選挙で世の中が変わるなら選挙は禁止される
フーテン老人世直し録(388)
葉月某日
2015年製作の米国映画『選挙の勝ち方教えます』をケーブルテレビで見た。南米ボリビアの大統領選挙で選挙参謀を務めた米国人選挙コンサルタントが全く勝ち目のない候補者を当選に導く話だが、2005年に作られたドキュメンタリーを基にしているので実話である。
邦題は安っぽいが、原題はドキュメンタリーと同じ『Our Brand Is Crisis』で、直訳すれば「我々の売りは危機」、つまり危機を煽って選挙に勝つ主人公チームの戦術を意味する。
サンドラ・ブロックが主人公の選挙コンサルタントを演じ、俳優のジョージ・クルーニーがプロデューサーに名を連ねているところからリベラルな立場の映画であることが分かる。クルーニーは2005年の初監督作品で、共和党右派の「赤狩り」に抵抗し政治権力と戦ったCBSテレビのキャスターを主人公に『グッドナイト&グッドラック』を作った。
しかし『選挙の勝ち方教えます』は日本で劇場公開されずDVDとして売られただけだった。公開翌年の大統領選挙でトランプを当選させるためロシアが介入した疑惑が現在の米国の最大の政治問題であることを思えば、もっと注目されてもよい映画である。
フーテンにとっては映画の終盤で主人公の「選挙で世の中が変わるなら選挙は禁止される」というセリフが胸に突き刺さった。民主主義の基盤である「選挙」で世の中を変えることが出来ないのなら、民主主義という政治システムは有効なのか。重い意味を感じさせた。
全てを選挙で決する米国では選挙コンサルタント業が一つの産業になっている。フーテンがワシントンに事務所を構えていたのは10年以上前だが、その頃でもワシントンには選挙コンサルタント会社が200以上あると言われていた。
上は大統領選挙から下は小さな町の選挙まで選挙はいたるところである。さらに米国の選挙コンサルタントは外国の選挙にまで関わる。彼らは何をどのように訴えれば選挙に勝てるかを指導する。世論調査を行い、メディア対策を考え、候補者の演説内容から身振り手振りまですべてを演出する。
サンドラ・ブロックが演ずる選挙コンサルタントは泡沫候補を当選させることで有名な凄腕だった。しかし4回連続して選挙に敗れ、引退して先住民族が住んだ土地に暮らしている。この設定は主人公が民主党系のコンサルタントであることを示している。
米国には「バイブル・ベルト」と呼ばれるキリスト教の強い地域があり、そこでは先住民族の信仰が排斥される。その地域は強固な共和党の支持基盤で、聖書を全面的に信じ、フリーセックスや妊娠中絶、またダーウィンの『種の起源』は激しく非難される。共和党系のコンサルタントが先住民族の土地で暮らすことなど考えられない。
映画は、引退したサンドラ・ブロックの許に南米ボリビアの大統領選挙のコンサルタント業務が舞い込むところから始まる。ボリビアは一握りの富裕層が支配し、軍事クーデターが起こるなど政治的にも経済的にも安定していない。
依頼してきた政治家は米国育ちで保守派のグローバリストである。一度は大統領になったが国営産業を民営化したため「米国の手先」として国民に批判された。返り咲きを狙っているが不人気でトップとの間に支持率で30%の開きがある。
トップの候補者はポピュリストで大衆に圧倒的な人気があり、その選挙コンサルタントも米国人だった。しかも彼女を引退に追い込んだ因縁の人物である。そのため彼女は仕事を引き受ける。ボリビアがどうなるかより、選挙コンサルタント同士の因縁の戦いが始まるのだ。
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