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あなたは知っていますか「移住女性の困難と可能性」(2)移民のエンパワーメント促す職業訓練プログラム

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ケベックシティで移住女性の支援を行う非営利組織で働くアビルさん、筆者撮影

 移民や難民、先住民など、多様な人々により構成される「移民国家」のカナダにおいて、新しくこの地に移り住んできた女性の中に言葉や文化の違いに加え、家事や育児といった「女の仕事」に追われ、家の外に出ることが難しく、社会とのつながりや仕事の経験を十分に持つことができない人がいる。そんな中、カナダ東部ケベック州ケベックシティに拠点を置く団体「Centre R.I.R.E. 2000」は当地で話されているフランス語に加え、縫製分野の職業訓練を行うプログラムを移住女性に提供している。

◆大切なのは「スキル」だけでなく「自立」できること

移住女性が縫製分野の職業訓練を受けるアトリエ、筆者撮影
移住女性が縫製分野の職業訓練を受けるアトリエ、筆者撮影

 「私たちのプログラムは、移住女性たちが語学力や職業スキルを身につけるとともに、自立することを目的にしています」

 

 こう力強く語るのは、「Centre R.I.R.E. 2000」のスタッフ、アビル・ベン・オスマンさんだ。「Centre R.I.R.E. 2000」は、ケベック州における若年層や成人の社会経済的統合を後押しすることを目的に1996年に設立された非営利組織で、職業訓練や語学プログラムなどを展開。中でも、移民に対し、事務、エンジニア、介護、縫製などの分野で働くための職業スキル・知識に加え、仕事の探し方、コミュニケーション、語学といった幅広いスキルを学ぶための職業訓練プログラムを提供する。活動資金はケベック州政府などから得た資金だ。同団体はさらに、移住女性を対象に、縫製分野の職業訓練とフランス語の授業を合わせた職業訓練プログラムを提供している。

プログラム受講者がフランス語の授業を受ける教室、筆者撮影
プログラム受講者がフランス語の授業を受ける教室、筆者撮影

 移住女性を対象にした縫製分野の職業訓練プログラムは全体で44週間(約11カ月間)に及び、縫製分野の技術とともに、顧客対応、マーケティング、デザイン、仕事の探し方、コミュニケーション、ITスキル、起業・経営の方法、フランス語、ケベックの文化など幅広いことを学んだり、経験したりできるようになっている。

 これは、受講者が縫製業のスキルを身に付けるのにとどまらず、デザイン、マーケティング、仕事探し、顧客とのコミュニケーションなどを行えるようになることが最終的な目標だからだ。単純に縫製技術を身に付けるだけではなく、自ら仕事を開拓したり、自立的に働いたりできるよう後押しする。

 同時に受講者同士でのコミュニケーションを促すことで、ホスト社会で知り合いの輪を作ることも目指されている。

◆最低でも2度のインターンシップ

プログラム受講者がITスキルを得るためパソコンに触れるスペースも確保されている、筆者撮影
プログラム受講者がITスキルを得るためパソコンに触れるスペースも確保されている、筆者撮影

 44週間のプログラムのうち、実際の職場でインターンシップをすることも求められる。この際、受講者の希望を聞き、縫製以外の分野でのインターンも可能としている。仕事には相性があるため、受講者によっては、縫製の技術を学んだとしても後で希望する職種が変更することもある。そのため、縫製業だけではなく、別の分野でも働けるよう、インターンシップ先の職種を縫製分野に限らないのだ。縫製分野で働かなかったとしても、語学、IT(情報通信)やコミュニケーションのスキル、マーケティングの知識などは別の仕事にも生かせるだろう。

 また、インターシップは最低でも2回、異なる職場で行うことが必須となっている。違う職場を経験することにより、各企業での働き方の共通点や違いを経験し、自分の適性を自ら把握できるようにするためだ。

◆「仕事を探しにくい人」がターゲット

プログラム受講者が作成した縫製品、筆者撮影
プログラム受講者が作成した縫製品、筆者撮影

 参加するには、(1)18歳以上(2)ケベック州移民局(MIDI)の補助を受けたフランス語コースを修了し、一定のフランス語能力を持つ(3)カナダの市民権や永住権を所持する(4)フランス語力を伸ばす必要がある(5)現在は仕事をしていないが、仕事をすることを希望する(6)特別な学歴を持たない(7)プログラムの期間中、1週間に5日(30時間)時間をとれる――ことが要件となる。

 難民認定を申請中の人は受講資格がないものの、難民認定を受けた人であれば受講できるという。

 参加要件を見ると、特別な学歴を持たないとともに、仕事の経験も少ないなど、仕事を探しにくい女性がターゲットになっていることが分かる。

 またプログラムの受講期間中、週に30時間の時間を取ることが求められるが、これはそれだけ時間をかけてフランス語と職業スキルを身に付けることが目指されるからだ。

 プログラムは2018年が3年目という。これまで、1年目は18人、2年目は18人、3年は14人の受講者がそれぞれ参加してきた。受講者の出身地は、ミャンマー、ネパール、コンゴ、シリア、アフガニスタン、パキスタン、コロンビア、イラクなど多様だ。

◆受講料は無料、交通費と保育料を支給

自身もチュニジアからの移民のアビルさん、筆者撮影
自身もチュニジアからの移民のアビルさん、筆者撮影

 プログラムの受講費用は全て無料だ。

 さらに、プログラム受講者にはケベック州政府からプログラム受講期間中に、交通費と保育料が支給される。子育て中の女性は子どもの存在ゆえに外に出ることが難しいケースがあるほか、車社会のケベック州では移動にも時間や費用がかかることが少なくないからだ。

 アビルさんは「女性たちが家の外に出られるよう、交通費や保育料が支給されているのです」と説明する。

 同時に、受講者が経済的な課題がある場合、受講者の世帯の経済状況を精査した上で、一定額の手当ても支給されることになる。

「あなたは知っていますか『移住女性の困難と可能性』(3)」に続く。)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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