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参院選で与党は大勝していない、野党が惨敗しただけだ

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(656)

文月某日

 安倍元総理が選挙応援中に銃撃され暗殺されるという衝撃の中で行われた第26回参議院選挙は与党の圧勝に終わった。与党圧勝は安倍元総理の事件が起きる前から、野党の選挙協力がうまくいかないために予想されていたことである。だから驚く話ではない。

 ただフーテンは安倍元総理の暗殺が有権者にどのような影響を与えるかを注目していた。しかしそれも予想よりは限定的だった。事件直後に政治家やメディアは、銃撃を「民主主義に対する挑戦」として「民主主義政治を守れ」としきりに訴えていたので、投票率の上昇があると思ったが、上昇は前回より3ポイント程度で、52.05%と過去4番目の低さだった。事件がなければ過去最低になっていたかもしれない。

 また安倍元総理の突然の死は、元総理の所属する自民党に同情票を集めるかと思ったが、今回の自民党の獲得票数は、前回2019年の参議院選挙より比例区で600万票も減らした。自民党を支持する国民は増えるどころか減ったのである。

 一方、与党の一角である公明党も比例で800万票の獲得を目指したが、結果は618万票余りに終わり、改選議席数を1議席減らす結果になった。因みに公明党が比例で800万票を上回ったのは、2009年の衆議院選挙が最後である。それ以降は700万台を推移し、前回の参議院選挙で650万に落ち、今回は600万台の下の方になった。

 それでも与党は125議席中76議席を獲得した。自公両党が獲得票数を減らしているのにそうなるのは、野党がバラバラでまとめる力を持った政治家が不在だからである。立憲民主党の泉代表は開票日のテレビ番組で、「右の野党と左の野党がいてまとめるのはこれが限界だ」と言い訳をした。

 32ある1人区で11選挙区しか候補者の一本化を図れなかった言い訳だ。右と左をまとめられないというのなら、日本には永久に政権交代が実現しないことになる。右の思想の持ち主で左とも親しくできるか、あるいは左の思想の持ち主で右とも親しくできる人物がまとめるしかないと思うが、いないのだろうか。

 そして与党が獲得票数を減らしているのに勝利してしまうのは、野党の票の減り方の方が大きいからだ。例えば立憲民主党の前身である民主党を見ると、2009年に政権交代を果たした衆議院選挙では、比例でおよそ3000万票、全体の47.43%を獲得した。

 ところが菅直人政権の2010年の参議院選挙で、比例で1100万票余り、つまり3分の1以上を失ったのだ。理由は09年の政権交代で「消費税を上げない」と選挙公約したのに10%の消費増税を公約に掲げたからである。有権者には「裏切り」に映った。

 この選挙で民主党は参議院の議席の過半数を失い、衆参「ねじれ」が生まれ、法案を成立させられない危機的状況に追い込まれた。ところが不思議なことに菅直人総理は退陣せず、民主党議員や党員・サポーターは菅総理の続投を認めたのである。

 それからの民主党はつるべ落としだ。次の2012年の総選挙でさらに900万票減らし、政権を奪った時の3000万票が960万票に減った。野党に転落してからは700万票と1100万票を行ったり来たりし、今回が677万票と公明党と変わらなくなり、784万票を獲得した維新に追い抜かれた。

 一方の共産党もパッとしない。安倍政権時代の2014年の衆議院選挙と16年の参議院選挙では600万票を超えたが、17年の衆議院選挙からは400万台、そして今回は361万票と国民民主党をやや上回る程度だ。公明党の半分しか獲得できない政党になった。

 社民党の前身はかつて自民党と対峙した社会党である。それがいまや1議席を維持できるかどうかの瀬戸際に追い込まれた。れいわ新選組の232万票や初めて国政に挑戦した参政党の176万票にも抜かれて、今やNHK党と肩を並べる125万票しか獲得できない。

 このように野党陣営の中で立憲民主党、共産党、社民党はいずれも退潮傾向にある。これらの政党に共通するのは票を減らしても誰も責任を取らず、本気で政権交代を狙っているのかが分からないことだ。口では狙っていると言うが、しかし行動を見ると、自分たちの主張の正当性に比重があり、どんな手段を弄してでも権力を奪い取る気が見えない。

 政治は権力闘争だ。国民のために何かを実現しようとすれば必ず反対者が現れる。反対者を制して実現するにはこちらが権力を握らなければならない。反対者を説得するにも、あるいは妥協するにも、さらには力で制するにも権力を握らなければ何も始まらない。

 権力は与えられるものではなく、自らの意思で戦い、勝ち取るものだ。権力闘争は戦いであるから、孫氏の兵法に言う「兵は詭道なり」の世界である。つまり戦いとは騙しで、うまく騙した者が戦いに勝つ。だから政治家は騙しの技術を磨かなければならない。

 かつての「55年体制」は、政権交代させないことを目的とする政治だったから、野党は正論だけを主張していればよかった。そのため国民は正論を主張するのが野党だと思い込んだ。しかし社会党も共産党も本物の野党ではなかった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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