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日本は原子力潜水艦を保有すべきかどうか 世界の海軍専門記者に聞いた(下)

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
南シナ海で米海軍と初めて共同対潜訓練を行った海上自衛隊の潜水艦(写真:海自)

「国民の命や平和な暮らしを守るために必要なものは何なのか。あらゆる選択肢を排除せず、冷静かつ現実的な議論をしっかり突き詰めていく」

岸信夫防衛相は11月12日、国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画の3点セットの来年末までの改定に向けて設置した「防衛力強化加速会議」の初会合でこう述べた。

「あらゆる選択肢を排除せずに議論する」と言うのであれば、この会議で日本の原子力潜水艦の保有の可否は議論されるのか。

実は政府は2004年に3度目の防衛大綱(16大綱)を策定するのに合わせ、2001年に極秘に原潜保有の可否を検討した。しかし、この時は原子力基本法との法的な整合性や予算、技術運用面で課題があり、断念したとされる。

しかし、それから20年後の今、日本を取り巻く安全保障環境ははるかに悪化している。海上自衛隊は現在、ディーゼル電気推進の通常動力で動く対潜潜水艦しか保有していない。

日本は原潜を保有すべきかどうか。ジェーン年鑑を発行し、軍事情報分析で知られる英ジェーンズ・グループの新旧2人の海軍担当専門記者に聞いた。

2回目のこの拙稿では、イギリス在住の海軍専門記者兼アナリストのティム・フィッシュ氏の見方を紹介する。同氏は2007年から2010年までジェーンズ記者を務め、今はフリーランス記者としてジェーンズや米海軍協会(USNI)ニュースなどさまざまな媒体に寄稿している。

イギリス在住の海軍専門記者兼アナリストのティム・フィッシュ氏(本人提供写真)
イギリス在住の海軍専門記者兼アナリストのティム・フィッシュ氏(本人提供写真)

――オーストラリアが原子力潜水艦の導入を決め、南北朝鮮も原潜の保有を目指している。日本も原潜を保有する必要があるか。

「日本には攻撃型原潜(SSN)は必要ない。日本の海上安全保障上の主な脅威は中国と北朝鮮であり、両国とも地理的に極めて近い。海上自衛隊の通常動力の攻撃型潜水艦(SSK)は、日本海と黄海、東シナ海、南シナ海、さらには西太平洋、インド太平洋海域で活動するための優れたプラットフォーム(基盤)になっている」

「新型のリチウムイオン電池と長時間潜航可能な非大気依存推進(AIP)機関を使うことで、日本の潜水艦は海洋上の重要水路、さらには中国や北朝鮮の海軍基地や港の外側に長期間にわたって居続けることができる。また、関心を寄せている他の場所でも何週間も都合よく海上交通を監視することができる。議論の中心となるべきは、海自がより広範囲の地域をカバーするためにさらに多くのSSKを持つべきかどうかだ。こちらの方が、より金額に見合うだけの価値がある」

「オーストラリアが最終的に攻撃型原潜を選んだ理由は、フランスとの契約で当初得る予定だった12隻の通常動力型潜水艦を保有したとしても、オーストラリア海軍がインド太平洋地域に常時2、3隻以上を派遣することが難しかったからだ。というのも、オーストラリア海軍の基地は、潜水艦を運用する海域とはかなりの距離があるためだ。通常動力型潜水艦は移動のために大量の燃料を使うため、目的地に着いても任務に就く時間が限られてしまう。これに対し、原潜となればオーストラリアから遠く離れた場所でも長期間任務にあたることができる」

「さらに、オーストラリア海軍は今、この地域でアメリカ海軍を支える遠征海軍になろうとしている。この役割を果たすのに、原潜は強力な武器やセンサー、無人システムを擁するだけに、より適している。これらはこれまでのところ、オーストラリア本土から提供できないアセット(軍事資産)だ」

「これは海自の場合には当てはまらない。海自は日本近海を守るための防御的な組織であり、地域を越えて力を行使する遠征海軍ではない。海自は無人システムやミサイルなどを日本本土から利用発射でき、高額な原潜にそれらを搭載する必要がない。忘れてはいけないことは、潜水艦は海洋安全保障の一部を占めているに過ぎないことだ。無人システムから水上艦、宇宙や地上配備のシステムまでさまざまなプラットフォームがすべて海上安全保障での役割を負っている。原潜を開発し、建造するには多額の費用がかかるが、日本の陸海空の自衛隊がすでに持っている能力をそれほど増強する訳ではない。むしろ、陸、空、海上、海中の分野で実際に革新的で大きな影響を及ぼすプラットフォームや技術に投資すべきだろう」

「日本が原潜を建造する場合、それを正当化する理由は『主要な海軍大国としてのステータスシンボル(地位の象徴)を得る』ということでしかない。現実的な観点から見ると、原潜は海自の活動に必須ではない」

――アメリカが将来、中国に対峙するため、日本に南シナ海での海自潜水艦による共同監視活動を求めてこないか。そして、そのために日本に原潜の保有を求めてくる可能性はないか。

「必要に応じて日本がアメリカから南シナ海での共同活動に参加するよう求められる可能性はある。しかし、これはアメリカとの協力のために原潜が必要であることを意味しない。海自は陸自と空自との連携強化やアメリカ軍との一体化といった大きな課題を抱えており、これらに集中すべきだ。アメリカにとっては、海兵隊の『遠征前方基地作戦(EABO)』の一環として、東シナ海から台湾、フィリピンの西太平洋にある小さな島々を占拠することの方がはるかに重要だ。日本の自衛隊はここで重要な役割を果たすことができる。そのためには、長射程の防空システムとおそらく軍用機をも兼ね備えた水陸両用の即応部隊が必要になる」

――日本には原潜を建造する技術が十分にあると思うか。

「日本が本当に望むのであれば、日本には原潜を建造するための資金も技能も技術もある。日本は商業用の原子力産業を有している。これは人材を訓練したり、インフラを整備したり、適切な規制や安全システムを確保したりするのに利用できる。日本はまた、最新の技術で最も近代的な軍艦を設計したり、建造したりできる優れた造船業界を有している。それでも日本はアメリカの支援を必要とするかもしれないが、優れた設計者とエンジニアたちが大いに利用できる産業基盤がある。大型潜水艦を建造するための施設を有する大きな造船所もある。さらに、日本は国産原潜を設計し、建造する能力を持つほか、その気になれば原潜向けの原子炉も国産でできる。原潜を設計し、建造することは常に困難で、長く複雑なプロセスをたどることになる。しかし、日本はオーストラリア、いや世界のどの国よりも原潜を建造するには良い位置にいる。本当のチャレンジは『原潜建造は価値のある投資である』と国民を説得できるかどうかにある」

――日本の近隣諸国の反応についてはどう思うか。

「日本が原潜の建造を決めれば、日本の周辺諸国は腹を立てるだろう。通常動力型潜水艦が概して防御的なプラットフォームであるのに対し、原潜は攻撃的であり、海上安全保障上の重大な脅威とみなされるだろう。インド太平洋地域の国々は『日本は平和憲法をついに除去し、再び攻撃的な国になろうとしている』とみるだろう。中国や北朝鮮は、日本の原潜が両国の原潜開発への対抗措置であることから本気では文句を言えないが、韓国や東南アジア諸国との外交関係を害することになるだろう」

海上自衛隊横須賀基地を取材したティム・フィッシュ氏(右から2番目)と筆者(右から4番目)。2010年3月21日撮影。
海上自衛隊横須賀基地を取材したティム・フィッシュ氏(右から2番目)と筆者(右から4番目)。2010年3月21日撮影。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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