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板谷栄司 2千曲以上演出、フジテレビ伝説の音楽演出家が突然退職し、書道家に転身した理由<後編>

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/本人(以下全て) 『逆流の創造』(2022年)

フジテレビで『FNS歌謡祭』 『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』『僕らの音楽』『SMAP×SMAP』『Love Music』『ミュージックフェア』など、数々の音楽番組を手がけた名プロデューサー・板谷栄司氏が退職し、書道家の道へと舵を切った。“板谷栄司with鯖大寺鯖次朗”として書道活動を始動した板谷氏にインタビューし、退職の経緯、それまでの音楽番組のフォーマットを打ち破った独自の演出方法、そして書道家としての今後などを聞いた。

<前編>から続く

コラボレーションは、最初はアーティスが自身の世界観がどう映るのか、どんな化学変化が起こるのが想像できないこともあって、尻ごみをするアーティストも多かった。しかし板谷氏は「視聴者がゾクッとし、心に突き刺さる共演になれば、必ず大きなメリットになる」と強い意志を持って、アーティストとマネージメントをくどいたという。

“スマスマ”で感じたSMAPの凄み

『SMAP×SMAP』(以下スマスマ)も板谷氏の代表作だ。稀代のアイドル・SMAPという巨大な存在を料理する大役、そして彼らのコンサートにも携わり、SMAPというグループをクリエイティブをしていく中で、テレビマンとして得たものや発見はどのようなものだったのだろうか。

「初めて『スマスマ』で演出した曲は、5人で歌う『オレンジ』でした。収録後、木村が『ディレクターが代わると、やはり印象、世界も変わるな〜』としみじみ云っていました。少しホッとしたことをよく覚えています。以後10年以上関わるのですが、よく働くメンバーの姿と、モノ作りにこだわる姿はやはり強く印象に残っています。ライヴは『MIJツアー』(2003年)を収録し映像商品にしました。『スマスマ』の歌収録は、当日の朝、スタジオに入るとまず歌とダンスのリハーサルがあって、メイク~収録となりますが、他の企画、コーナー収録を先にして、その後歌収録ということもよくありました。その間、ずっと歌を練習しながら共演者との絡みの確認も怠らず、ビストロSMAPで料理も作り、歌の本番に挑むこともよくありました。それがほぼ毎週続き、ライヴツアー時期になるとそのリハーサルも同時に行い、番組収録もしながら、他番組にも出演する。どれも限られたその時間の中で全力で向き合い、妥協しない。その限りある時間を無駄にしない姿に、もっと時間をあげたいと心から思いました。アイディアの提案や本番で少しアレンジを加えたり…すごく楽しかった。だからこちらも最高の準備で応えるのです。当時の何かの雑誌のインタビューで私は『彼ら5人がそれぞれ歩けば、そのつま先から綺麗な花が咲く』と答えたのを思い出します」。

これまでの音楽番組とは“異質”の『僕らの音楽』

『僕らの音楽』(2014年 タイプ⑩ロゴ)
『僕らの音楽』(2014年 タイプ⑩ロゴ)

『僕らの音楽』『Love music』は板谷氏が立ち上げた音楽番組だ。両番組とも前述したように板谷氏が番組タイトルを揮毫している。特に「僕ら~」は、一人で10年間で1000曲以上撮った板谷氏の妥協のない演出が生んだ、丁寧に作り込まれた上質な番組として高い評価を得た。これまでの音楽番組とはセット、光・ライト、カメラワーク等の演出や構成が明らかに“異質”だ。

「2002年『FNS歌謡祭』が終わった頃、新しい音楽番組の話があり、先輩のプロデューサーと私の演出で『僕らの音楽』が誕生しました。当然これまで誰も観たことがない週末の音楽番組を目指しました。一番考えたのは、世界の中の日本、その日本の東京の音楽番組。メインシンボルに東京タワーが見える夜景ステージと、1913年に建てられた綱町三井倶楽部。第1回目の平原綾香と2回目の森山直太朗は、実際に三井倶楽部で一部収録しました。ナビゲートはニュースの職人・鳥越俊太郎さん。報道の視点からゲストに質問、対談する週末の報道音楽番組(土曜23時30分~)をテーマにしました。2年目からは司会者なし、歌ゲストが対談相手を指名する『ゲストがいま一番会いたい人と対談する音楽番組』に進化させました。当時、司会者のいない音楽番組は他になく、とにかく一番会いたい人をキャスティング。せっかくなのでめちゃくちゃ近い、膝と膝が食い込む距離で対談してもらいました。歌の共演もぐんと近い距離で向かい合わせ。生演奏もアコースティック感を大切にし、バンド配置もぐんと近く、細かいところまでひとつひとつを新しい世界観に変えました。照明はスポットライトを控え、間接照明。手作りランプも配置、シャンデリアは上から吊る方式だけではなく、2006年頃からは床ギリギリまで降ろし、シャンデリア位置の固定観念を疑い、下に降ろしたロー・シャンデリアで違う見せ方を追求しました。この頃は、これをやったら観た方は何て思うかな?大丈夫かな?とやはり不安な自分もいました」。

