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後味の悪い「新潮45」休刊と「米国かぶれ」のお粗末

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(394)

長月某日

 新潮社が月刊誌「新潮45」の休刊を決めた。「新潮45」は8月号で自民党の杉田水脈衆議院議員が「LGBTは子供を作らない、つまり『生産性』がない」と主張する原稿を掲載し批判を浴びたが、10月号で批判に反論し杉田氏を擁護する特集を組み、それがさらなる批判を浴びていた。

 休刊の理由として新潮社は、「ここ数年、部数低迷に直面し、試行錯誤の過程において編集上の無理が生じ、企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていた。十分な編集体制を整備しないまま刊行を続けてきたことに、深い反省の思いを込めて、休刊を決断した」と説明している。

 雑誌が売れない現状を打開するため、世界的に影響力を強める「右翼的潮流」に便乗し、安倍総理の覚えめでたい杉田議員らの主張を取り上げ発行部数を伸ばそうとしたが、あまりに低劣な原稿を掲載することになり、逆に出版社の経営に悪影響が出かねない状況に追い込まれた。だから休刊するという説明である。

 休刊と言っても事実上は廃刊だと思うから、新潮社としては写真週刊誌「FOCUS」に次いで雑誌を一つ消すことになる。「FOCUS」の場合も発行部数の落ち込みを理由に休刊が発表された。しかし「FOCUS」は新聞やテレビが真似の出来ないスクープを連発した雑誌である。フーテンはその休刊を惜しんだが、今回の休刊は後味が悪い。

 「FOCUS」は2001年8月に休刊したが、1999年に起きた「桶川ストーカー殺人事件」では新聞やテレビが警察発表を鵜呑みにして取材をおろそかにしたのとは逆に、独自取材で犯人を割り出し、さらに警察の不祥事まで暴露してそれがストーカー規制法を作らせるきっかけになった。

 また2000年10月には森喜朗内閣の中川秀直官房長官と愛人の写真を掲載し、スタートしてわずか3か月で森内閣を官房長官交代に追い込んだ。その10か月後に休刊が発表された時、フーテンは政界からの圧力があったのではないかと疑った。それほど「FOCUS」にはジャーナリズム精神が息づいていた。

 ところが今回は貧すれば貪する話である。雑誌が売れなくなったから世界的潮流である右傾化を強め、過激な発言を取り上げて批判されると、さらにそれを売り上げにつなげようと低劣な反論を掲載したが、さすがにそれは他の商品にまで悪影響を及ぼしかねないと判断された。

 ジャーナリズム精神があれば、休刊せずに誌上でさらに問題を掘り下げ、多彩な議論を戦わせる方法もあったと思うが、それをすれば問題の発端が自民党中国ブロック比例トップの衆議院議員だけに政治を巻き込む話になる。新潮社は休刊にすることでそうしたことから逃げたのではないか。後味の悪さを感じるのはそう思ってしまうからである。

 杉田議員の主張はLGBTに対する差別だと批判され、それはその通りなのだが、フーテンにはそれとは別の視点がある。それは安倍総理にも共通するが「米国かぶれ」がもたらしたという視点である。「LGBT排撃」に最も熱心なのは米国の宗教右派であり、「生産性」の向上に熱心なのも米国である。杉田議員はその2つを結び付けた。

 「欧米に追い付き追い越せ」を目指して「欧米かぶれ」になる前の明治以前の日本は同性愛を排撃しなかった。しかしキリスト教を信仰する欧米では同性愛は宗教上の罪である。旧約聖書で世界を創造した神が「男と女が結ばれるべき」と命令したからだ。

 ただ近代になって同性愛は生まれつきの性的志向であるから人権は認めなければならないとの考えも出てきた。それで今キリスト教界は分裂している。その中で同性愛と人工妊娠中絶に最も厳しいのが米国のキリスト教界だ。福音派、カソリック教会、北米聖公会、正教会、モルモン教などがその中心勢力である。

 それがレーガン政権以降の米国政治に強い影響力を持つようになった。宗教右派に支持されるかどうかが選挙を左右し、共和党候補はLGBT排撃と中絶反対を唱えなければ当選できない。トランプ大統領が敬虔なキリスト教徒とは思えないが、しかし福音派の支持を得るためトランプはその主張に同調している。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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