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シリア:柑橘類の収穫は不振

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 2022年8月30日付のシリア紙は、今期の柑橘類の収穫高が一段と減少し、64万トンにとどまると報じた。報道の見出しは「大幅な収穫減が続く」なので、過去数年にわたって柑橘類の収穫高が減り続けているということだ。実際、過去数年のシリアの柑橘類の収穫量を眺めてみると、紛争期間中もおおむね100万トン程度の収穫があったようだ。それが、2020年、2021年にはそれぞれ約80万トン程度に落ち込み、それが今期はさらに20万トンほど減少してしまうようだ。今般の報道では、近日中に収穫の減少とその対策について報じると予告しているだけで、収穫量減少の原因について考えるヒントをくれなかった。

 とはいうものの、シリアの農業は紛争によって全般的な不振、或いは政府の統制外になった地域の存在による統計の不備による統計上の収量減少に見舞われていることも確かだ。問題は、2020年頃から、そうした不振に追い打ちをかけるかのような一段の収穫量の減少が起きていることだ。オリーブについては、過日紹介したとおり2019年、2020年とほぼ同水準の収穫が見込まれているが、これは紛争勃発前の収穫高の半分ほどに過ぎない。天候面でも、降水量の不足はシリアに止まらず、トルコやイラクでの作物の収穫量について考えるときの重要な要素だ。だが、オリーブや柑橘類の主な産地である地中海沿岸部については、今期の降水量は「農産物の生育に必要な時期に必要な量の降水があるか」というより詳細な考察を省けば平年並みであり、単に干ばつや異常気象のせいだというわけではなさそうだ。

 そこで考えなくてはならないのは、紛争の影響で農地や作物の世話をする労働力が不足していること、アメリカや日本をはじめとする各国が科している経済制裁やシリアの通貨の下落によって、農業生産に必要な燃料や機材や肥料が十分調達できていない可能性が高いことである。例えば、「(経済制裁の結果)肥料や農薬が調達できなくなること」は、シリア紛争勃発当初から「体制崩壊」を予想する人々の間で「ゲームチェンジャー」として待望されていた憶測だった。おりしも、2020年はアメリカで「シーザー法」と呼ばれる厳しい対シリア経済制裁が施行された年であり、これにより、シリアについては貿易や投資や金融取引も全般的に制裁対象となる可能性にさらされることとなった。この制裁については、意に介さない取引先、いくつかの例外、近年シリアとの関係改善を進めるアラブ諸国の存在など、その実効性については常時検討すべきだが、それでも「抜け道」の類が状況を全面的に打破することにはなりにくい。こうして、紛争の勝敗がはっきりし、軍事的にも政治的にも膠着状態となった後も、シリアの経済・社会、そして人民の生活水準は復旧もままならない状態で放置されることになったのである。ここにウクライナでの戦争の結果としての肥料の供給不安や燃料価格の高騰などが重なることから、シリアの農業は世界規模での構造的な不振の連鎖に落ち込んでしまったように見える。ウクライナでの戦争や異常気象による悪影響で最も被害を受けるのは、情報の発信量が多く報道機関などの関心も高い先進国ではなく、情報を発信する能力が低く、報道機関などの関心も低い弱い国となろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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