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プーチンの帝国主義的侵略と日本軍の真珠湾奇襲攻撃を重ね合わせたゼレンスキー

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(650)

水無月某日

 6月3日に日本記者クラブで防衛省防衛研究所の兵頭慎治政策研究部長がウクライナ情勢について記者会見を行った。兵頭氏はウクライナ戦争が始まってから連日テレビで解説を行い、顔を見ない日はないので知らない人はいないと思う。

 その論調は日本政府や米国政府の意を体し、ロシアに厳しくウクライナの側に立った解説を行うので、フーテンの見方とは異なるところがある。しかし兵頭氏の解説は冷静なトーンで視聴者に対する説得力があり、テレビで見かける時にはフーテンもじっくり話を聞くようにしてきた。

 会見での話はこれまでテレビで語ってきたことと変わりがなく新味に欠けるものだったが、フーテンが気になったのは、ロシアとウクライナという当事者が発表する情報には信用できないものがあるので、なるべく第三国の情報を参考にすると発言したことだ。

 戦争当事者の発言が信用できないのはその通りだ。戦争で最も重要なのは情報戦だから戦争当事者が本当のことを言うことはない。都合の悪い情報は隠し、都合の良い情報だけを発表する。場合によっては情報を捏造することもある。だからロシア発の情報もウクライナ発の情報も信用できない。

 兵頭氏が当事者ではなく第三国の情報と言ったのは、口ぶりから米国と英国の情報だが、それが果たして第三国なのか。そこがフーテンの認識と異なる。フーテンはこの戦争をロシアとウクライナの戦争ではなく、ロシアと米国およびNATOの戦争と考えている。ウクライナはそれに利用されているだけだ。だから第三国を信用できると考えるのは危険である。

 西側のウクライナ戦争報道は、それが始まった時点から極めて意図的なものをフーテンは感じてきた。映像情報で視聴者の感情を揺さぶり、一定の方向に導こうとする意図があり、米国の広告代理店が得意とするナチスのゲッベルス顔負けのプロパガンダだ。その米国流プロパガンダに世界が乗せられている。

 フーテンはこれまで米国の巧妙な嘘を何度も経験してきた。ブログで紹介したように、日米自動車戦争の時の「デトロイトは反日の火の手」という嘘、戦後の学校給食でパン食を普及させた時に流した「コメを食べると馬鹿になる」など米国の嘘は枚挙にいとまがない。

 そして2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻した時から始まった「狂ったプーチンの帝国主義的軍事侵略」というプロパガンダは、1941年の日本軍による真珠湾奇襲攻撃の時の米国の「スニーク・アタック(騙し討ち)」、「リメンバー・パール・ハーバー(真珠湾を忘れるな)」というプロパガンダと重なる。そのことについて書こうと思う。

 日本が米国と戦っても勝てないことは軍部も分かっていた。それがなぜ開戦に踏み切ることになったのか。まず1941年12月8日(米国時間12月7日)の真珠湾奇襲攻撃の時点だけで見ると、日本軍が宣戦布告もせず真珠湾を攻撃したことで米国が「騙し討ち」ということには一見根拠があるように見える。

 米国はそれを最大限に利用して国民に日本軍の攻撃の不当性を訴え、その復讐に立ち上がるよう国民に訴えた。それが「真珠湾を忘れるな」である。これに呼応して米国民は立ち上がり、最後は人類初の原爆2発を投下して日本を無条件降伏に追い込んだ。「狂った日本軍の侵略戦争」で日本は焼け野原になった。それが奇襲攻撃の時点から見た話である。

 しかし時間軸をもう少し広げれば、違う話が見えてくる。日露戦争も国力の差から日本が勝てる戦争ではなかった。それが勝ったのは米国のセオドア・ルーズベルト大統領が初戦の段階で日本が優勢なうちに仲介に入り日露に講和条約を結ばせたからだ。

 これで日本国民は戦勝気分になるが、軍部は浮かれてはいなかった。第一次世界大戦を見て国力に劣る日本が正規戦では勝てないことを知る。日本には奇襲戦法しかなかった。米国はロシアを警戒して日本に好意的だったが、次第に日本に脅威を抱き「オレンジ計画」と名付けた日本攻略作戦を練る。米国はその頃から日本との戦争は日本軍の奇襲攻撃から始まることを知っていて防御訓練も行っていた。

 1937年に日中戦争が始まると、フランクリン・ルーズベルト大統領は激しく日本を敵視した。彼の母親は貿易商の娘で子供の頃に中国で暮らした経験があり、ルーズベルトは中国に親しみを抱いていた。しかしそれだけでは日本と戦争する訳にいかない。ルーズベルトは一方的に経済封鎖を厳しくして日本を追い詰め、戦争せざるを得ない状況を作り出す。

 経済封鎖は武器を使わない宣戦布告と言える。つまり戦争を始めたのは日本ではなく米国である。しかしそれは豊かな経済力を持つ国だからできることだ。経済力に乏しい国は武力に訴えるしかなく、そして世界では武力に訴えた国が戦争を始めた国とされる。

 従って日本軍の真珠湾奇襲攻撃はルーズベルトにとって狙い通りの展開だった。米国民にはモンロー主義の伝統もあり、外国に出て行ってまで戦争をしたいとは思っていない。その米国民を立ち上がらせるため「騙し討ち」は格好の材料となり、「真珠湾を忘れるな」が合言葉となった。

 「騙し討ち」と言われるのは、日本の宣戦布告が攻撃よりも遅れたことを指すが、しかしこの時、日本軍は真珠湾だけでなく英国領マレー半島にも上陸攻撃した。こちらも宣戦布告がないのに英国は「騙し討ち」と非難しない。どだい米国自身も、宣戦布告をしてから戦争するわけではない。ベトナム戦争もアフガン戦争もイラク戦争も宣戦布告なしに米国は相手国を攻撃している。

 にもかかわらず日本の「騙し討ち」だけは今でも生きている。真珠湾奇襲攻撃50年に当たる1991年、日米貿易戦争は頂点を迎えていた。米国メディアは日本経済を日本軍になぞらえ、米国経済を侵食するやり方を真珠湾奇襲攻撃の「騙し討ち」であるかのように連日報道した。

 2001年に9・11同時多発テロが起こるとブッシュ(子)大統領は「真珠湾奇襲攻撃を行った野蛮な日本は、米国との戦争に敗れた結果、最も忠実な民主主義国になった」と言い、「だからテロとの戦いで中東を民主化する」と演説した。

 そして今年、ウクライナのゼレンスキー大統領は米国議会でのオンライン演説で、ロシアの軍事侵攻を真珠湾奇襲攻撃と9・11同時多発テロと重ね合わせ、米国の支援を要請した。プーチンの蛮行は、旧日本軍と中東のテロリストと同列にされた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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