Yahoo!ニュース

映画界に風穴を開けた「君たちはどう生きるか」エンドロールに宣伝者・予告編あり “追い宣伝”はあるか

武井保之ライター, 編集者
宮崎駿監督最新作『君たちはどう生きるか』全国公開中(著者撮影)

 予告編を含めて映像も作品情報も一切出さず、ポスタービジュアル1点のみの事前露出という前例のない徹底した情報管理を経て、先週金曜14日より公開された宮崎駿監督の最新長編アニメーション『君たちはどう生きるか』。

 本作は、宮崎駿監督が一度は離れた長編アニメーション制作に再び戻って手がけた作品であり、ジブリファンにその想いがしっかりと響くストーリーの作品性はもちろん、事前に話題になったゼロ露出宣伝においても、映画界にとって大きな意義のある作品になった。

 その宣伝と結果について考えたことを触れておきたい。

時代が変わっても宣伝手法の根本は変わっていない

 あらゆる仕事でありがちだが、長い期間、同じことが繰り返されていくと、良くも悪くもそれが慣習化され、時代や環境が変わっても、表面的な対応こそあれ、根本の部分はなかなか変わらなくなる。変える意識が働かなくなる。それを変えるには、大きな圧力による意識変革などが必要になってくる。

 映画宣伝は、SNSやYouTubeといったメディアが生まれる前の時代から基本的なフォーマットは変わらず、大枠で同じ流れをずっと続けてきたように見える。その当たり前にやってきたことの手法なのか、費用対効果なのか、やっている人たちの意識へなのか、そもそもやる意味なのか、何かしらへの疑問を抱いた人がようやく動いた。それが今回起きたことであり、従来の“当たり前”を変える大きな力がそこに加わろうとしている。

 もちろん今回のケースはこの作品だから成立したという声は正しいだろう。ただ、視点はそこではない。いままでのように、枠組みの中身を変えるだけでなく、根本からまったく違うことをしてもいい、したほうがいいかもしれない、という思考を持つ機会になっている点が重要だ。

イベントは興行という結果に結びついているのか

 宣伝とひと言でいっても、多種多様な手段がある。わかりやすいのは、映画公開前の完成披露やヒット祈願などキャストが稼働するイベントだ。多大な予算と労力をかけて華やかに実施し、メディアで伝えられる。そこで求められるのは、どれだけのメディアに載るか。

 そこに、そもそもイベントは必要なのかという思考が入れば、実施により公開後の劇場来場者が何人増えたのか、興収をいくら上乗せさせたか、という明確な成果を求めるだろう。それが、たとえば同じくキャスト稼働が必要な個別取材によるメディア露出と費用対効果はどちらが上なのか、と比較する。

 損益計算により、当たり前のようにやっていたさまざまな宣伝手法の検証が進めば、かつては効果があってもいまの時代には用を成していない手法も存在していることが明らかになるかもしれない。

時代に即した宣伝が映像メディア戦国時代に映画興行の価値を上げる

 この2年でコロナ禍からの年間興収を大きく回復させている映画界だが、その内情はアニメを中心にした年間数本の大ヒット作に支えられている現実がある。積年の課題ではあるが、さまざまなジャンル、カテゴリの多くの作品がそれぞれ興行を大きくしていくことが求められており、そのためには時代に即した効率的で効果的な宣伝が不可欠だ。

 それぞれの特性を持つ作品ごとの従来とは異なる思考による宣伝手法の開拓は、映像メディアのグローバル戦国時代に映画興行が安定して生き残っていくことにつながる。そこから未来の繁栄への道筋が見えてくるに違いない。

 本作が慣習化した宣伝手法に風穴を開けた意義は大きいだろう。

 一方、映画会社宣伝部も宣伝会社も形骸化しているかもしれないかつての宣伝手法に縛られる必要がなくなった。それは仕事としてはハードになるかもしれないが、おもしろくなるのは間違いない。ルーティンとはかけ離れた新たなアイデアや創造力を発揮できる仕事に向き合うことを現場はよろこんでいるのではないだろうか。

エンドロールに宣伝担当者、予告編制作者クレジットあり

 最後に本作の感想をつけ加えると、まさに夏休みの日本アニメ映画を象徴するスタジオジブリならではのファミリー向け作品であり、宮崎駿監督だから描けるファンタジー冒険活劇の集大成と言っても過言ではない仕上がりになっていた。

 だからこそ思うのは、ジブリファンのとりこぼしをなくし、ジブリを知らない層へアプローチするために、手法はさておきぶ厚い宣伝があってこそ作品を最大限に拡張できたのではと、もったいなく感じる。現状はジブリファンの口コミは十分期待できるが、同時に機会損失も生じていることが予想される。

 出足のヒットは間違いない。ただ、100億円を期待される作品だけにもっと盛り上がりがほしい。夏休はまだはじまったばかりだ。これからの“追い宣”伝で勢いにドライブをかけるのはどうだろう。エンドロールのスタッフクレジットには、宣伝担当者も予告編制作者も入っているのだから。

【関連リンク】

【写真】濃い味のベタで上半期実写1位を獲得『TOKYO MER』36歳女性監督

【ランキング表】2023年上半期の邦画、洋画それぞれTOP5

ベタでヒット?「インディ・ジョーンズ」と「トップガン」に共通するハリウッド黄金期“王道”の力

WBCと東京五輪、記録映画で大きく分かれた明暗

なぜ「アバター」続編が大コケし「タイタニック」リマスターがヒットしたのか

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

武井保之の最近の記事