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テコンドー発祥国が金メダル「ゼロ」の衝撃 韓国一強の時代はなぜ終わったのか?

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
女子49キロ級・3位決定戦に挑む山田美諭(左)。セルビア戦士に敗れメダルに届かず(写真:ロイター/アフロ)

日本勢は惨敗

オリンピックには、<日向の競技>と<日陰の競技>がある。

たとえば日本の場合、金メダリストが多く誕生する柔道、競泳、レスリング、それに人気スポーツである野球、サッカーなどが<日向の競技>だ。

一方で、生中継がないばかりかテレビにほとんど映ることがなく、スポーツ紙の扱いも小さい<日陰の競技>もある。

テコンドーは、その一つだろう。

一昨年、テコンドー界にはパワハラ問題が生じ、金原昇氏が全日本テコンドー協会の会長を退任に追い込まれる騒動があった。その際には連日、テレビのワイドショーで取り上げられた。しかし、オリンピックでのテコンドーの闘いは、ほとんどオンエアされない。

「競技としての人気が低いから仕方がない」と言われてしまえばそれまでだが、皮肉な話である。

開会式翌日の7月24日から27日までの4日間、千葉・幕張メッセ Aホールにおいてテコンドー競技は、8階級(男子4階級、女子4階級)のトーナメント戦で行われた。

日本からは4選手が出場。だが芳しい成績は残せなかった。

競技初日に登場した山田美諭(女子49キロ級)は、2試合を勝ち抜き準決勝に進出するも、この大会で優勝を果たすパ二パック・ウォンパタナキット(タイ)に12-34の完敗。3位決定戦でもティヤナ・ボグダノビッチ(セルビア)に6-20で敗れメダルを逃した。

鈴木セルヒオ(男子58キロ級)、鈴木リカルド(男子68キロ級)、浜田真由(女子57キロ級)の3人は、いずれも緒戦で姿を消している。

自国開催ということで、岡本依子(2000年シドニー大会・女子67キロ級で銅)以来21年ぶりのメダル獲得が期待されたが、それは叶わなかった。

ゲーム感覚の競技に

テコンドーは、韓国発祥の格闘技である。

そのため、テコンドーでは韓国が圧倒的に強いと思っている人が多いかもしれないが、実はそうではない。今大会、韓国は一つも金メダルを獲得できなかったのだ。

今大会で金メダルを獲得した選手は、次の通りだ。

<男子58キロ級>ビト・デラクイラ(イタリア)

<男子68キロ級>ウルグベク・ラシトフ(ウズベキスタン)

<男子80キロ級>マクシム・フラムツォフ(ROC)

<男子80キロ超級>ウラジスラフ・ラリン(ROC)

<女子49キロ級>パ二パック・ウォンパタナキット(タイ)

<女子57キロ級>アナスタシャ・ゾロテック(米国)

<女子67キロ級>マテア・エリッチ(クロアチア)

<女子67キロ超級>ミリツァ・マンディッチ(セルビア)

優勝者の国籍は、ROC(ロシア・オリンピック委員会)の選手が2人である以外は、すべて異なっている。

テコンドー・男子80キロ超級では、北マケドニアのデヤン・ゲオルギエフスキ(右)が銀メダルを獲得した。準決勝で韓国の印教敦を破り決勝に進出しての快挙。左は優勝したウラジスラフ・ラリン(ROC)
テコンドー・男子80キロ超級では、北マケドニアのデヤン・ゲオルギエフスキ(右)が銀メダルを獲得した。準決勝で韓国の印教敦を破り決勝に進出しての快挙。左は優勝したウラジスラフ・ラリン(ROC)写真:ロイター/アフロ

テコンドーは、1988年ソウル大会、1992年バルセロナ大会で公開競技として行われ、2000年シドニー大会から五輪正式競技となったが、その当時は、韓国選手が圧倒的に強かった。そのために、「各国のエントリーは異なる階級に男女各2選手まで」という規定を設けたほどだ。韓国が全階級を制覇する状況になったら、その後の競技普及に影響すると考えたのだろう。

だが、2012年のロンドン大会から流れが変わる。「韓国一強」ではなく、さまざまな国から強い選手が登場するようになった。韓国のメダル数が減少していく。

なぜ、そうなったのか?

理由は2つあるように思う。

一つは、テコンドーが五輪公開競技になってから今大会までに、ルールが大きく変更されていること。本来のテコンドーは格闘技だった。しかし、いまの試合形式は、それとは程遠いものになっている。

相手を倒そうとはしない。蹴りを的に当てポイントを得るゲーム感覚のスポーツと化しているのだ。テコンドーは、その姿をスッカリ変えている。これでは、発祥国の利が薄らいで当然だろう。

もう一つは、五輪競技となったことで、この20年の間にテコンドーが世界に普及したことが挙げられる。

いまや、五輪に61の国と地域が参加するまでに発展。米国や欧州諸国のみならず、アフリカ、中東で競技人口を飛躍的に増加させ続けているのだ。そのため、競技レベルが国際的に向上した。

またテコンドーは、これまでの6大会において、五輪に縁遠かった国にもメダルをもたらしている。ヨルダン、コートジボワール、ニジェール、台湾など。

日本では<日陰の競技>と記したが、これまでスポーツが強くなかった多くの国でテコンドーは<日向の競技>となっているのだ。

「韓国一強」の時代は終わり、テコンドーはグローバルなものとなった。華麗な足さばきで観る者を魅了する競技として、今後も国際的発展を遂げるだろう。

ただ、競技の性質は大きく変わってしまった。五輪におけるテコンドーは、もはや格闘技ではない。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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