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国民世論はどっちに向かう?政治資金規正法改正案とトランプ有罪評決の行方

田中良紹ジャーナリスト

 日本時間の5月の最終日、日本と米国で大きな動きがあった。

 日本では岸田総理が公明党と維新の提案を受け入れ政治資金規正法改正案採決の舞台を整えた。米国ではニューヨーク州地裁がトランプ前大統領に有罪の評決を下し来月量刑が言い渡される。いずれも予想されたことだが、これで世論がどう動くのかが注目される。

 政治資金規正法改正を巡る与野党対立は、最終局面で岸田総理が登場し、公明党と維新の提案を丸のみすることを私は当初から予想していた。そのため国民に協議が難航しているように見せる与野党対立のやり方にうんざりした。これは対立ではなくなれ合いの構図なのだ。

 今回の「政治とカネ」は、昨年末に東京地検特捜部が安倍派と二階派の派閥事務所を家宅捜索し、全国から検事を動員して大掛かりな裏金摘発に乗り出したことから始まる。「令和版リクルート事件」と言われ、大疑獄事件であるかのような印象を与えた。

 48年前にロッキード事件で東京地検特捜部の捜査を取材した私は、その後のダグラス・グラマン事件、撚糸工連事件、リクルート事件、金丸脱税事件、陸山会事件などを見てきた経験から、「またか」という思いで事件を見ていた。

 特捜部による「政治とカネ」の摘発パターンは、国民に「政治は腐敗している」と思わせて怒りを燃え上がらせることから始まる。しかし問題の本質や真相の解明には向かわない。常に政治資金の規制と罰則強化に国民の意識を向かわせる。

 ところが規制と罰則を強化しても、必ず「抜け道」ができて不祥事が根絶されることはない。そのため何年かおきに特捜部は「政治とカネ」を摘発し、毎回国民を怒らせ、規制と罰則の強化に向かい、また「抜け道」ができるという堂々巡りの儀式となる。「政治とカネ」の摘発は特捜部に活躍の場を与えるが、それで政治が浄化されることはない。

 私は規制と罰則の強化より、規制も罰則もなくして、その代わり政治資金の入りと出を正直に公開させ、それを国民に選挙で判断させるのが民主主義のやり方だと主張してきた。しかし同じ主張をする者はなく、今回も規制と罰則強化が繰り返されようとしている。

 検察は安倍派の組織ぐるみの政治資金不記載が、いつから誰によって始められたのかを解明せず、3千万円を超えるキックバックの政治家だけを立件し、他は収支報告書を訂正させるだけにした。強制力を持つ捜査機関が解明しないのなら、国政調査権を持つ国会が解明すべきだと思うが、与党も野党も誰もそれを言わない。

 そして出てきたのは「政治倫理審査会」だった。「政治倫理審査会」はロッキード事件で逮捕された田中角栄氏が一審で有罪判決を受けた時、野党が提出した議員辞職勧告決議案を阻止するため当時の小沢一郎衆議院議院運営委員長が作った仕組みである。弁明を聞くだけで真相解明にはつながらない。

 野党が「政治倫理審査会」を言い出した時、私はなれ合いの始まりを感じた。しかし野党は国民にそう思われぬよう幹部が激しく裏金議員を批判し、規制と罰則の強化に力を入れた。そのやり方は55年体制時代に、政権交代する気がないのに激しく自民党を攻撃して国民にアピールした社会党や共産党と同じである。

 岸田総理は特捜部と歩調を合わせ、事件の真相解明ではなく、政治資金規正法の規制と罰則の強化に最初から前向きの発言を繰り返した。だから最後の落としどころは岸田総理が主導して規制と罰則の強化になることが予想された。そのためには自民党案が公明党や維新の案と異なるものでなければならない。

 自民党の現場担当者は公明党と維新が厳しく自民党を批判する案を作り、国民に協議が難航しているように見せ、その一方で法案を成立させるには自公が協力しなければならないので、公明党がパーティ資金の公開基準を5万円と決めた時、岸田総理がそれをのむことは自明だった。

 さらに岸田総理は与野党協議を利用して維新も味方につけた。そのため維新の主張する旧文通費の使途の公開や、政策活動費の公開について、水面下で調整し妥協できる案を共同で作り、それを岸田総理がのむ形にする。これで自公プラス維新が国会運営の主導権を握る構図ができた。

