フーテン老人世直し録(623)

極月某日

 岸田総理は衆議院予算委員会で18歳以下への10万円支給の方針を一転させ、これまで主張してきた現金5万円と5万円分のクーポン券を年内と来年春に支給するのに加え、地方自治体の判断でクーポン券ではなく現金で支給することを認め、さらに年内と来年春ではなく一括して年内に10万円を現金で支給することも認めた。

 この問題で野党に追及の場を与えれば、来年夏の参議院選挙に深刻な影響が出ることを恐れたからだろう。これを岸田総理が「聞く力」を発揮した「柔軟な対応」と見るか、それとも「なぜそれを最初からやらなかったのか」と見るかで、岸田政権に対する評価は分かれる。

 岸田総理が「聞く力」を打ち出したのは、7年8か月の安倍政権と約1年の菅政権がどちらも強権的だったからで、それに飽き飽きした国民に「聞く力」を訴え「柔軟姿勢」を見せれば喜ばれると考えているからだ。

 実際、この方針転換をけしからんという人はあまりいない。「遅すぎたけど結果は良かった」という声が多い。そのせいか「野党は攻めにくくなった」という声も聞こえてくる。野党としては「強権姿勢の安倍・菅政権の方が追及の見せ場を作ることができた」と考えているのだろう。

 安倍元総理や菅前総理なら簡単に引き下がらず、対決姿勢をむき出しにするから、野党の追及も延々続き、国民にアピールすることができた。ところが岸田総理は簡単に方針を転換して地方自治体の首長や野党の要求を認めた。そのため野党は追及しにくいという。

 しかしこの「追及の見せ場を作るのが国会」という野党の考え方にフーテンは根本的な疑問を感ずる。それこそが野党が万年野党であり続けた「55年体制」の負の遺産と思うからだ。

 国会は「追及の見せ場」を作るところではない。国民の利益になる政治を実現するために与野党が議論を戦わせるところである。国民が見ていなくとも、議論は戦わせる必要がある。今回の10万円支給で言えば、岸田総理が方針転換したからといって問題が終わったわけではない。

 公明党は「未来応援投資」と言ったが、そもそもこの支給が何を目的としたものなのかが分からない。子供を育てるのに必要な経費を支援するならなぜ1回だけで終わるのか。その際、所得制限を設けることは妥当なのか。1回だけなのはコロナ禍を念頭に置いた支援だからではないか。

 公明党が先の総選挙の公約に掲げたことを思えば、そもそも選挙目的のバラマキが疑われる。だから支給を2回に分けて来年夏の参院選の前に2回目を配ろうとしたではないか。それなら「未来応援投資」ではなくただの「選挙用バラマキ」だ。様々な疑問が湧いてくる。

 本当に子どもたちの未来を応援するなら、日本政府が何をやらなければならないかを与野党で議論すべきだ。野党は野党版の「未来応援投資案」を構想して提示し、与党版と比較検討させればよい。それが国会だと思う。

 しかしかつての「55年体制」の野党はそんなことより「見せ場」を作ることに熱心だった。それは権力を奪う気がないことを国民に気付かれないためで、どこで「見せ場」を作って国会審議を止め、どこで審議に復帰するか、スケジュールはすべて国会が始まる前に与党と野党で打ち合わせ済みだった。

 つまり予算委員会には誰も知らないシナリオがあった。何も知らない国民は野党が追及の見せ場を作って審議を止めると「よくやった」と拍手喝采するが、その裏で与党と野党は法案の取引を行う。「55年体制」の末期には与党から野党に金まで流れるようになった。それがフーテンの見てきた政治の裏舞台である。

 その「国会で追及の見せ場を作る」という習慣が、「55年体制」が終わって30年近く経つのにまだ続いている。ほとんどの国民はそれが国会であり、それが民主主義だと思っているかもしれない。しかしフーテンが見てきた米国議会はまったく異なる。

 40年ほど前、フーテンは「55年体制」の国会に疑問を持ち、外国の議会がどうなっているのかを調べた。まず分かったのは英国と米国の議会がテレビ中継を禁止していたことだ。テレビ中継すれば議員は大衆を意識してポピュリズムに走る。それは民主主義を歪めると彼らは考えた。

 しかしベトナム戦争に敗れた米国は政治改革を行い、1979年に民間の経営する議会専門チャンネルC-SPANがケーブルテレビで始まった。C-SPANは民主主義を強くすることが自分たちの使命だと主張する。そして議員がポピュリズムに走らぬよう、与野党が激論を交わす委員会審議は中継しない。

 中継するのは、与野党議員が有識者を議会に呼んで政策課題を巡って意見を聴取する「公聴会」と、法案が本会議で採決される時だけである。だから日本の予算委員会のように野党が追及する審議は放送しない。C-SPANによれば、党派性をむき出しにする議論を国民に見せることは民主主義を弱くするという。