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シリア:オリーブが収穫期を迎える

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 2022年8月25日、シリアの農業省のオリーブ局は、今期のオリーブの収穫高がおよそ82万トンに達するとの見通しを発表した。発表によると、今期の収穫高は昨期(約56万トン)を26万トン余り上回る。また、収穫全体の4割(約36万6000トン)をラタキア、タルトゥースの沿岸2県が占め、現在も治安状況が安定しないアレッポ、イドリブ、ハマ、ラッカ、ハサカ、ダイル・ザウルの各県の収穫量は全体のおよそ26%(約24万トン)だった。農業省オリーブ局によると、収穫されたオリーブのうち約70万トンが圧搾に回され、これにより12万5000トンのオリーブオイルが生産される。12万3000トンは食用に充てられる。

 シリアでは、2011年以来の紛争や過去数年の干ばつの被害により農業の不振が続いている。ここに、ウクライナでの戦争に伴う燃料や肥料の供給不安や価格の高騰が重なるため、農業のさらなる不振、ひいては人民の生活水準の一層の低下が懸念されていた。そうした中での今期のオリーブの収穫高は、2019年や2020年と同水準と見込まれた。オリーブオイルの国内需要は約10万トンとされているようなので、今期はオリーブオイルの自給が可能な程度の収穫が見込めるようだ。ちなみに、紛争勃発前のシリアのオリーブの収穫高は160万トンに達したこともあるため、紛争の被害が比較的軽微で、今期は降水量にも恵まれたラタキアやタルトゥースでの収穫量が増したとしても、全体的な復旧・復興の目途は全く立っていないようだ。

 今般の発表は、上記のような事情により基礎的な食糧の供給不安が高まっているであろう状況下でのものだ。そのため、不安を少しでも緩和しようと試みる当局による宣伝としての意味合いもあるだろう。それでも、アレッポ、イドリブ、ラッカ、ハサカ、ダイル・ザウルの様に、依然としてトルコとその配下の武装勢力、イスラーム過激派、クルド民族主義勢力による占領・占拠かにある諸県の農業が深刻な不振の中にあることを示唆するのは興味深い。元々、シリアでのオリーブ農業は沿岸部が中心と思われ、ラタキアやタルトゥースでの復旧・復興が進めば好影響を受けそうなものだ。また、現時点では高温や干ばつ、そして害虫の被害も顕在化していないそうだ。一方、シリアにおける小麦生産の中心地であるラッカ、ハサカ、ダイル・ザウルの各県では、今期の降水量はまさに壊滅的と言っていいほどの惨状だった。ユーフラテス川沿岸の地域が降水量に恵まれなかったのは、流域のトルコやイラクでも同様なので、農業の不振による人民の生活水準の低下や基礎的食糧の供給不安はより広域的な問題である。

 オリーブの収穫高が、不作だった昨期から回復したことは、シリアの農業や人民の生活水準という面では数少ない朗報である。しかし、小麦をはじめとする穀物の不作は明らかだし、シリアにとっては数少ない輸出品であるピスタチオが過去数年の不作を脱するかは今のところ分からない。ここに機材の不足や燃料価格の高騰のような、生産にかかる経費が増す状況が追い打ちをかける。シリア紛争の帰趨なり、シリア人民の生活なり、ウクライナでの戦争の悪影響なり、どのような観点からでも、引き続きシリアの農業事情の観察は怠れないところだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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