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あなたは知っていますか「移住女性の困難と可能性」(4)カナダの労働力不足と移民、「統合」の意味と課題

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
移民の支援を行う「Centre R.I.R.E. 2000」の事務所で。筆者撮影

 「移民国家」カナダ。多様な背景を持つ人で構成され、現在進行形で移民や難民を受け入れている同国では、別の国・地域から移り住んできた“移住女性”をエンパワーメントするための職業訓練プログラムが実施されている。

 中でも、カナダ東部ケベック州ケベックシティに拠点を置く団体「Centre R.I.R.E. 2000」は移住女性を対象に、フランス語と縫製分野のスキルを学ぶ職業訓練プログラムを提供している。

 筆者はこれまでに、「あなたは知っていますか『移住女性の困難と可能性』」のシリーズとして、「(1)移民国家カナダとニューカマーの孤立」「(2)移民のエンパワーメント促す職業訓練プログラム」「(3)移民向け職業訓練、課題は女性を『家』から出す事」で、カナダ社会における移住女性の抱える課題や「Centre R.I.R.E. 2000」の活動内容について伝えた。

 では、「Centre R.I.R.E. 2000」のプログラムを終えた移住女性たちはその後、どのようにホスト社会の中で仕事を見つけていくのか。

◆就職につなげていく移住女性向け職業訓練

移住女性が縫製分野の職業訓練を受けるアトリエ。筆者撮影
移住女性が縫製分野の職業訓練を受けるアトリエ。筆者撮影

 「Centre R.I.R.E. 2000」が展開する縫製分野の職業訓練プログラムは、移住女性を対象とし、全体で44週間(約11カ月間)にわたるものだ。ターゲットとなるのは、特別な学歴や職歴を持たない移住女性だ。こうした女性たちは家庭における家事や育児といった「女の仕事」に追われていることや、職歴や学歴が十分ではないことなどから、仕事を見つけることが難しく、ホスト社会の中で孤立しやすい。

 そんな中、このプログラムでは、移住女性に対し、縫製分野の技術とともに、顧客対応、マーケティング、デザイン、仕事の探し方、コミュニケーション、ITスキル、起業・経営の方法、フランス語、ケベックの文化など幅広いことを学ぶ機会を提供している。

 そして、プログラム期間中、最低2度、インターンシップをすることが求められる。

「Centre R.I.R.E. 2000」のスタッフ、アビル・ベン・オスマンさん、自身もチュニジアからの移民だ。筆者撮影
「Centre R.I.R.E. 2000」のスタッフ、アビル・ベン・オスマンさん、自身もチュニジアからの移民だ。筆者撮影

 「Centre R.I.R.E. 2000」のスタッフ、アビル・ベン・オスマンさんによると、プログラムの受講者はこのインターンシップを足掛かりに、実際に縫製部門の企業の現場での経験を得て、就労へとつなげている。

◆労働者不足に直面するカナダと移住者

 ケベック州内では、かねてより労働者が不足しており、求人は多く、仕事は見つかりやすいという。

 アビルさんはこう説明する。

 「かつては移民を受け入れていなかった企業もあったと思いますが、今では人手が足りないので、求人は多く、企業は移民を受け入れています。プログラム修了後、移住女性は縫製分野で仕事が見つかります。そうした縫製の会社は移住者だけを受け入れているわけではなく、ケベックの人たちを雇用していますので、移住女性もケベックの人たちと一緒に働くことになります」

 縫製以外にも就職先がある。

 アビルさんは「受講者の中には、自分で希望して、縫製以外の分野で働くことになる場合もあります。これまでに介護や調理などの仕事に就いている人がいます」と話す。

 

「Centre R.I.R.E. 2000」の事務所。筆者撮影
「Centre R.I.R.E. 2000」の事務所。筆者撮影

 カナダ政府の統計によると、カナダの人口は2018年4月1日時点で、約3706万7011人となり、2年2カ月前の3600万人から100万人程度増加した。これはカナダが移民や難民、留学生、短期滞在の外国人労働者を受け入れているからだ。このうちケベック州の人口は845万5402人となっている。

 他方、多くの産業は労働者の不足に直面している。民間企業団体のカナダ独立企業連盟(la Federation canadienne de l'entreprise independante、FCEI)の2018年3月13日付声明によると、カナダの常用労働者数に対する未充足求人数の割合「欠員率」は2017年第4四半期(10~12月)に、ブリティッシュコロンビア州が3.9%となり、州別で最も高かったほか、ケベック州は3.4%で州別で2位の水準だった。これにオンタリオ州が3.2%、ニューブランズウィック州が2.7%、アルバータ州が2.4%、マニトバ州とサスカチュワン州が各2.3%でそれぞれ続いている。