ちなみに1000曲以上手掛けた『僕らの音楽』の中で板谷氏の会心の一作、印象に残っている作品をあげて下さいとお願いをしたところ、「ん〜、常々最新作が最高傑作、を目標にしてきたので難しいですね」と。しかし後日「GLAY×氷室京介『ANSWER』(2006年)と2012年のSuperfly x Salyu の『With Or Without You』は発想の転換点になりました」と教えてくれた。

「音楽も書も、全ての表現方法は、総合感で全部を包む“ラッピングセンス”で決まる」

『魂光』(2022年)
『魂光』(2022年)

板谷氏が担当する番組への美術のこだわり。それは“書道”という芸術と相通じるものがあるのだろうか。

「書道は紙に一本横に線を引くと、そこは上下空間が分かれます。そして筆で文字を書く時、文字の配置やカスレや滲み、文字の大小と強弱が複雑に絡み合い、“世界観”を完成させます。これは全てに通じる表現手段だと思います。30年前ガムシャラに書道を志した経験はむだにはならなかったと思っています。墨の掠れ線を「掠筆(かっぴつ)」、反対にたっぷり含む線を「潤墨(じゅんぼく)」と言います。歌声の質感は、線の質感。歌詞の内容は書く文字の内容。歌い出し声量とサビの声量は、書き出しの強弱、見せ場の強弱。両者は全て呼応していて、バランス感、組み立て感まで音楽と似ていると思う。そして最終的にはどちらもアレンジ、総合感で全てを包む“ラッピングセンス”で決まるのです」。

“板谷栄司with鯖大寺鯖次朗”としての今後

『渾身のしたつづみ 鯖々』(2000年)
『渾身のしたつづみ 鯖々』(2000年)

「ゆっっっっっ、、、、、くりたのしむ。」(1995年)
「ゆっっっっっ、、、、、くりたのしむ。」(1995年)

改めての書の魅力や奥深さ、そして表現方法と音楽のさまざま共通点を教えてもらったが、最後に書道家・板谷栄司with鯖大寺鯖次朗としてのこれからを教えてもらった。

「番組制作で行き詰まった時、よく筆ペンで“今が一番若い”とか、“無理、出来ないは大好物”“限界の限界の先に挑戦”と書いたり、仲間と温泉旅行に行く時はその時のメンバーに合わせて、“のんき天国”“ご馳走の前”とあらかじめ書いた掛け軸を持参して食事部屋に飾ったり、料理の敷物がわりに“この上に秋の王国”“舌景の膳”“渾身のしたつづみ”とか、画用紙に書いて笑ってもらったり、毎回何かを書いていました。釣り好きで、特に鯖好きの私はシャレで、藤子不二雄を勘違いの勝手な解釈風にアレンジして、鯖大寺鯖次朗(1993年〜)と名乗っていました(笑)。だからディレクター、プロデューサー時代の自分の経験を側で見てきた、鯖大寺鯖次朗にもこれから書道家として共に歩んで欲しいので“板谷栄司with鯖大寺鯖次朗”と名乗ることにしました。2022年大晦日、『紅白歌合戦』でユーミンが見せてくれた松任谷由実with荒井由実にはビックリしましたが、巨人ユーミンと比べても仕方ないですが、自分も大丈夫だと変な自信になりました(笑)。『自分が迫る書道の世界はこれです!!』を一年近くかけてじっくり練りに練ったので、2023年は遂に30年の時を経て、本格始動します。これまでの経験が作品に全て昇華されていたら、これほど嬉しいことはありません」。

■板谷栄司(いたや・えいじ)/1993年東京学芸大学教育学部芸術課程書道専攻科卒業。同年(株)フジテレビジョン入社。『FNS歌謡祭』『僕らの音楽』『SMAP×SMAP』を始め、数々の音楽番組の演出家、プロデューサーを歴任。2022年3月末、同社退職。書道家に転身。趣味はルアーで巨大魚釣り、ハゼ釣り

板谷栄司with鯖大寺鯖次朗 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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