立を模索した。しかし戦後の日本を支配した米国依存の体質から脱却することは難しく、特に民主党政権の戦略性のない外交無能によって日米関係は「漂流状態」に陥る。

 そこにルトワック氏が第2段階と呼ぶ安倍政権が誕生した。「安倍元総理は日本が独立国であることを表明し、独自政策の策定に着手した。それがインドを日米豪印のクワッドの枠組みに引き込む。これでインドとの関係強化を望んでいた米国が密接な関係を構築することができた」とルトワック氏は書いている。

 また「安倍元総理はロシアとの北方領土交渉には失敗したが、しかしその対露政策はロシアによる対中軍事協力を制限する効果を生んだ。安倍元総理は日本を対米追従から米国と並び立つ存在に引き上げた」とルトワック氏は絶賛する。

 つまり細川政権や民主党政権が模索した「従米路線」からの脱却を、安倍元総理が成し遂げたと言うのだ。本当だろうか。安倍元総理は2013年に「特定秘密保護法」を、15年に憲法解釈で集団的自衛権を認める「平和安全法制」を成立させた。いずれもかねてから米国が日本に要求し続けてきたことを実現させたのだ。追従から脱却したわけではない。

 ただインドをクワッドに入れた「自由で開かれたインド太平洋」構想については、16年に安倍元総理が表明し、その構想を米国のトランプ政権が取り入れたので、日本が主導した対中包囲網戦略とみえなくもない。だがそれにも疑問を抱かせる情報がある。

 ジャーナリストの岩上安身氏や高野孟氏によると、安倍第二次政権は12年12月26日に発足したが、その翌日に国際的に有名な情報サイト「プロジェクト・シンジケート」に安倍氏の名前で「アジアの民主主義国の安全保障ダイヤモンド」という英語の論文が掲載された。

 中国を南シナ海から排除するため、日本、インド、オーストラリア、米国(ハワイ)が4角形のダイヤモンドの形の包囲網を構築する構想である。その後の「自由で開かれたインド太平洋」の出発点とも言うべき論文だが、なぜか日本語でなく英文で発表された。

 現職の日本総理の論文なら日本語訳され発表されてしかるべきだ。ところが英文しかなく、日本では誰も知らないままになった。そしてその4年後に安倍元総理の構想として「自由で開かれたインド太平洋戦略」が発表されたのである。

 高野氏らはこの構想を安倍元総理ではなく米国が作ったのではないかと考えた。米国が日本の総理に言わせることで日本が言い出したことにする。占領期以来の米国の日本統治の仕方に「自発的隷従」という手法がある。これもそれだと言うのである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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