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イラク:北部で洪水、南部で渇水

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 過去数日、地中海東岸の地域を強力な低気圧が通過し、各地で暴風と豪雨・豪雪をもたらした。この地域では例年11月ごろから5月初めごろまでが降水期で、レバノンやシリアの山間地ではこの期間の合計で1000mm以上の降水量を記録したり、1メートル以上の積雪を記録したりすることも珍しくない。筆者が日ごろからぼんやり眺めているシリアを中心とするこの地域のニュースでも、積雪・洪水や暴風の被害が報じられている。2021年12月17日には、イラク北部のクルド地区で洪水が発生し、少なくとも8人が死亡した。

 この地域は、過日紹介した通り過去数年間干ばつに見舞われており、今般の洪水で人的・物的被害が出る一方で降水により河川の流量や貯水池・ダムの水量が増加することへの肯定的な見方もある。イラクの当局は、今後の予報も考慮して洪水対策の行動計画を策定する一方で、これまでの渇水で貯水量が減少している貯水施設の水量増加を図るようである。ただし、洪水の「恩恵」は相変わらず干ばつが続くイラク南部には及んでいないようだ。この地域は「アフワール」と呼ばれる湿地が広がっており、その一部は2016年に世界遺産に登録されている。その一角を占める「フワイザ湿地」は過去8カ月間干上がっているとの由だが、これは上流のイランからの河川の水流が途絶えてしまったことに起因する。イラク政府は河川の流量についてイラン政府と交渉しているが、イランにしても長期間の干ばつに苦しんでおり、何か成果が上がるまでには至っていない。今般の降水・洪水により、イラン側から湿地の回復に十分な水量が放水される望みは薄いようだ。ちなみに、ユネスコでは干ばつ・渇水でイラクの湿地が干上がってしまっていることは、イラク側の故意による破壊ではないのでこの地域を世界遺産から外すつもりはないそうだ。

 イラク南部の湿地については、1990年代から当時のフセイン政権が反体制武装闘争の潜伏地となることを嫌って湿地を干上がらせる土木工事を行った環境破壊が強調され、2003年のイラク戦争後の復興事業において湿地の再生が取り上げられてきた。日本の政府や援助団体も湿地の再生事業には深くかかわっているため、今後も「アフワール」地域の干ばつ・渇水も彼らの重要な関心事項となるべきだろう。この問題は、イラク単独の降水量の問題ではなく、上流のトルコ、イラン、シリアなどの諸国の降水量や河川の水資源の分配の問題である。それとともに、イラクも含む流域諸国の人口増加・資源需要の増大とも深くかかわっているため、単なる降水量や気象条件の問題でもない。また、干ばつが続く中でも短期間の降水によって人的被害を及ぼす洪水が発生してしまうことは、都市や集落の排水のような社会基盤、地域の土壌や治水、洪水被害を受けやすい場所に人民が居住せざるを得ない都市開発などなどの問題でもある。つまり、イラクや近隣諸国における干ばつの問題は、複数の国が当事者となる広範かつ包括的な問題ということだ。諸当事者が全くの無為無策だとは考えたくはないが、この地域が長らく紛争や経済不振に苦しんでいることに鑑みると、干ばつの最中に洪水被害が生じるというなんだか矛盾するニュースに悩まされる状態が解消する目途は立たないということだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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