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カオスの根源―日本政治はどこに向かう(2)

田中良紹ジャーナリスト

カオスの根源―日本政治はどこに向かう(2)

日本国憲法を作ったのはGHQだが、その憲法草案で国会は一院制だった。戦前の帝国議会は英国に倣った貴族院と衆議院の二院制だったが、二院制が基本的に連邦国家の制度であり、日本政治を混乱させるだけと考えたGHQは、世襲の貴族院を廃して衆議院だけにしようとした。結果的に、GHQは世襲にしないことを条件に二院制を認めたが、問題は憲法に盛り込まれた参議院の権能の強さだ。

予算以外の法案は参議院が否決するとすべて廃案になり、それを覆すには衆議院で3分の2以上の賛成が必要になる。3分の2以上の賛成を得るのは現実的に難しい。これは衆議院の過半数で選ばれた首相が参議院の同意なしには自らの政策を実現できない事を意味している。

GHQ占領下の3人の首相は、いずれも参議院の抵抗で重要法案を成立させることができなかった。ただ1人、吉田茂だけはGHQが後ろ盾となり、参議院で否決された法案をGHQ命令で実現した。

ただ52年に日本が独立すると、GHQ命令はなくなる。国会の混乱が予想され、そこで画策されたのが保守合同による自由民主党の結成だ。自民党は56年以降、衆参両院で過半数を持つことになり、ようやく「ねじれ」のない体制が出来上がった。その後日本の政治は安定し、「ねじれ」は忘れ去られた。

それから33年後、ベルリンの壁崩壊の年に自民党が消費税を争点にした参院選で敗れ、「ねじれ」はよみがえった。その時、消費税見直し法案を提出して野党を分断し、消費税を維持したのが当時自民党幹事長だった小沢一郎である。

しかし小沢はこの時から、自民党と社会党がつくり出した冷戦期の政治構造を変えなければならないと考えるようになる。政権交代のない政治から政権交代する政治に転換しないと、冷戦後の世界は生きられない。

それまでの日本は、1つの選挙区で3人から5人を選出する中選挙区制を採用していた。与党の自民党は全選挙区に定数と同じ数の候補者を擁立し、全議席独占を目指す。候補者間に政策の違いはなく、やがて自民党の候補者同士は有権者に対するサービスを競い合うことになった。酒や料理をふるまい、こっそり商品券や現金を配った。

そして同一選挙区から同じ政党の候補者が当選すると、党内に派閥が生まれる。5人区がある中選挙区制によって自民党には5つの派閥が生まれる。派閥は政党のようにそれぞれが首相候補を担ぎ、派閥の力学で首相が交代した。首相の顔が変わると国民は政権交代が起こったような錯覚に陥るが、その交代に国民は参加していない。民主主義のように見えるが首相交代は、実は民主主義とは無縁の仕組みで行われていた。

ソ連崩壊から2年後の93年、ポスト冷戦時代に合った政治をつくるための動きが始まる。小沢らが小選挙区制導入を主張して自民党を離党したのだ。翌94年に韓国などと同じ仕組みの「小選挙区比例代表並立制」が導入された。キッシンジャーの言葉ではないが、それから15年後の09年、戦後初めて日本国民は選挙で政権交代を実現した。ところがその後に起きたのは昭和初期を思わせる与野党の泥仕合だった。メディアも戦前同様の過激な表現で政治を批判したが、泥仕合の背景にあるのは「ねじれ」の構造だ。

小選挙区比例代表並立制の仕組みで選挙を行えば、わずかな得票差で一方の政党を大勝する。05年の郵政選挙では自民党が296議席を獲得し公明党と合せて衆議院の3分の2を超える大勢力となった。普通ならそこで政治は安定するはずだ。ところが現実はそうならない。国民に強過ぎる与党を警戒する心理が働くため、郵政選挙から2年後の07年参議院選挙で自民党は大敗。衆院で巨大勢力を持ちながら「ねじれ」のため政権自体が非力になる。

その結果、民主党が09年衆院選で勝利して政権交代が実現したが、この選挙で民主党が308議席という圧倒的議席を獲得したことで、有権者の警戒意識が働き、翌10年の参院選で民主党は大敗した。

再度の「ねじれ」で民主党は非力な政権に転落する一方、09年の衆院選で200人余りを落選させた自民党は、1日も早い政権復帰を求め、手段を選ばず民主党を攻撃して解散に追い込もうとする。攻撃の舞台は野党が多数を占める参議院だ。この2年間で問責を受けた閣僚は実に7人。問責自体に法的拘束力はないが、可決されれば国会審議が止まり、政治は機能しなくなる。

現在の絶望的な政治状況を生み出したのは、小選挙区比例代表併用制と「ねじれ」の絡まりにほかならない。この問題を解消しなければ、冷戦後の世界に対応できる政治は実現しない。そこで考えられるのが、現行の小選挙区比例代表並立制からの転換だ。野田佳彦首相は自民党に対して、解散の条件として次期通常国会での選挙制度改革を突きつけた。民主党の方針は比例定数の削減と「小選挙区比例代表連用制」の導入だ。

「連用制」は中小政党に多くの議席を配分し、1つの政党に大量議席を獲得させない仕組みで、公明党が支持する制度でもある。これが採用されれば2大政党制の英米型政治から、多数の政党が連立によって政権をつくるヨーロッパ型の政治に変わる。連立の組み合わせ次第で「ねじれ」も解消できる。

対する自民党は中選挙区制に戻す案を主張する。そもそも小選挙区制導入が間違いだったというわけだ。そこには冷戦期の政治への郷愁も垣間見える。衆院選の結果がどうなろうとも、次期通常国会は選挙制度改革が最大のテーマになる。連用制に進むのか、中選挙区制に戻るのか、この問題が決着しない限り、日本政治は終わりなきカオスから抜け出せないだろう。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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