竹渕慶 「自分を愛することができた」2年9か月ぶりのアルバムに込めた、大きな愛と希望
2年9か月ぶりとなるオリジナルフルアルバム『I Feel You』に詰まった“愛”
シンガー・ソングライター竹渕慶が2年9か月ぶりとなるオリジナルフルアルバム『I Feel You』を4月17日にリリースした。Goose house、そしてソロとしてメジャーデビューして今年で10年、ソロ活動5周年を迎え、昨年から制作や活動環境を変え、昨年12月にカバーEP『Songs for You』を発売。剥き出しの歌で竹渕慶というアーティストの現在地を伝えた。その時のインタビューで彼女は「グループ時代とも脱退してソロになった時ともフェーズが違うところに来ている。一人の女性として、これから改めて竹渕慶として何を歌っていくべきか、考えました」と語っている。
そんな彼女から届いた新作では、自身の曲はもちろん様々なコラボが実現。世界的なギタリスト・コンポーザーで、これまでノラ・ジョーンズやトレイシー・チャップマン、エイモス・リー、リサ・ローブ、そしてリズ・ライトなど数多くのアーティストと共演してきたアダム・レヴィ、山下穂尊(ex.いきものがかり)との共作、西沢サトシ(ex.rough laugh)が楽曲を提供。「自分を愛することができたアルバム」と語っているように、家族、友人、恋人、そして自身のを肯定する自分への愛、様々な「愛」がテーマになっている。オーガニックなサウンドをバックに、柔らかく、しかし凛とした竹渕の歌が愛を紡ぎ、聴き手の心を潤す。このアルバムに込めた思いをインタビューした。
竹渕はシンガー・ソングライタープロジェクト・Goose houseのメンバーとして、他のメンバーと切磋琢磨しながら“いい楽曲”を追求し続け、“グループ”としてのメッセージを発信してきた。「絆や仲間の大切さを感じているからこそ生まれてくる言葉を歌ってきていたので、突然一人になった時に悩みました」と、前回のインタビューで答えてくれた。グループからソロになり、出てくるものを素直に歌っていたが、外向きだった視点が内向きになっていた。しかし作品を書き続ける中で、制作環境の変化などもあって「個人的で内向きだった歌が、少しずつグループ時代の外向きのスケールの大きな内容も踏襲して、そのバランスが自分的にもしっくりくると思えてきた」とも昨年は語っていた。
「最近は、母性に近いというか大きな愛について書きたくなっているのだと思う」
約3年振りのフルアルバムには、シンガー・ソングライターとして成長を続ける旅の途中の竹渕の姿が鮮やかに映し出されている。
「このアルバムに収録されていますが、ここ数年の間にできあがった曲を振り返ってみると、母性に近いというか、そういう大きな愛について自然と書きたくなる気持ちになっているんだなって思いました。ここ何年かで身内も含めて何人か大切な人が亡くなって、去年は16年間飼っていた家族のような愛犬が亡くなってしまい、ちょうどアルバムの制作中で、それがすごく大きかったです。心にぽっかり穴が開いてしまって…。自分が親から受けてきた見返りを求めない愛のようなものが、私の中にもあるんだということを教えてくれたのが愛犬でした。彼(愛犬)も私に愛を与え続けてくれて、だから彼が私にとってのひとつの愛の象徴のような存在でした。直接その犬のことを歌った曲はありませんが、でもアルバム全体を通して“愛”を歌っているので、やっぱり彼から学んだ愛や自分の中に彼を通じて生まれた愛みたいなことについて考えて、それが歌詞やメロディの中に表現されているのかもしれません」。
山下穂尊(ex.いきものがかり)とコラボ。「絶対にあの歌詞は自分からは出てこない。自分では引き出せない引き出しを、外から引き出してもらうのは楽しい」
制作環境の変化が、今回他のアーティストとのコラボするということにもつながった。山下穂尊との楽曲「僕になる」の制作も大いに刺激になったという。情緒と強さを感じさせてくれるこの曲は、アルバムの中では他の楽曲と違う温度感を纏って伝わってくる。
「今回3曲を他のソングライターの方とコラボしましたが、やっぱり他の人のエッセンスが入ってくることで、とても刺激を受けました。山下さんとの曲は詞先でワンコーラスだけ歌詞を先に送ってくださって、そこに私がメロディ、曲を乗せていきました。私の場合は歌詞とメロディが同時に出上がることが多いので難しかったですが、絶対にあの歌詞は自分からは出てこない。自分では引き出せない引き出しを、外から引き出してもらうのは楽しいし、新しい自分にも出会える。そういう曲がありつつ自分が自分と向き合って書く曲もあって、いいバランスの作品ができあがりました」。
“普通”の視線だから多くの共感を得る
