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在日ベトナム人調査(3)技能実習生の「悲鳴」を聞いて、収入減に感染の不安・それでも働き続けるしかない

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
海外に移住労働に出る人の多いベトナムの農村(筆者撮影)

  新型コロナウイルスにより、日本に暮らすベトナム人の技能実習生や留学生の間で、生活状況が苦しくなる人が出ている。

 筆者は、拙稿「在日ベトナム人調査(1)技能実習生・留学生らの約7割「コロナ受け仕事面の問題ある」、仕事減り収入縮小」「在日ベトナム人調査(2)コロナで生活面も課題山積、帰国困難・買い物に行けない・日本語学習機会失う」で、技能実習生や留学生を中心とするベトナム人の中で、新型コロナウイルスの流行を受け、仕事面、生活面で問題を抱えている人が出ていることを説明した。

 今回は、ベトナム人技能実習生がアンケートに書いてくれた「悲鳴」とも言える不安の声を伝えたい。

◇「仕事が少なく、収入がとても低いです」

 筆者は2020年5月26日から6月4日にかけ、技能実習生と留学生を中心とする在日ベトナム人を対象に、インターネットを使ったアンケート調査(注)を実施した。その結果、在日ベトナム人77人(うち女性42人、男性35人)から回答を得た。

 

 アンケートでは、対象者に新型コロナウイルスに関連し、自身が抱えている問題や思いを自由記述方式で書いてもらった。

 ベトナム人技能実習生による記述の中で目立ったのが、「仕事が減った」という言葉だ。それも特定の職種ではなく、様々な職種の技能実習生が「仕事が減った」と訴えている。

 関東地方の建設会社で働く男性技能実習生は「仕事が少なく、収入がとても低いです」と書く。同じく関東地方の別の男性技能実習生も「就労時間が減りました」と説明する。

 さらに、中部地方のプラスチック成形の会社で働く女性技能実習生は「仕事が減りましたし、食品を買いに出かけられません」とする。関東地方で働く農業の女性技能実習生は、「安全について心配していますし、仕事が以前より減っていることも心配です」と訴える。

◇「会社が倒産する」

 ほかにも深刻な状態にある技能実習生がいる。

 「失業しました」と書いたのは、関東地方の食品製造の男性技能実習生。九州で働く縫製の女性技能実習生も「仕事がありません」という。

 九州で縫製業に就いている別の女性技能実習生は、「仕事を休まざるを得ません。けれど、いつ仕事が再開するのか、まだわかりません」と、苦しい事情を説明する。

 受け入れ企業の経営破たんというリスクにさらされている技能実習生もいる。

 近畿地方の食品製造の男性技能実習生は「新型コロナウイルスの流行が継続すれば、私の受け入れ企業は倒産します」とつづった。

 そして、新型コロナウイルスの流行以前から苦しい状態にあり、新型コロナウイルスの流行を受け、状況が一層困難になった技能実習生もいる。

 近畿地方の溶接の男性技能実習生は、「以前の受け入れ企業に問題があったため、新型コロナウイルス流行以前から仕事がなく、監理団体が新たな受け入れ企業を探しているところでした。でも、新型コロナウイルスの流行により、新しい受け入れ企業が見つかりません」とする。

◇感染への不安

 技能実習生の中には新型コロナウイルスの感染への不安を抱える人もいる。

 関東地方に暮らす建設の男性技能実習生は「(新型コロナウイルスへの)感染を心配しています」と率直に書いた。

 縫製の技能実習生の女性は「新型コロナウイルスの感染が収束するまで社会全体のことが心配です。私自身がもし感染すれば、仕事に行けなくなります」と、不安な心境を示す。

 オフィスで働く労働者を中心に在宅ワークが広がる反面、技能実習生には在宅ワークはそもそも難しい。縫製、建設、プラスチック成形、食品製造、水産加工、農業、畜産、酪農、機械・金属など、技能実習生の職種は「現場」に出なければ働けないものばかりだ。

 そんな中、感染への不安が出てくる。感染でもしたら、仕事を休まなければいけない。一方、ベトナム人技能実習生は来日のために借金をしている上、家族への仕送りの責任を持つことが一般的だ。感染の不安を抱えつつも、働き続けるほかない。

◇帰国が困難に、先が見えない不安

 新型コロナウイルスの流行を受け、各国が渡航・入国制限を講じ、航空会社が運航を停止してきた。そして帰国できない技能実習生が出ている。

 九州地方の食品製造の会社で就労する男性技能実習生は、「新型コロナウイルスの流行のために、帰国できません。仕事に行けないのに、家賃や生活費を支払わなければいけないので、お金がありません」と、切実な心境をつづる。