 FCEIは「ケベック州で、9万4000人超の従業員の欠員があるように、カナダ全土の中小企業が労働力不足に直面していることは明確だ」と指摘する。また「労働力不足の問題は拡大しており、今回の欠員率はリセッション前の2008年初頭に記録された高水準を超えている。従業員10人未満の中小企業の大半においては、(従業員)それぞれの貢献は企業の成功と成長に欠かせないものだ。長期間にわたり欠員がある場合、その帰結は明らかに重大なものだ」とし、人手不足への危機感を示している。

◆「統合」を絶対視することで生まれる排除

 移民にとってカナダという国は、ニューカマーに永住権や市民権への門戸を開いてくれる可能性があると思わせる国であるだろう。だが、その半面、カナダという国とその国の企業にとっては、移民とは貴重な労働力を提供してくれる存在なのだ。カナダでは政府レベルや市民社会のレベルで、移民の「社会統合」を図るための語学講座など支援プログラムを持っているが、これは何も人道的な意味合いのみで行われている施策とは言えないだろう。カナダは難民の受け入れを行うなど、人道支援や人権に重きを置く姿勢を示しつつも、別の面では、より現実的な立場から、労働力の確保と定着を図るために、ニューカマーを受け入れ、社会や労働市場に組み入れていくための施策を講じていると言える。

 筆者は「Centre R.I.R.E. 2000」の取材で、「移民の労働市場への統合」という言葉を何度も聞いた。移民というのは、なにも労働のみに生きる存在ではないし、なにかの事情で就労しない、あるいはできないこともある。人間が生きていくには経済的な資本は必須であり、収入を得るために働くことは必要だ。けれど、労働力を提供することへの行き過ぎた価値づけはなんらかの事情で働けなかったり、働いたとしても十分な賃金を得られなっかたりする人たちを周縁化することにつながる懸念もある。

 現実の社会において、私たちは経済活動にかかわり収入を得なければ確かに生きていくことは難しい。けれど、労働市場に「統合」することが「よきこと」であり、そうではない状態を「問題がある」と、何の疑いもなくみてしまう視線には注意が必要だ。

◆処遇に「課題」も、時給13カナダドルからスタート

移住女性が「Centre R.I.R.E. 2000」の職業訓練プログラムで作成した縫製品。筆者撮影
移住女性が「Centre R.I.R.E. 2000」の職業訓練プログラムで作成した縫製品。筆者撮影

 処遇についても、課題がありそうだ。

 アビルさんによると、プログラムを終えて、縫製分野の企業で移住女性が就労する際、その賃金は時給換算で最低でも13カナダドル程度(約1,083円)からスタートするという。経験やスキルがある場合はもう少し高い水準となるというが、それでも14カナダドル(約1,166円)から15カナダドル(約1,250円)程だとされる。

 カナダ政府の統計によると、同国の被雇用者の平均賃金(農業・漁業・狩猟・世帯内サービス・宗教団体・軍を除く)は時給換算で、2017年時点で24.27カナダドル(約2,022円)となっている。

 移住女性が縫製業で仕事を始める場合、時給はこの半分程度の水準からスタートすることになる。

 求人があることに加え、仕事のキャリアを積むことができることから、職歴や学歴を十分には持たない移民や難民の女性たちにとってはカナダ社会で職業キャリアを積むための第一歩になるということだろう。だが、その一方で、賃金の相対的な低さに関しては、改善を求める余地が大きい。

 また職場での搾取やハラスメントに遭遇した場合、ホスト社会で就労経験があまりない移住女性が窮地に陥ることもある。

 そんなときに重要になってくるのが、移住女性と企業との間に立つ「Centre R.I.R.E. 2000」のような存在だ。

 アビルさんは「私たちは雇用主と移住女性との間に立つ存在なのです。就労において問題がないかどうか確認し、何かあれば、雇用主に意見することもあります。問題がある受け入れ先企業の場合、その会社とのかかわりを辞めることさえあります」と語る。

 スキルや学歴などのない移住女性にとって、縫製業はたしかに参入がしやすい就労部門だろう。けれど、その仕事が生きていけるだけの処遇を提供するものなのかが問われるし、改善が必要な賃金水準であれば、処遇の向上を求めていくことが必須だろう。(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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