フーテン老人世直し録(604)

長月某日

 菅総理が自民党総裁選に不出馬を表明し、総理を辞任する考えを表明した。二階幹事長交代劇から始まる政治の混乱は、ついに最高権力者の辞任で幕を閉じるように見えるが、しかしこれですっきりする訳ではない。

 誰が次の最高権力者になるか、誰がそのキングメーカーになるかを巡り、17日の自民党総裁選告示日まで、暗闘は続くとフーテンは思う。しかし平時ではなくコロナ禍という危機の時に、党内の暗闘で最高権力者を引きずりおろすことは昔の自民党では考えられなかった。

 「腐っても鯛」という言葉があるが、長く政権与党を続けてきた自民党は、駄目なところがあっても危機に直面すれば、リーダーの足を引っ張るより、何とか協力して危機に対処するところがあった。

 しかし今回の混乱から見えてくるのは、そうした本来の政権与党の姿ではない。その根本原因は前から指摘しているように、党内で圧倒的多数を擁する安倍―麻生連合が、コロナ禍の中での東京五輪開催という難事業を菅総理にやらせ、それが終われば短命で総理を終わらせようとしたことから始まる。

 病気を理由に退陣した安倍前総理は、人類がコロナに打ち勝った証しとして完全な形で東京五輪を開催することを「国際公約」したが、そのために菅総理に協力し、コロナに打ち勝つ難事業を下から支えるというより、病気が回復するや自分の再登板をアピールし、むしろ菅総理の足を引っ張る行動に出た。

 それは菅総理が自分の意に反し、短命ではなく中長期の政権を狙ったことに対する敵意である。これに対し菅総理は、気候変動問題やデジタル社会への取り組みという中長期の課題に、河野太郎、小泉進次郎ら若手を登用し、自分を短命に終わらせるなら、若手への世代交代を進める構えを見せ、安倍―麻生連合をけん制していた。

 安倍―麻生連合は、当初は岸田文雄前政調会長を傀儡として担ぎ、リベラルな憲法改正をやらせて国民の憲法改正アレルギーを取り除き、次に安倍前総理が返り咲いて憲法に自衛隊を明記する憲法改正を実現する計画だった。

 しかしコロナ禍という危機の時代に岸田氏では心もとない。そこでいったん菅政権を誕生させ、しかし自立させなくするため、敵基地攻撃能力を持つことを宿題としてやらせ、また日本学術会議の任命拒否を「置き土産」にして、菅内閣の支持率上昇を制約しだ。

 安倍―麻生連合にとって恐ろしいのは、菅総理と二階幹事長のコンビが次の衆議院選挙を取り仕切り、その結果細田派(事実上の安倍派)と麻生派の数が減り、二階派の数が増えることだ。

 そこで菅総理が二階幹事長を交代させ、自分たちの言うことを聞くなら菅続投を支持するという方向になった。つまり二階幹事長交代は菅続投支持の必要条件で、傀儡になることが十分条件だった。

 一方で、コロナ対策と東京五輪開催は様々な矛盾を生む。二階幹事長は「中止もあり得る」と言ったが、東京五輪開催は安倍―麻生連合からの絶対的な要求だから中止は難しい。そこで菅総理は「無観客」という不完全な形での開催に踏み切った。しかしそこから内閣支持率の急速な下落が始まる。

 すると自民党若手から「菅総理では選挙を戦えない」の声が上がった。どういう若手かと言えば、安倍政権時代に安倍前総理の人気に頼って当選してきた「安倍チルドレン」である。彼らは安倍前総理との親密な関係だけを訴えて当選した。「安倍チルドレン」は菅総理でなくとも次の選挙では落選の可能性が大なのだ。

 しかしメディアはその声を過大に取り上げ、菅総理の不人気を過大に報道した。メディアの報道を鵜呑みにするのが大衆だ。菅総理の不人気は瞬く間に国民大衆の中に浸透していった。

 自民党総裁選の日程が決まった日に出馬表明した岸田氏は、安倍―麻生連合の支持を取り付けるため、二階幹事長の交代と憲法改正を実現する方針を表明した。つまり自ら進んで傀儡になることを宣言した。これが今回の混乱の出発点だ。

 菅総理は自分の続投のために二階幹事長を交代させようとした訳ではないと思う。もしそうだったら二階幹事長は抵抗したはずだ。二階氏が菅総理の考えを受け入れたのは、2人が示し合わせて幹事長交代劇を仕組み、交代させると何が起きるかを安倍―麻生連合に見せつけるためだったと思う。

 この交代劇でスポットライトを浴びたのは石破茂氏、河野太郎氏、小泉進次郎氏の3人である。安倍―麻生連合にとって好ましくない人物ばかりだ。石破氏は天敵と言っても良いほど安倍―麻生連合とそりが合わない。今回はその石破氏が権力の中枢に近づくと思わせた。

 河野太郎氏が総裁選に勝利すれば世代交代が確実になる。麻生太郎氏の目の黒いうちは難しいが、河野氏もスポットライトを浴びて、次の総裁選に担がれる可能性が出てきた。麻生派に波乱が起こる可能性がある。

 一方、安倍―麻生連合にはアンチ小泉純一郎の側面がある。麻生太郎氏は露骨に小泉構造改革批判を行い、安倍前総理も小泉氏から総理にしてもらったが、原発推進の中心人物である今井尚哉氏を首席秘書官にし、今井氏の言う通りに政権運営を行った。

 ところが小泉氏は反原発の主張を強め、反原発では河野太郎氏とも盟友関係にある。小泉進次郎氏はその息子だが、菅総理はその河野太郎、小泉進次郎を将来の総理総裁候補として育て上げようとしてきた。

 つまり二階幹事長を交代させると、安倍―麻生連合にとって好ましからざる人物が重用されると思わせた。そして二階幹事長交代が報じられた夜には、菅総理が総裁選を先送りして9月中旬に衆議院解散を行うという情報が流された。