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米国版「決められない政治」

田中良紹ジャーナリスト

アメリカ大統領選挙は接戦を制してオバマ大統領が再選された。現職大統領の再選は通常の事だが、しかしオバマの場合には4年前の期待値が高すぎ、それに足を取られて再選が危ぶまれた。「チェンジ」に期待した国民が期待した分失望を味わったのである。

それでもオバマが勝利できたのは共和党に大きな問題があったと私は思う。かつての共和党は予備選挙の段階までは宗教保守派の熱烈な選挙運動を取り込んで利用したが、一般の国民を相手にする本選挙ではイデオロギーを抑え中道に寄る姿勢を鮮明にした。

ところが民主党のクリントン大統領が「ニュー・デモクラット」と称してリベラル色を抑え、共和党の主張である「小さな政府」を標榜した頃から、共和党はさらに右にシフトした。「伝統的価値観」に基いて中絶禁止や同性婚の反対を強調し、ティーパーティなど草の根運動を通してオバマの政策を「社会主義」と攻撃した。

しかし保守イデオロギーを出し過ぎれば一般の国民には受け入れられない。共和党の大統領候補に選ばれたのは穏健な中道派のロムニーだった。それでも共和党は宗教保守派にも一定の配慮をしなければ大統領選挙を戦えない。それが民主党支持者を固く結束させたオバマ陣営の戦術に敗れた。

2000年のブッシュ対ゴアの選挙では、共和党のブッシュ陣営が「マイノリティに優しいブッシュ」という演出を凝らし、有権者人口の1割を占めるヒスパニックを取り込もうとした。しかし今回の選挙では右派の主張を取り入れたロムニーが移民に厳しい立場をとり、ヒスパニックはオバマを支持する事になった。白人人口が減少しマイノリティが増大するアメリカで、共和党は路線を検証し直す必要があるのではないか。

2期目の大統領は再選がないので「レイムダック(死に体)」と言われる。しかし失うものもないので思い切った事をやれる一面もある。オバマは4年後に共和党に政権を奪還されないような政権運営を心がけるだろうが、その際カギとなるのは共和党が過半数を制した連邦議会下院との「ねじれ」である。

2年前の中間選挙で上院と下院に「ねじれ」が生まれて以来、議会で法案が成立したのは提出された法案のわずか2%だという。「決められない政治」はアメリカにもある。もっともアメリカ議会に提出される法案はほとんどが議員立法で、日本のように政府提出の法案を審議する国会と単純に比較は出来ない。しかし政治の機能不全は日本だけではないのである。

アメリカでは間もなく減税策が失効し、予算も強制削減される「財政の崖」が迫っている。オバマ大統領はまずこの問題に取り組まなければならない。「ねじれ」をどう打開するのかが大統領に求められ、一方の共和党も4年後の政権奪回を目指して「ねじれ」を利用する事が得策なのかを問われる。

アメリカ政治の「ねじれ」を巡る攻防は、同じ問題を抱える日本政治にとって参考になる。ただそれを比較するには、日本とアメリカの政治の仕組みの違いを若干知らなければならない。それを少し説明する。

アメリカでは上院と下院の「ねじれ」と、上下両院はねじれなくとも、大統領と議会が「ねじれ」る場合とがある。国民のバランス感覚が選挙に現れ、一方だけが強くなり過ぎないようにするため「ねじれ」は起こる。そして「ねじれ」がない事の方が珍しい。しかし政治が機能しなくなれば国民生活に不利益が生じる。

そこでアメリカでは大統領に「伝家の宝刀」とも言える「拒否権」が与えられる。議会の決定を大統領は拒否できるのである。ただし目的と時期を間違えれば、国民からも議会からも大統領は批判を浴びる。またアメリカは議院内閣制でないため、議員に党議拘束は課せられない。そこで大統領は反対派の議員を口説いて賛成に回らせる事もできる。従ってアメリカは日本より「ねじれ」に風穴を開ける余地がある。

日本はイギリスと同じ議院内閣制で二院制だが、イギリスに「ねじれ」はない。貴族院は世襲でしかも何らの決定権も持たないからである。選挙で選ばれた議員には党議拘束が課せられ、選挙で多数を得た与党のマニフェストが議会で否定される事はない。ただ少数意見を尊重するのが民主主義であるから議会は修正のための議論を行う。

悩ましいのは日本である。イギリスと違って参議院議員も選挙で選ばれ、しかも衆議院が決定した法案を参議院が否決すると、衆議院の三分の二の賛成がないと廃案になる。そのため衆議院と参議院で多数党が異なると政治は何も決められなくなる。衆議院の過半数によって選ばれた総理が衆議院の三分の二の賛成がないと自分の政策を実現できない仕組みはおそらく世界でも例がない。これが日本の悲劇的な「ねじれ」の実態である。

「ねじれ」をなくすには本当は日本国憲法を変えるしかない。しかしそれは衆参両院の三分の二の賛成が必要できわめて難しい。最も簡単な方法は衆議院選挙と参議院選挙を同時にやる事である。同時にやれば同じ政党が衆参共に多数を制し、バラバラにやれば異なる政党が多数になる可能性が高い。

ところが政権奪還を狙う自民党は衆参ダブルではなく年内解散を求めている。衆議院選挙に勝っても参議院で過半数を持たない自民党は「ねじれ」に苦しむだけなのにである。ここはアメリカの共和党のように党派性を強めるのではなく、党利党略を離れ、真剣に「ねじれ」からの脱却を考えないと、米国版「決められない政治」と違って日本版「決められない政治」は断末魔を迎えてしまう。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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