フーテン老人世直し録(654)

水無月某日

 22日に第26回参議院選挙が公示された。各政党の党首はそれぞれの地域で第一声を上げたが、自民党の岸田総裁の第一声には驚いた。米国のバイデン大統領が秋の中間選挙を有利にするために考えたロジックをそのまま使用したからである。

 岸田総裁はこう言った。「ウクライナ侵略によって世界規模で物価が高騰している。いわば有事の価格高騰である。エネルギー分野と食料分野にピンポイントで特化した政策をしっかり用意する。是非政治の安定を得てこうした課題を乗り越えて、未来を切り拓くのが誰かをしっかりとご判断いただかなければならない」。

 つまり「物価高」はロシアの侵略によって引き起こされた一時的なもので、だからウクライナ戦争で高騰したエネルギー価格や小麦などの食料分野に絞って政策を打っていく。悪いのはロシアで我々ではない。これが岸田総裁の第一声だった。

 これこそ秋の中間選挙用にバイデンが考えたロジックだ。バイデンは昨年夏のアフガニスタンからの米軍撤退で支持率を急落させ、それに加えコロナ禍から経済が立ち直る中で需要が急増し、原油価格が高騰したことによる物価高でさらに支持率が下がった。

 その責任を回避するために考えられたのが、バイデンの傀儡とも言うべきウクライナのゼレンスキー大統領を操ってロシアのプーチン大統領を挑発し、プーチンに戦争を起こさせることである。

 戦争を起こさせれば、プーチンを「巨悪」に仕立ててすべての原因をプーチンに擦り付けることができる。米国民の中にあるアフガニスタンからの米軍撤退という悪い記憶を消し、景気の過熱を抑えられない経済的失政もプーチンの侵略が生み出したことにする。

 米国の広告代理店が得意とするプロパガンダによって、ロシアの軍事侵攻直後はバイデンの思惑通りに推移した。世界中の人々に「大悪人プーチン」と「英雄ゼレンスキー」の構図を信じ込ませることができた。

 従ってウクライナ国民にどれだけの犠牲が出ても早期和平などバイデンの頭にはない。戦争を長期化させれば、過去最大の経済制裁によってロシアのプーチンは孤立し、経済制裁に苦しむロシア国民から反プーチン運動が起こり、プーチンは失脚するはずであった。

 ところが現実はそのようにならない。バイデンが呼びかけた経済制裁に賛成したのは欧米諸国を中心に国連加盟国の4分の1に満たず、アジア、アフリカ中東など新興国の多くは制裁に反対であることが明らかになった。

 しかも制裁を課している欧州には現在も大量の資源をロシアから輸入している国があり、日本も同様にロシアから天然ガスなどを輸入していて、実は経済制裁は見せかけだ。インドのようにこの機会にロシア産原油を安く大量に輸入して自国で精製し、それを高価で外国に売り差額を儲けている国もある。

 プーチンは意図的に侵攻を遅らせることで、欧米諸国の結束が乱れるのを誘い、同時に中国の習近平国家主席と手を携え、米国の世界一極支配体制に代わる新たな国際秩序を作り出そうとする動きを始めた。

 そうした情勢の中でゼレンスキーは、5月21日に「2月24日の侵攻前の状態まで戻せば勝利」と発言し、23日にはキッシンジャー米元国務長官も「ウクライナはロシアに領土を譲って和平交渉を追求すべき」と発言した。もはやプーチンを「悪人」に仕立てるだけでは、誰の利益にもならないことがはっきりしてきた。

 そうした状況の変化を知らないのか、あるいは知っていても国民は愚かだからと無視したままなのか、岸田総裁はすべての責任をロシアの侵略に負わせる発言を選挙戦の第一声で行ったのだ。しかもそこには見逃してはならない「嘘」がある。

 エネルギー価格の高騰はロシアのウクライナ侵攻が始まる前から始まっていた。それへの対策が求められていたにもかかわらず、そのことには一言も触れていないのだ。ガソリン価格は昨年の11月時点で1リッター169円と1月に比べて33円も上昇していた。

 国民民主党がガソリン価格の値下げのためガソリン税の「トリガー条項」解除を提案したのも昨年11月だ。それが引き金となって国民民主党は与党に急接近していくわけだが、その話は脇に置くとして、エネルギー価格の高騰をロシアのウクライナ侵攻からもたらされた「有事の価格高騰」というのは国民を騙すことになる。

 もう一つの食料分野も、岸田総裁は小麦を念頭に置いているのだろうが、なぜなら西側メディアでは、ウクライナ産小麦がロシアの妨害に遭い、輸出できないでいるニュースが毎日流され、世界が飢餓に陥るかのような印象を与えているからだ。

 しかし日本が輸入している小麦はロシア産でもウクライナ産でもなく、米国やカナダ、オーストラリアから輸入している。ウクライナ戦争が全く影響がないとは言わないが、輸入元の国々の天候や不作が価格高騰の主な原因なので、これも「有事の価格高騰」とは言えない。とにかく岸田総理は真の原因である日米金利差からくる「円安問題」に国民の目がいかないようにしている。

 このように岸田総裁の選挙第一声には、バイデン直伝と思われる「嘘」がちりばめられている。これまで岸田総理は「聞く力」を売り物にしてきたが、聞くだけで何もやらない、何もやらないから支持率が上がるとも言われてきた。しかし選挙を迎えて岸田総理は国民に「騙す力」を発揮し始めたとフーテンは第一声を聞いて受け止めた。

 「騙す力」は消費税減税をやらない理由にも使われている。物価高対策で各党は大なり小なり消費税減税に言及している。しかし与党は消費税減税はやらないと言う。理由は社会福祉の財源だからという説明だ。しかし消費税は福祉目的税ではない。福祉に使い道を制約されているわけではない。なんにでも使える。