 一方の立憲民主党と共産党は与党と厳しく対立する方が自分たちを有利にすると考えている。したがって企業・団体献金の禁止と、さらに立憲民主党はパーティの禁止にまで踏み込んだ。しかし本音ではそれが通るとは思っていない。数の力で押し切られることを望んでいる。だから立憲民主党幹部は主張とは裏腹にパーティの開催を予定していた。

 それが露見して幹部らのパーティは中止されたが、政治献金を禁止すれば政治が良くなると思わせる主張は、それが通らないことを前提にしたパフォーマンスに過ぎないことを証明した。政権交代の立役者だった小沢一郎氏は、企業・団体献金やパーティの禁止を「頭がおかしい」と批判したがその通りである。

 自民党に強硬に反対し、しかし自民党に数の力で押し切られることを望むのが55年体制の野党で、だから現実的でない主張を国民にアピールして政権を奪取せず、万年野党のままでいた。その欺瞞をやめようとしたのが、小沢氏が主導した93年と09年の政権交代だ。

 09年の総選挙で、業界団体は農協以外すべて民主党候補者の支援に回った。医師会も建設業界もみな民主党候補者を支援した。それが政権交代を実現させたバックグラウンドにある。それを立憲民主党の議員たちは忘れてしまったようだ。

 世界各国の政治資金について調べた孫斉庸立教大学准教授の論文によれば、企業・団体献金を認めている「自由放任型」の国は世界に92か国あり、OECD加盟の先進国でもスイス、オーストリア、スウェーデンなど11か国にのぼる。それらの国の特徴は政治資金の透明性を重視している。

 次に企業・団体献金を部分的に認める「規制された民間許容型」は世界65か国で、先進国では英国、イタリア、ニュージーランドなど12か国だ。日本では候補者個人に認められない企業・団体献金が政党には認められるので、日本はこの部類に入る。日本と逆にエストニアでは政党を禁止して候補者個人には認める。この部類の国は英国、ハンガリー、日本以外は比例選挙を採用している。 

 そして企業・団体献金を全面禁止する「民間排除型」は世界22か国、先進国では韓国、フランス、米国など11か国である。民間からの献金を認めないので政党助成金など公的助成に頼る傾向が強く、選挙制度は比例選挙より多数決型の小選挙区制を採用する国が多い。

 この中で米国が「民間排除型」に分類されていることを奇妙だと思われるかもしれない。大統領選挙になれば数兆円の選挙資金が投じられ、資金がなければ選挙を続けることができない制度だからだ。選挙に勝つのは金の力で、金を集める能力のある人間が政治家にふさわしいと考えられる。

 それを誰も「金権政治」とか「金持ち優遇」と言わない。みな知恵を絞って献金を集める。大金持ちも献金するが、金のない人間は少額でも数多くの人間に呼び掛けて献金を集める。それが民主主義政治だと彼らは考えている。

 だから米国では法律上は個人献金を認め企業・団体献金を禁ずるが、政治活動に企業・団体が献金することを禁じていない。そして資金獲得競争は公然と行われ、第三者機関がそれを監視するので、裏金化することはない。どういう献金のやり方が良いのかは各国が選挙制度と絡めて考えれば良いことだ。

 その米国大統領選挙は11月5日に行われる。現職のバイデン大統領とトランプ前大統領の一騎打ちになることは非公式だがすでに確定した。米国では現職大統領が2期務めるのが普通だが、バイデンの不人気は半端ではない。ウクライナ戦争とイスラエル・ガザ紛争で超大国としての指導力を発揮できず、経済でもトランプより下と見られている。

 しかし現職大統領だけあって資金力はトランプを上回っている。連邦選挙委員会の資料によれば、昨年暮れの時点で200億円近い献金を集め、185億円のトランプを圧倒している。バイデンの資金はバイデン個人というより民主党の組織ぐるみの集金能力による。

 これに対しトランプは個人に対する支持者からの小口献金が多く、金持ちではなく中低所得層からの個人献金が9割以上を占めると言われる。その資金力の差に加えてバイデンを勝たせたい民主党の戦術だと思うが、トランプは4件もの訴訟を抱えることになった。

