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尖閣国有化の茶番

田中良紹ジャーナリスト

中国の習近平国家副主席はアメリカのパネッタ国防長官との会談で「日本の尖閣国有化は茶番だ」と発言した。東京都が購入しようとしていた尖閣諸島を国が買い上げたのは、東京都と政府の「出来レース」だと言ったのである。

それと同じ見方が実は日本の保守派の中にもある。今回の国有化は石原都知事と野田政権とで画策された大連立のための「茶番」だと言う。私が話をした保守派の人間は、まず石原氏が尖閣購入をアメリカで発表した事に疑念を呈した。日本の領土に関わる話をなぜわざわざアメリカまで行って発表する必要があったのかと言うのである。

私もそのことには「引っ掛かり」を感じていた。尖閣諸島の地権者と石原都知事との間で売買契約が進行していたのなら、日本国内で日本人に向かって発表するのが普通である。ところが石原氏は日本の領土に関わる話を日本で発表せず、4月16日にアメリカの共和党系のシンクタンクで発表した。問題を国際化したかったからだとしか思えない。

実効支配をしている日本にとって尖閣諸島に領土問題はない。その島を地権者から東京都が買い上げる話はアメリカにとって、他国の国内事情で口をはさむ筋合いではない。しかしそれが中国との間に摩擦を生むことは容易に想像できる。反発した中国の艦船がその海域に出てくるようになれば、アメリカも無関心という訳にいかなくなる。

それを示唆するためにアメリカで発表したのなら、石原氏の意図は領土紛争を起こさせるところにある。「領土問題はない」という日本政府の原則を撤廃させ「領土問題はある」という既成事実を作り上げるのである。そこにアメリカを介入させたい。だからアメリカに注目されるようにして発表した。

石原氏の発表は日本国内で反響を呼び、賛同者から多額の寄付金が寄せられた。しかし報道によると東京都が購入するには様々な手続きが必要だという。購入物件を土地鑑定業者に評価させ、それが4千万円を上回るものであれば土地価格審議会に諮らなければならず、面積が2万平方キロ以上だと都議会の議決が必要になる。つまり時間がかかり今年中には結論が出せない。さらに地権者との間では金額はもとより売買を決める契約書も作られてはいなかった。

そこに国が登場する。7月7日、野田総理は尖閣国有化の方針を表明した。一元的に外交を行いたい外務省は東京都によって日中関係を左右されてはたまらないと考える。それは誰にでも想像がつく。その事は石原氏も想定していたはずである。国が国有化をすることになれば中国は反発するから領土紛争が勃発する。そこにアメリカが介入する事になれば石原氏の目的は達せられる。

この時点で中国政府は国有化に反対の意思表示をしていない。東京都の石原知事が尖閣を購入するより国有化の方が現状維持を貫けると中国は考えている・・・と外務省は受け止めた。地権者に東京都を上回る購入額が示されれば地権者は国に売る事になる。そこで8月19日野田総理と石原都知事の「極秘会談」が持たれた。

表向き東京都と政府は対立しているように見せかけるが、石原氏は船溜まりを作るなどの条件を提示して国有化を認める。もちろん国がそのようなことをするはずがないことを百も承知の上である。むしろ自民党の谷垣総裁を引きずり降ろして自民党総裁選に立候補する自分の息子の事を考え、民自公の大連立を作って安定政権を確立する事を条件にしたというのが保守派の人間の見方であった。

ところが問題は日中だけではなくなった。8月10日、韓国の李明博大統領が竹島に上陸し、日韓の領土問題に火をつけた。その後も歴史認識を持ち出して日本が敗戦国である事を想起させている。韓国と中国の間にも尖閣諸島に似た領土問題はあるが、歴史認識となれば中国と韓国は同じ立場に立つ。

中国政府は東京都が尖閣を購入するより国有化の方が現状維持になるという日本政府の言い分は言い続けさせる一方で、尖閣国有化を断固として認めない強硬な姿勢を打ち出し、中国国内に反日運動を起こさせた。中国大使の乗用車の日章旗が奪われる事件も起きた。

さらに中国政府は尖閣問題を国際的にアピールする事に力を入れ始めた。国連事務総長に尖閣諸島を中国領土とする海図を手渡し、世界各国で第二次大戦の記憶を呼び起こそうとしている。しかも尖閣諸島は台湾も領有権を主張しているから、日本を取り巻く韓国、中国、台湾がいずれも日本と対峙する事になった。

これは領土問題が存在する事を認めさせたい中国の目的に合致し、またアメリカにとって極めて好ましい情勢である。日本と近隣諸国との関係が悪化すればそれだけアメリカの存在感と日本の従属度が高まる。オスプレイを日本に配備するだけでなく購入させることも可能になる。「茶番」はそうした方向を向いている。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:6月23日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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