一曲目の「My Spring」から前向きな言葉とアレンジで、まさに4月から新たな一歩を踏み出す人を応援する曲だ。寄り添う、という言葉よりも背中に手を当てて温もりを伝えながら励ましてくれる――そんな感覚の歌だ。でも決して押しつけがましくない――アルバム全体から伝わってくる感覚だ。
「押し付けがましくないというのは、自分が目指しているところでもあります。こうあるべき、もっと頑張るべきとか、夢を持つべきとか、自分がそう言われるのが嫌なので、そういう曲は作りたくない。私は自分のことをアーティストよりも、会社で働いたりするほうが実は向いてるんじゃないかと思ったりすることもあります。こんなことを言うと社会人舐めるなって怒られるかもしれませんが(笑)、親も普通のサラリーマンで、周りの友達も会社勤めの人が多くて、あまりミュージシャンの友達がいなくて。なので友達と話しをしていても、会社でのことを聞くことが多いので、感覚としては割とそっちに近いかもしれません」。
「“寄り添う”という言葉を使うことが多いかもしれません。でも何か口にした途端、ちょっとありきたりな表現に自分でも聞こえてしまうことがあります」
日々の生活の中で、誰かに何か言われたことが小さな棘になって心に刺さっていたり、落ち込んだり、些細なことで悩んでそれが蓄積していくと、心が疲弊していくが、竹渕の音楽、声はそれをフォローしてくれる。
「自分でもライヴのMCや、作品のリリースの際に寄り添うという言葉を使うことが多いかもしれません。でも何か口にした途端、ちょっとありきたりな表現に自分でも聞こえてしまうことがあります。でも今おっしゃっていただいた、背中に手を当てるという感覚がより近いのかもしれません」。
「I Feel You」は西沢サトシ(ex.rough laugh)の類まれなるポップスセンスと、竹渕慶の世界観が融合した極上のポップス
タイトル曲「I Feel You」は永遠に続く友との絆を描いた楽曲で、作詞は竹渕で、作曲は1990年代後半、活動期間は短かったが極上のシティポップを聴かせてくれ、強烈な輝きを放ったバンド・rough laughのボーカル/ソングライター西沢サトシだ。類まれなるポップスセンスを持つ西沢と、竹渕の世界観が融合して極上のポップスが完成した。
「この曲を最初に聴いた時にすぐ気になって、歌詞を書いてみたいと思いました。曲の雰囲気も春向きではあるんですけど、全体を通してちょっと夜から夜明けっぽい感じがするというか、歌詞は大切な人のこと、自分に何かを教えてくれた人とのことを書いたのですが、私の中ではファンに向けて歌っているところもあって。そういう意味でもこの曲を表題曲にするのが一番しっくりきました」。
その言葉通り街も寝静まった頃、“君”の余韻を感じさせてくれる松本ジュンのアレンジが、言葉とメロディを薫り立てる。
「このアルバムは全体的にアコースティックアレンジでオーガニックなサウンドが多くて、でもこの曲だけ打ち込みで、テイストが他の曲と違っていて全体のいいエッセンスになっていると思います。ハッとさせてくれるというか。この曲も含めて他の方とのコラボは化学反応がいい形で出ていると思っていますが、やっぱり最初は今までずっと聴いてくれているファンの方に違和感を持たれたらどうしようって思いました。でも新しいエッセンスが入りながらも、西沢さんのメロディと私の歌詞がフィットしていると思うし、ちゃんと竹渕慶の音楽になっていると思っているので、自信を持ってファンの方に届けることができます」。
「『Who I Am』は聴いてくださった方の自己肯定感をサポートしたいという思いと、自分に対して歌っている部分も大きい」
先行配信した「Who I Am」は、ずっと違和感を感じていたという“らしさ”という言葉に惑わされたくないという自己肯定ソングだ。四つ打ちのリズムにカントリーフレーバーを感じるサウンドで、バンジョーを弾いているのはGoose house時代の盟友、斎藤ジョニーだ。
「この曲は、もちろん聴いてくださった方の自己肯定感をサポートしたいという思いを込めて書いたのですが、自分に対して歌ってるという部分が大きいです。ずっとコンプレックスに感じていたことや疑問に感じていたことを、ストレートに言葉にしました。私はグループ(Goose house)の中でも、ファッションやしゃべることや身長までもがちょうど真ん中、平均値で、どちらかというと“いいコちゃん”タイプだったと思っていて、それってこの世界だとデメリットじゃないかと思っていました。もっと個性溢れる、エッジが立っている人が歌う言葉の方が、説得力があると昔は思っていました。でも“らしさ”って一生懸命探して身につけていくものではないし、それまでの体験や経験が表にでているものだから、誰かに言われ見つけるものではないんです。そんな私が歌う曲に共感して下さる方が増えてきて、これでいいんだって思えるようになりました」。
