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戦略性なき「安倍外交」では日本は世界の変化に対応できない

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(379)

文月某日

 史上初の米朝首脳会談から3週間が経った。その後のトランプ大統領はボルトン大統領補佐官をロシアに派遣し、今月の16日にフィンランドのヘルシンキでプーチン大統領と米ロ首脳会談を開くことで合意した。

 ヘルシンキは東西冷戦時代の1975年に米ソが「対立から対話」へ舵を切るヘルシンキ宣言が採択された場所である。その背景には1969年に誕生したニクソン政権のデタント(緊張緩和)政策があった。

 60年代後半の米国は民主党のジョンソン政権がベトナム戦争の泥沼にはまり込み、反戦運動の高まりで国内は分裂状態にあった。ニクソンと大統領補佐官のキッシンジャーは米国の外交を担ってきた国務省を遠ざけ、秘密外交で北ベトナムの後ろ盾である共産中国と電撃的な和解を成し遂げる。

 目的はベトナム戦争から撤退するためだが、一方では中ソの間に楔を打ち込み共産主義との戦いを有利に進める狙いもあった。また米国は東西冷戦下で経済支援してきた欧州とアジアの同盟国が経済成長して米国の競争相手となり、米国経済を脅かす問題にも直面していた。

 そこでニクソンは第二次大戦後の「強いドル政策」を転換し米国経済の立て直しを図る。そのため金とドルとの交換を停止して固定相場制を廃止し、さらに同盟国に10%の輸入課徴金を課す保護貿易政策を採用した。

 この「米中和解」と「固定相場制廃止」は、いずれも突然発表されて西側社会を混乱に陥れ「ニクソン・ショック」と呼ばれる。そんな過去の話を紹介するのは、トランプ大統領のやり方が「ニクソン・ショック」とよく似ているからだ。トランプも就任すると国務省を遠ざけ、CIAの秘密外交によって電撃的な北朝鮮との首脳会談にこぎつけた。

 その一方EUや日本など同盟国に対し「米国経済を侵食している」と非難して関税を課すなど保護貿易主義を打ち出す。最大の貿易赤字相手国は中国だから中国にも厳しい姿勢は見せるが、しかしそれよりも米国の軍事力にすがる同盟国に対する姿勢の方が厳しいとフーテンは感じる。

 ニクソンとトランプに共通するのはキッシンジャーが外交に関与していることである。そのニクソンとキッシンジャーが主導したデタント路線がソ連を含む欧州33か国と米国、カナダが参加するヘルシンキ宣言を合意させた。

 トランプは米ロ首脳会談の開催場所にそのヘルシンキを選んだ。それもロシアを敵とするNATOの会議の直後にである。西側同盟国が集まった先月のG7でもトランプは「ロシアを参加させろ」と主張して同盟国の反発を買った。トランプには同盟国より北朝鮮、中国、ロシアに対する関心が高い。

 こうした情勢をどう読むか。やはりトランプは世界的な構造変化を起こさせようとしているのだと思う。米国の一極支配をやめ、中国とロシアを巻き込み「米中ロ三極構造」に転換させようとしているのではないか。キッシンジャーならそう考える可能性がある。

 その変化に日本の安倍政権は対応できるか。米朝首脳会談後の安倍総理の言動を見ると「米国すり寄り」を続けているだけで問題の重要性を認識していない気がする。ところが国内には現在の状況に対応できるのは「外交の安倍」しかいないとの声がある。「外交の安倍」とは何か。トランプともプーチンとも習近平とも文在寅とも気心が知れているというのである。

 しかしそんな甘ったるいことを言うのは日本ぐらいではないか。仲良しこよしで外交が出来る訳はない。外交とは戦略性を持って結果を出すことである。目的を定め、それを達成するためあらゆる手段を尽くす。そしてどんな非難を浴びようともやり切る。敵の敵は味方であることを忘れず状況に柔軟に対応する。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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