 関東地方で働く食品製造の男性技能実習生も「帰国できません」と書いた。

 また中部地方の機械・金属の女性技能実習生は「私たちは教会に行くことができませんし、出かけることができません」と書く。ベトナム人の中には仏教徒やキリスト教徒の人もいる。しかし感染の不安や移動の自粛の中で、教会に行けなくなっている人が存在する。

 「日本語がわからないため、関連情報にアクセスできません」と書いたのは、関東地方の20代の女性技能実習生だ。

 

 ほかに、関東地方の別の女性技能実習生は「電車に乗って仕事にいけません。とても心配しています」と不安を吐露する。

◇以前からある課題、新型コロナでさらに困難に

 1990年代にスタートした外国人技能制度。日本政府は外国人技能実習制度の目的を「発展途上国への技能移転」「国際貢献」と位置付ける。だが、外国人技能実習制度は日本の産業部門にアジア出身の労働者を配置する仕組みとして機能し、拡大を続けてきた。「実習生」という言葉が使われつつも、実質的に労働者として受け入れが進んできたのだ。技能実習生は現在、製造、水産加工、農業、酪農、畜産、プラスチック成形、建設、介護など様々な部門で働いている。もはや技能実習生なしに成り立たない企業もあるだろ。

 このように日本の経済にとって欠かせない存在である技能実習生だが、その諸権利は制限されている。「実習」であるという理由から、技能実習生は原則として転職できない。受け入れ企業が倒産した場合や、受け入れ企業に違反行為などがある場合は、同じ受け入れ職種の企業に転籍することはできる。ただし新たな受け入れ企業を探すのに時間がかかることも多い。また転籍をするためには監理団体、受け入れ企業の協力が必要で、それを得られなければ、転籍は難しい。さらに、技能実習生は家族を帯同することが許されない。就労期間も決まりがある。

 

 そんな中、技能実習生をめぐっては、残業代など賃金の未払い、長時間労働、パワハラ、セクハラ、暴力、帰国の強制などの問題が繰り返されてきた。

  

 また筆者が聞き取りした技能実習生の多くは、各都道府県の最低賃金水準の給与で働いていることが多かった。賞与をもらったことのあるという技能実習生に筆者はほとんど会ったことがない。賃金から税金、社会保険料、家賃、水光熱費などが引かれると、手元に残るのは10万円程度になることもある。そこから月に2~3万円を食費・生活費として出し、残りは後述する渡航費用の借金返済にあてる。借金返済が終われば、家族に仕送りをしなければならない。

 さらに技能実習生には渡航前費用の借金の問題もある。ベトナムでは政府が「労働力輸出」政策を掲げ、労働者の海外就労を促している。その中で、技能実習生が来日前にベトナム側の仲介会社(送り出し機関)に高額の手数料を支払う仕組みができている。このお金を銀行や親族から借金して賄うことが一般的だ。借金漬けの状態で日本で働く。

 一方、技能実習生が転職できれば、新型コロナウイルスにより仕事がなく寮で待機することになったり、受け入れ企業が倒産したりしても、別の会社に移ることで問題を解決できるかもしれない。受け入れ企業も雇用条件の改善をしなければ、技能実習生を引き留められなくなる。

  そもそもが最低賃金水準の収入では生活に余裕がない。だから、新型コロナウイルス流行による景気低迷を受けた仕事と収入の減少で、技能実習生の経済状況が一気に悪化するのだ。生活に余裕が出るだけの賃金が保障されていれば、ここまで短期間で困窮することはないだろう。

 以前から脆弱性の高い労働者である技能実習生に、新型コロナウイルスに関連する問題がさらにのしかかっている。問題がより複雑化、深刻化している。

  北海道で働く男性技能実習生はこう書いた。 

 

 「新型コロナウイルスが流行していますが、生活、将来、家族のことがあるので、今もがんばって働いています」

 外国人技能実習制度を運用する日本政府。技能実習生を受け入れてきた日本の産業界。国策で労働者を海外に送り出すベトナム。そして技能実習生が生産する製品により恩恵を受けてきた私たちの社会。技能実習生の言葉を受け止め、私たちはどうすればいいのだろうか。(「在日ベトナム人調査(4)」に続く。)

 注:アンケート対象者の在留資格・職種別、男女別の内訳は、技能実習生43人(女性23人、男性20人)、留学生19人(女性13人、男性6人)、エンジニア5人(すべて男性)、経済連携協定(EPA)の介護福祉士候補者2人(すべて女性)、その他の在留資格3人(女性2人、男性1人)、在留資格なし5人(女性2人、男性3人)。

 アンケートでは性別、出身地、学歴、来日前の世帯収入や職業、仲介会社の利用状況、渡航費用のための債務の有無、来日時期などの基本的な情報に加え、新型コロナウイルスの流行とそれに伴う移動・行動の自粛による仕事面と生活面への影響などについて聞いた。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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