 4件の訴訟とは、不倫相手のポルノ女優に口止め料を支払い、それをごまかすため虚偽記載をした件。2020年の大統領選挙でジョージア州の州務長官に選挙結果をひっくり返すよう圧力をかけた件。選挙を不正と訴えバイデン大統領の就任を妨害した件。機密文書を不正に持ち出したという4件である。

 これらの裁判費用はトランプの政治活動委員会に集まる献金から支出され、すでに150億円以上が支払われた。選挙資金を枯渇させようとするのが、訴訟を次々起こした民主党の戦術である。それら裁判の第一号として、30日に口止め料をめぐる裁判が民主党支持者の多いニューヨーク州の地方裁判所で有罪の評決となった。

 日本人の感覚でいえば、裁判を4件も抱え、そのうちの1件でも有罪の評決を受ければ政治家としてはお終いだと思う。田中角栄氏がロッキード事件で逮捕され一審で有罪判決を受けた時、国民はこぞって議員を辞めろと言い、野党がこぞって議員辞職勧告決議案を国会に提出した。しかし本人は無罪を主張し、裁判はまだ終わっていない「推定無罪」の段階だった。

 私はロッキード事件を取材して、特捜部が疑惑の本命である児玉誉士夫に手を付けず、21億円の秘密資金の行方が解明されていないことを知っていたから、議員辞職勧告決議案を提出した野党の態度に義憤を抱いた。しかし日本人は右も左も上から下まで田中を「金権腐敗政治家」と断罪し、その熱狂ぶりに私は辟易した覚えがある。

 それに比べるとトランプ有罪評決をめぐる米国人の反応は真逆だ。トランプは選挙妨害だと無実を訴え、それに呼応して裁判を批判する献金者が続々結集した。小口献金だけでも1日で50億円が集まり、さらに大口献金者も次々トランプ支持を打ち出している。

 もちろん有罪になればトランプに投票しないという無党派層が多くなることは予想される。しかし専門家の大方の見方は選挙への影響は限定的だという。私はそこに米国の民主主義が健全であることを感じる。「お上」の言いなりになる日本人とは違いがあることを確信させられた。

 トランプに量刑が言い渡されるのは7月11日である。15日から共和党の全国大会が開かれ正式に大統領候補者に指名される直前の量刑言い渡しに、私は政治的な意図を感じて米国の司法の独立に疑問を持つが、ともかく司法の有罪評決を受けても、それですべてが終わらないことを、5月の米国は示した。

 問題はこれから国民世論がどちらに向かうかにかかっている。ロッキード事件では田中が死んだ後になって、逮捕の決め手となったロッキード社幹部の証言を、日本の最高裁は証拠として採用しない決定を下した。逮捕される田中氏を現場で見送った私は、あの逮捕は何だったのだろうと思うが、その最高裁の決定を報道する記事も小さなもので、多くの国民は気が付かなかったと思う。

 そして日本の「政治とカネ」に戻れば、政治献金がまるで悪であるかのように献金の道をふさいでしまう野党の方法でも、いかにも「抜け道」がありそうな与党の方法でも、それで政治が良くなるとは思えない。しかし自公に加えて維新も賛成に回るのだから改正政治資金規正法は成立し、政治は次の段階に進む。

 その時、国民世論はどちらを向くのだろう。自公プラス維新の考えを支持するのか、それとも立憲民主党と共産党の考えを支持するか。私に言わせればどちらの案になったところで「政治とカネ」の問題は根絶しない。こんな短時間で結論を出せる問題ではないからだ。

 問題の真相を解明もしないで、頭に血が上った状態で議論するところに間違いがある。「政治とカネ」の問題は規制や罰則とは絡めないで、小選挙区制のような多数決型の民主主義が良いのか、それとも比例選挙に代表される共生型の民主主義が良いのかと絡めて議論する問題だ。

 明治以来の「金権政治はけしからん」という官僚が政党政治を貶めるために使った決まり文句から卒業し、自分の利益を増やしてくれる代表を育てるために献金すれば、ふるさと納税より得をする仕組みを考え出せばよい。「政治とカネ」の堂々巡りをいつまでも続けて良い訳がない。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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