アダム・レヴィの世界と竹渕の言葉と歌が交差すると……
アダム・レヴィとのコラボ曲「手紙」「Blueberry Bottle」もこのアルバムの大きなトピックスだ。日本的な情緒を感じるメロディに竹渕が歌詞を書いている。
「『Blueberry Bottle』は、アダムさんの『Blueberry Blonde』というインスト曲を聴いた時に、すごくきれいな、情緒があるメロディだなと思って、パッと夜の海の情景と共に歌詞のイメージが湧いてきたので書いてみたいと思い、お願いしました。まず私が日本語詞を英語詞にして、それをアダムさんの言葉で英語詞に落としていただきました。それを歌ってくれたデモがアダムさんから送られてきたとき、呟くように歌っているその歌に心が震えました。アダムさんの故郷の原風景とかがメロディに織り込まれているかもしれませんが、懐かしい気持ちになりました。メロディの構成でいうと2パターンなのに、こんなに色々な気持ちさせてくれるのがすごいと思います」。
聴いた人がそれぞれの原風景や故郷を思い出すような曲だ。「手紙」はシンプルだけど豊潤な世界観が広がる。ブレスから始まってブレスで終わる、静かでドラマティックな曲だ。「急に生身の人が歌ってる感じが最後にしますよね」(竹渕)と言うように、最後にほんの少しブレスが入るだけで、曲の世界観、物語性が変わってくる。竹渕の歌と寄り添うように響く名手・八橋義幸のギターとが相まって、シンプルな歌詞の行間に浮かぶ感情をも丁寧に掬いあげていく。
「夜明け」はアルバムの中でも歌詞がよりリアルで、歌がより“浸透”してくるようだ。
「お互い嫌いになったわけじゃないけど色々な事情があって、年齢も関係すると思いますが同じ方向を見ることができなくなってきたり、それが理由で別れる二人もいる。これって若い頃にはわからなかったことで、でも20代後半になってやっと少しわかったりもしました。私は今までインタビューで自分のプライベートのこととかは話したことはないのですが、この年で恋愛のひとつやふたつはしているだろうって皆さん思っていると思います(笑)。今回自分が経験したことを基に、こういう曲を書いてもいいのかなって」。
「アーティスト友達から『なんでそんなに“普通”のままでいられるのか、それは逆にすごく強い人だと思う』と言われました。心の皮がぶ厚いのかも(笑)」
竹渕は誰もが心の中に持つもやもやしたもの、なかなか言葉にできない複雑な感情を、シンプルかつ竹渕ならではの温度感と色を感じる言葉とメロディで表現し続け、幅広い層のファンから共感を得ている。
「最近アーティスト友達に、『今まで慶みたいな人に出会ったことがない。それは、いかに目立ち、いかに人と違うことをして生き残っていくかという世界で10年以上、変わらないスタンスで歌だけを追求している。それって羨ましい』と言われたことが、すごく印象に残っていて。『怖くないの? 自分を変えてでも目立つ、武装したくなる時もあるはずなのに、なんでそんなに“普通”のままでいられるのか。それは逆にすごく強い人だと思う』とも言われました。自分ではそうは思えないんですけど、いい言い方で言えば、面の皮が厚いじゃないですけど、心の皮がぶ厚いのかもしれません(笑)。奇をてらわないけど、自分なりにこだわって歌っているのでまたこれからどう変わっていくのか、自分でも楽しみです」。
5月からピアノ弾き語りツアー『竹渕慶47都道府県ツアー ~そろソロ会いに行くよ!~』開催。「いつも会いにきてくれるみんなに、私の方から会いに行きたかった。まだ会ったことのないみんなに、会いに行きたかった」
アカペラの「あなたとわたし」は<あなたの街を 歩いてみれば その手と明日を 繋げるかしら>という歌詞の通り、5月11日の神奈川・Yokohama mint hall公演を皮切りにスタートし、初の47都道府県を周るピアノ弾き語りツアー『竹渕慶47都道府県ツアー ~そろソロ会いに行くよ!~』で歌いたいと作った曲だ。
「いつも会いにきてくれるみんなに、私の方から会いに行きたかった。まだ会ったことのないみんなに、会いに行きたかった。ツアーで行く街、出会う人々のことを思い浮かべながら『あなたとわたし』を書きました。ライヴで実際に歌ったらその街の空気やその会場だけの空気を感じ、お客さんの熱量を受け取って間の置き方とかトーン、歌い方が毎回違う歌になると思います。ノンマイクで歌う会場もあるかもしれません。このツアーでどんな歌に変化するのか、楽しみです」。