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シリア:遅すぎてショボすぎるアメリカの対応

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 現在の状況に鑑みると、シリア紛争に対するアメリカの政策や干渉が、大した成果を上げないどころか(本来はアメリカをはじめとする西側諸国が「助けてやる」はずだった)シリア人民にとって有害無益に過ぎなかったという評価が出てくるのは当然のように思われる。先日、アメリカの外交専門誌の『The National Interest』にシリアのアサド大統領がその座にとどまり続けるという現実を踏まえた対シリア政策の転換を提言する記事が掲載された。この記事は、過日別稿で紹介したシリアにおけるアメリカの敗北を論じる記事と同様の傾向の中で著されたもののように見える。これらの媒体や著述は、アメリカ政情の中で特定の党派色があり、これに対抗する媒体・著述もたくさんあることも十分考えられる。しかし、アフガン、イラク、そしてシリアで追求された「国造り」という達成不可能な目的からは手を引き、イラン対策、ロシアや中国との関係といったより大局的な観点からアメリカの国益を守るべきだとの昨今の「流行」を反映していると思われる。記事は、オバマ政権、トランプ政権の対シリア政策を要約・回顧した上で、バイデン政権がシリアで達成すべき目標を挙げている。そのうえで、諸目的を達成するためには現在のシリア政府と協議・交渉すべきだと提起している。記事は、今や日常茶飯事となったイスラエルによるシリアへの軍事攻撃も「行き詰まり」と断じ、その目的とされているイランの勢力伸長を阻むためにもアサド大統領の下のシリア政府との交渉が必要であると論じている。

 この議論の中で、アメリカの歴代政権のシリア紛争への対処は以下のように要約できる。オバマ政権の政策は、「失敗に終わった体制転換」との表現に集約される。同政権は、シリア紛争に際し「行き詰まった国連安保理決議に基づく政治過程を重視」しつつ、「対シリア経済制裁」と「中途半端な反体制武装闘争の扇動」を行ったものの、「イスラーム国」の台頭を受け同派に政策上の力点を移した。その結果、「現場の戦力」としてクルド民族主義勢力を育成したが、これは「不用意に」トルコとの対立をあおったと評された。トランプ政権は、オバマ政権の混乱した対シリア政策の一部を継承し、一部を変えようとしたが、アメリカ軍によるシリア領の不法占拠/占領に代表されるように、政策の軸は体制転換でも「イスラーム国」対策でもなく、ロシアやイランへの牽制に移っていった。本稿で取り上げた記事では、トランプ政権による対シリア制裁とシリアの外交的な孤立化政策は、(目標を達成しなかっただけでなく)シリア人民の生活水準を下げ、彼らを殺すだけに終わった「無駄骨」と酷評されている。また、トランプ政権がトルコのシリア領侵攻と占領(2018年、2019年)に対してとった態度は、アメリカの同盟者/手先だったクルド民族主義勢力をロシアやシリア政府と接近させる結果を招いたと評される。

 これまでの経緯を踏まえ、バイデン政権で追求されるかもしれない対シリア政策上の目標は、1.人道状況の改善、2.クルド人の運命にめどを立てる、3.「イスラーム国」の打倒、となるわけだが、この記事の論旨によるとこれらの諸問題はシリアに対し体制転換を追求し、対シリア制裁や孤立化政策を続ける限り達成できず、その結果としてアメリカはシリアから手を引くこともできなくなる。これを受け、バイデン政権には、紛争におけるシリア政府の勝利を認めるとともに、「ささやかでも影響力のある」政治的妥協によってアメリカとその同盟国がシリア政府による領域統制の回復と同政府への復興支援の提供を認めることが提言される。筆者から見れば、このような情勢認識と提言は2011年のシリア紛争勃発当初から当然と思われる内容である。シリア紛争勃発以来、アメリカや西側諸国の対シリア政策は、紛争の当事者の一部が発信するプロパガンダをろくに検証せずに「事実」と認定し、有効な対策を講じることができないにもかかわらずシリア政府やその支援者を「悪魔化」するという「夢の中の物語」を生きるものだった。また、この「夢の中の物語」では、実はアメリカとその同盟国こそが「イスラーム国」に資源を提供し、彼らを増長させたという事実(そして西側諸国による「イスラーム国」対策が恐ろしく費用対効果が低いものだったという事実)がまさに「なかったこと」にされている。また、シリアに対する制裁・封鎖・孤立化政策は、すでにアメリカ自身によってなし崩し的に放棄されつつあるし、これを維持しようとしても現に進んでいるアラブ諸国とシリアとの関係改善や、(シリアの復興には全く不十分だが)シリア政府がロシア、イラン、そして中国に傾斜することを止める手立てがなさそうなことも明らかだ。

 シリア紛争は現実の世界で進行中の地域・国際的大問題であり、これに対処するために(個人的な好悪や道徳的善悪の判断はさておき)全当事者に対し実効的な働きかけをしなくてはならない問題だ。アメリカの外交界隈でこの種の議論が出てきたことは、彼らが「夢の中」から出てくるための一歩として評価すべきものかもしれないが、今般紹介した記事の提起は問題に対処する上では「too late, too little」のお手本のようなものである。この表現は、長らく西側諸国の政府や外交官がシリア政府の内政・外交上の改革や諸問題への対処が彼らの期待通りに進まない状況を馬鹿にするための常套句として用いてきたものだが、現在の状況は西側諸国の状態をよりよくあらわすものと思われる。対シリア政策という文脈では、アメリカの当局や専門家たちはいまだ「半醒半睡」の危険な状態にいるにすぎないのである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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