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なぜ「平本蓮vs.YA-MAN」は、これほどまでに熱い試合になったのか?『RIZIN.45』の真相─

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
試合直後、マットにうつ伏せ嗚咽したYA-MAN(写真:RIZIN FF)

ノーサイドはなかった

2023年大晦日、さいたまスーパーアリーナ『RIZIN.45』は数多くのドラマが盛り込まれたイベントだった。

堀口恭司(ATT)が初代フライ級王者になり直後にリング上で結婚を発表、体重超過のフアン・アーチュレッタ(米国)をKOで下した朝倉海(JTT)がバンタム級王座を奪回した。山本美憂(KRAZY BEE)の引退試合があり、皇治(TEAM ONE)、安保瑠輝也(MFL team CLUB es)、芦澤竜誠(フリー)、那須川天心の弟・龍心(TEAM TEPPEN)、平本蓮の弟・丈(剛毅會)がMMA(総合格闘技)デビューを果たしている。

この大会では全17試合が行われたが、その中で私の心にもっとも響いたのは「平本蓮(剛毅會)vs.YA-MAN(TARGET SHIBUYA)」─。

近年のプロ格闘技界では、煽り合いが矢鱈と目立つ。

対戦が決まるとSNSで挑発し合い、記者会見ではトラッシュトークの応酬、時に乱闘を繰り広げる。

だが、試合が終わると挑発し合った彼らは言うのだ。

「試合を盛り上げるために、酷いことを言いましたが本当は相手をリスペクトしています」

そして、チャッカリとYouTubeでコラボし再生回数を稼いだりしている。

試合はリアルだが、そこに至る煽り合いには注目を集めるための出来レース感が漂う。見終えた後に「何だかなぁ」である。

だが、平本とYA-MANは違った。

YA-MANは本気で平本の言動を許せないと憎み、平本もまたYA-MANを快く思っていなかった。

「試合が終わってもノーサイドはない」

試合前にYA-MANはそう話していたが、これは本心であり実際にそうなった。

「魅せ」ではなく「勝つ」ことの尊さ

少し試合を振り返ってみよう。

キックボクシング出身の両者の攻防は、予想通り打撃の応酬から始まった。さらに組み合い互いに相手の体力を削り合っていく。1ラウンドは互角。

差がつき始めたのは2ラウンドからだった。

まず両者のパンチの精度が違った。前に出て大振りのフックで攻めるYA-MANに対して平本のパンチはコンパクト。ノーモーションからのストレートが、速く的確に相手にヒットしていた。それでも倒れることなく向かっていったYA-MANだったが、組み合いになった場面でテイクダウンを平本に許してしまい、最終ラウンドの猛攻も逆転には及ばず。平本が流れを支配したまま試合終了のゴングが打ち鳴らされた。

2万3013人の大観衆が見守る中、激しく削り合った平本蓮(左)とYA-MAN。最終ラウンド終了間際のシーン(写真:RIZIN FF)
2万3013人の大観衆が見守る中、激しく削り合った平本蓮(左)とYA-MAN。最終ラウンド終了間際のシーン(写真:RIZIN FF)

2ラウンド、テイクダウンに成功した平本がYA-MANにパウンドを見舞っていく。この辺りから流れが平本ペースに傾いた(写真:RIZIN FF)
2ラウンド、テイクダウンに成功した平本がYA-MANにパウンドを見舞っていく。この辺りから流れが平本ペースに傾いた(写真:RIZIN FF)

判定3-0で平本の勝利。

試合のレベル自体は決して高度なものではなかったが、アリーナ内を緊迫した空気で包むアッという間の15分。互いの「相手をぶっ倒す」「絶対に負けたくない」との思いがヒシヒシと伝わってきた。

判定が告げられた後、自軍のコーナーの前でYA-MANはヒザと両手をマットにつけうつ伏せて嗚咽していた。そこに平本が近寄り背中に手を触れ何かを口にする。YA-MANは、それを無視し泣きながらリングを下りた。

勝者となった平本は、マイクを手に話す。

「MMA甘くないからね。YA-MAN君、アマチュア修斗からやり直したほうがいいよ。まあ、冗談はさておいて、朝倉未来、お前がぶっ飛ばされるから俺が普通にぶっ飛ばしたわ。しょっぱい試合をしてすみません。最強になって帰ってきます!」

その約1時間後、インタビュースペースに現れたYA-MANの顔は痛々しかった。4針を縫った箇所にテープが張られ、右目は塞がっている。それでも気丈にこう言った。

「悔しい。自分が弱かった。この試合は、何が何でも勝ちたかった。いつもは楽しんで闘い盛り上がってくれたらいいと思っていたけど今回は違い、どうしても勝ちたかった。(平本に対する)気持ちは変わらない。這い上がって必ずいつかやり返します」

試合後、表情に悔しさを滲ませメディアからの質問に答えるYA-MAN(写真:藤村ノゾミ)
試合後、表情に悔しさを滲ませメディアからの質問に答えるYA-MAN(写真:藤村ノゾミ)

次いで平本。

メディアから「試合後のリング上でYA-MANに何と声をかけたのか?」と問われると彼は笑いながら言った。

「俺の勝ち!」

それは嘘だ。

勝者には心に余裕が生じる。労いの言葉をかけたはずだ。

平本が続ける。

「今日の試合は負けるわけにはいかなかった。試合が盛り上がるかどうかじゃなく勝ち切れて本当に良かった」

こちらは本音だ。

インタビュースペースで満面の笑みも見せた平本蓮。「YA-MANは強かった」とも口にした(写真:藤村ノゾミ)
インタビュースペースで満面の笑みも見せた平本蓮。「YA-MANは強かった」とも口にした(写真:藤村ノゾミ)

「勝負は二の次でしょう。激しく打ち合ってお客さんを喜ばせなきゃ。それがプロでしょう」

そんなことを、したり顔で口にする選手が最近増えている。どうかと思う。観客の目を気にして激しく打ち合って、その場は盛り上がっても実は観る者の心には響いていない。なぜならば、闘いにおいて何よりも大切なはずの「勝利への執着」が何処か欠けているからだ。そんな原点を忘れた者は肉体演劇のピエロに過ぎない。

この試合において、平本もYA-MANも真のファイターだった。心に熱く長く刻める闘いを堪能できた。

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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