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党首討論の歴史的使命が終わったなどと2度と言わないでほしい

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(378)

水無月某日

 5月末に1年半ぶりに開かれた党首討論を見てフーテンは「またやってほしい」とブログに書いた。NHKが中継している予算委員会の長々しい質疑よりよほどインパクトを感じたからだ。

 しかし党首討論はこれまで1年半も棚ざらしにされてきた。理由は野党側が長い時間をかけて政府を追及する方が得策だと考えたからである。野党がそう考えれば政府与党は委員会で総理が長時間拘束された週には党首討論をやらないと主張することになる。こうして党首討論は双方の都合が絡んで開かれなくなった。

 これは「55年体制」のイメージから抜けられないためだとフーテンは思う。「55年体制」とは表で自民党と社会党が激突し、裏ではしっかりと手を握り、自民党が社会党に3の1以上の議席を与えるようにして護憲運動を盛り上げ、米国の軍事要求をかわして経済を発展させた仕組みである。

 自社激突を国民に見せつける場がNHKがテレビ中継する予算委員会であった。ここで野党は舌鋒鋭い議員が政府のスキャンダルを追及し、まともな答弁を得られないと審議拒否に入る。審議が止まれば裏側で取り引きが始まる。そのため予算委員会は予算案を議論する場ではなくスキャンダルを追及する場になった。

 しかしこの仕組みは冷戦の崩壊で意味を失う。冷戦があるからこそ社会党政権誕生を恐れた米国は軍事要求を強めることが出来なかったが、冷戦が終われば何の遠慮もなくなる。また野党の度重なる審議拒否は国民の批判にさらされるようになった。

 そうした中で日本政治は二大政党制による政権交代を目指さざるを得なくなり、政治改革の一環として英国議会をモデルに党首討論を導入した。その趣旨は総理や閣僚を国会に長時間縛り付けるのをやめ、副大臣制を導入して国会答弁を副大臣にやらせ、総理には毎週1回の党首討論で野党党首と国家の基本政策を議論させようとするものだった。

 実際に英国議会では首相や大臣を議会に縛り付けるようなことはしない。首相は毎週開かれる「プライムミニスター・クエスチョンタイム」に出席するだけである。また議院内閣制ではないが、米国大統領も議会に出席するのは一般教書演説や財政演説を行う時だけだ。

 ところが日本では「55年体制」の与野党激突のイメージから政治家も国民も抜けられない。激突は表だけで裏では手を握っていたことを知らない議員も多く国民は尚更知らない。そのため長い時間をかけて政府を追及するのが野党だと思い込んでいる。そしてそれが党首討論を1年半も棚ざらしにしてきた。

 しかし5月末に見た党首討論はフーテンにもう一度見たいと思わせるものがあった。何よりも時間が短いのが良い。野党や一部のメディアは「時間が短くて物足りない」というが、総理がまともに答えないのを長々見せたからと言って国民の怒りが増幅するとは思えない。

 むしろもう聞き飽きたと思うのが普通の国民の感覚ではないか。元テレビディレクターのフーテンの感覚で言えば短時間で見せる方が印象は強くなる。そして大事なのは毎週必ず行う事である。英国議会では毎週30分間、首相と野党党首とが一騎打ちを行う。剣と剣の切っ先が触れ合う距離で相対し、弁舌で決斗するのである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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