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中東の人民がウクライナでの戦争から感じる矛盾

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 ウクライナでの戦争について、欧米の政府・企業・報道機関・社会などはこぞってウクライナへの連帯と支援を表明し、ロシアに対する非難・制裁・ボイコット一色の情勢だ。本邦もそうした態度をとる国の一つだが、世界的にみるとこの戦争について欧米諸国の情勢認識や反応に倣う国や社会だけとは限らない。中東においても、アラビア半島の産油国は戦争による石油・天然ガスの値上がりやロシアを市場から締め出すことによる供給不安に起因する各国からの増産要請を冷ややかにあしらっているように見える。また、中東諸国はロシアとの外交関係の遮断や制限に全く乗り気ではない。民衆レベルでも、中東諸国の人民は今般の戦争に対する欧米諸国の態度に深刻な矛盾を見出しているようだ。これについて、2022年3月29日付のAPが興味深い記事を掲載した

 中東は長年にわたり様々な国際紛争の舞台となり、そのたびに多数の者が犠牲になり、一部の国は領土を占領され、難民・避難民が各地を彷徨い、飢餓や貧困が蔓延した。また、紛争や問題に対する解釈や認識でも中東と欧米諸国とでは相当異なる点が多く、それは欧米諸国が振りかざす正義や価値観に対する中東の人民の疑問や不満を増幅させてきた。上記のAPの報道は、イラクに侵攻して占領したアメリカ軍に対する武装闘争に参加した経験のある人物が、イラクでの武装闘争もウクライナのロシアに対する抵抗と同様祖国を思う抵抗運動である、安全保障上の脅威を感じて隣国が攻め込んできたウクライナに対し、(そんなことをする必要もないのに)数千キロも離れたところからイラクに攻め込んできたアメリカに抵抗するほうがより正当だと評したと報じている。この人物のような人々は、欧米諸国がイラクでのアメリカ軍に対する抵抗運動の宗教的性質を強調し、武装闘争をイスラーム過激派の活動と混同してテロ行為扱いしたことについて、「自分たちを劣等人種扱いする二重基準だ」と主張した。ちなみに、ウクライナも「有志連合」の参加国としてイラクの抵抗運動の対象となった経験を持つ。

 近年でも、シリア紛争で大量破壊兵器の使用が取りざたされたり、諸都市が封鎖と破壊にさらされたりしても、欧米諸国は犠牲となったシリア人民を救おうとはしなかった。筆者は、シリア紛争に対する欧米諸国の態度は中途半端で無責任なもので、各国がシリア人民への支援と称して提供した資源についても「紛争を終結させるには過小、紛争を長期化させるには過大」で、各国が支援しているつもりのシリア人民を苦しめるだけのものだったと評価している。また、そのようなシリアから「大量の」難民がEU諸国に逃れようとした際には、彼らを厄介者、治安上の懸念事項、ヨーロッパの文化に対する脅威扱いし、快く受け入れようとはしなかった。こうした態度と今般のウクライナからの難民・避難民への態度との違いは、中東の人民の間で当初から非常に評判が悪い

 多数が餓死に追い込まれる危険にさらされるイエメンでも、アメリカやイギリスは紛争当事者のサウジを支援しており、イエメン人民の窮状は国際的にほとんど顧みられていない。イスラエルによるパレスチナに対する占領と入植は国際法に反する行為だが、今やこの行為が問題視されることはほとんどなくなった。それどころか、アラブ諸国の為政者の一部も問題を「なかったこと」にしてイスラエルとの協力関係構築に努めている。パレスチナ人民に残されたほんのわずかな抵抗の手段としてはイスラエルに対する経済的ボイコットがあるが、上記のAPの記事によるとアメリカやドイツではこうしたボイコットを抑制するための立法措置が取られている。これは中東の人民にとって、国際的な企業がロシアをボイコットして称賛を浴びたのに比べると深刻な矛盾に見える。

 もちろん、中東の諸般の紛争や人道危機に対する各国の政府・報道機関・世論の反応にはそれぞれ合理的な理由があり、それを非難したり、そこに一方的に不満を蓄積したりしても生産的ではないだろう。とはいうものの、今般のウクライナでの戦争のような問題への反応が一様でないのは、正義や理想が適用されたり、人々の関心や同情が寄せられたりする場面も一様ではないという事実に留意して考えるべき問題だろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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