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なぜ朝倉海は「決勝で闘うのは扇久保」と発言したのか?大晦日『RIZIN.33』バンタム級GP考察─。

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
9月の『RIZIN.30』でヤマニハに完勝した朝倉海(写真:RIZIN FF)

朝倉海が仕掛けた陽動作戦

「(決勝には)扇久保選手が上がってくると思います」

朝倉海(トライフォース赤坂)は、普段通りの口調でそう言った。

意外なコメントだった。

今年6月に東京ドームと丸善インテックアリーナ大阪でスタートした「RIZIN JAPAN GP2021 バンタム級トーナメント」の準決勝、決勝が大晦日『RIZIN.33』(さいたまスーパーアリーナ)で行われる。

その準決勝の組み合わせは、11月30日、東京・目黒雅叙園で開かれた記者会見で次のように発表されている。

(提供:RIZIN FF)
(提供:RIZIN FF)

この会見で出席した4選手にメディアから、こんな質問が飛んだ。

「もう一つの準決勝から勝ち上がってくるのは誰だと思うか?」

井上直樹(セラ・ロンゴ・ファイトチーム)と瀧澤謙太(フリー)は、明言を避けた。扇久保博正(パラエストラ松戸)は「朝倉選手だと思う」とコメント。そして、朝倉の発言は冒頭に記した通りだ。

「井上が勝ち上がってくる」

朝倉はそう言うと私は思っていた。

なぜ、扇久保が勝ち上がると予想するのか?

彼は、こう答えている。

「実力は五分五分かなと思っています。ただ、井上選手が扇久保選手をKOする、あるいは一本を奪うイメージが湧いてきません。組み力で上回る扇久保選手が判定で勝つと予想します」

果たして、本音だろうか?

私は、朝倉は「井上が勝つ可能性が高い」と見ていると思う。だが敢えて「扇久保が勝つ」と言ったのだと。陽動作戦だ。

「本命・朝倉、対抗・井上」あるいは、「朝倉、井上のW本命」というのが大方の見方だ。私も異論はない。

だが、朝倉は自分が大本命であるという雰囲気を醸したいのだろう。会見では、こうも話していた。

「まず準決勝、『楽な相手が来たな』というのが率直な感想です。このトーナメントは優勝して当たり前、自分にとっては通過点に過ぎません。ほかの3人とのレベルの違いをハッキリと見せますので楽しみにしていて下さい」

朝倉は、昨年8月『RIZIN.23』で扇久保をKOで破っている。井上の存在を、その扇久保の下と見なすことで自分の優位性を周囲に植え付ける作戦に出たのだ。心理戦は、すでに始まっている。

扇久保博正の熱き決意

さて、優勝予想だが「やはり朝倉優位」だと私も思う。

準決勝の組み合わせが、さらにそれを濃厚にした。

「何も持っていない僕が、富・名声・力、すべてを持っている朝倉選手から奪ってやります。バチバチにやって倒します。成り上がりに期待して下さい!」

準決勝で朝倉と対戦する瀧澤は、そう意気込む。

「すべてを奪ってやる」と話した瀧澤謙太(右)に対して、「楽な相手、ダメージなく決勝に勝ち上がる」と返した朝倉海(写真:RIZIN FF)
「すべてを奪ってやる」と話した瀧澤謙太(右)に対して、「楽な相手、ダメージなく決勝に勝ち上がる」と返した朝倉海(写真:RIZIN FF)

確かに瀧澤の打撃センスは高い。それでも総合力で上をいく朝倉を攻略するのは難しそうだ。

「ダメージを最小限にとどめて決勝に勝ち上がることが大切」とも話す朝倉は、もしかすると打ち合いをせずに、ニータップで瀧澤を崩し、グラウンドの展開に持ち込む作戦に出るかもしれない。打ち合っても利があると思われるが、寝技では明らかに朝倉優位である。展開次第だが、確実な方法を選ぶ可能性は高い。

いずれにせよ、キャリアでも上回る朝倉が狡猾に勝とう。

面白いのは、もう一つの準決勝だ。

井上が勝つと予想するが、扇久保も、ただならぬ覚悟でリングに上がる。

扇久保は言った。

「僕はあの時から、心の底から幸せだと思ったことがありません。僕は5年前にUFC参戦切符を掴みかけました。でもそれは叶わなかった。切符を掴んだのは当時19歳の井上選手でした。悔しかった。このトーナメントが始まってから彼しか見ていません。この勝負、絶対に勝ちます」

この一戦に並々ならぬ闘志を燃やす扇久保博正(左)と身長、リーチで大きく上回る元UFCファイターの井上直樹。凄絶な潰し合いの予感が漂う(写真:RIZIN FF)
この一戦に並々ならぬ闘志を燃やす扇久保博正(左)と身長、リーチで大きく上回る元UFCファイターの井上直樹。凄絶な潰し合いの予感が漂う(写真:RIZIN FF)

5年前、扇久保はUFCの登竜門企画『TUF』に参加した。そしてトーナメントで決勝に進出、優勝はできなかったが、UFCに参戦できる立場にはあった。しかし、吉報は届かず。これと同じ時期に自分よりもキャリアの浅い井上が、将来性を見込まれUFCとの契約を勝ち取ったのである。

扇久保は決勝に余力を残すことなど考えずに、全力で井上を潰しにいく。凄絶な削り合いは必至だ。となれば、いずれが勝者になれど無傷ではいられないだろう。

RIZINバンタム級のチャンピオンベルトを腰に巻いた実績もある実力者・朝倉に、さらなる追い風とみた。

そして彼は優勝を手土産に、来年『Bellator』で開催されるバンタム級トーナメントに加わる隙も狙うつもりだ。

トーナメント決勝が大会のメインエベントとなるだろう。

2021年の掉尾を飾る大一番、果たして何が起こる? 番狂わせはあるのか? 胸を高鳴らせてリングを注視したい。

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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