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K-POPオーディション番組は音楽のメジャーリーグを目指す──『Girls Planet 999』

松谷創一郎ジャーナリスト
PR動画「Welcome to Girls Planet」より

 TWICE、I.O.I、fromis_9、Wanna One、IZ*ONE、JO1、NiziU、ENHYPEN、そしてINI──近年、多くの人気グループがK-POPのオーディション番組から誕生している。

 今日8月6日から始まる『Girls Planet 999』もそのひとつだ(ABEMA/毎週金曜20時20分/全12話予定)。ただ、この番組はこれまでのオーディション番組とは少し異なる。グローバル志向がかなり強いからだ。日本・韓国・中国から33人ずつ計99人を集め、そこからデビューするガールズグループのメンバーが選ばれる。

 東アジア3カ国から均等に参加者を募って行われるオーディション番組は、はじめてのことだ。過去には、AKB48グループのメンバーが39名参加し、最終的にIZ*ONEを生んだ『PRODUCE 48』(2018年)が存在したが、今回は中国勢も多く参加している。

 そこで目指されているのは、間違いなく東アジアを股にかけて活躍するグローバルグループだ。この企画が目指すのは、インターネットによってグローバル化した音楽シーンにおいて、K-POPを野球におけるアメリカ・メジャーリーグのような存在に仕上げていくことだ。

日本はオーディション番組の先進国だった

 『Girls Planet 999』を制作するのは、韓国版MTVとも言える音楽專門チャンネル・Mnetだ。映画『パラサイト』やドラマ『愛の不時着』なども手掛ける韓国最大手の製作会社・CJ ENMが運営するMnetは、00年代からサバイバルオーディション番組を手掛け。10年代中期以降により活発化させてきた。

 そのきっかけは、2015年にJYPエンターテインメントと組んだ番組『SIXTEEN』だ。そこから生まれたTWICEが大ヒットし、翌年から独自の企画として『PRODUCE 101』シリーズをスタートさせる。この番組は、韓国だけでなく中国と日本でも展開してWanna OneやJO1など次々と人気グループを生み出してきた。

 オーディション番組自体は古くから世界中で見られる。昨年日本でもNiziUを生んだ「Nizi Project」が大ヒットしたが、もともとはその先進国だった。その代表は、やはり70~80年代にかけて13年続いた『スター誕生!』(日本テレビ)だ。森昌子や山口百恵、桜田淳子、ピンク・レディー、中森明菜、小泉今日子など、この番組は多くのスターを生んだ。

 その後も日本ではオーディション番組からスターが多く生まれた。フジテレビの『夕やけニャンニャン』(1985~87年)からはおニャン子クラブが誕生し、80年代後半のバンドブーム期にはTBSの『三宅裕司のいかすバンド天国』(1989~90年)が大人気となり、音楽産業の最盛期の90年代後半にはテレビ東京の『ASAYAN』(1995~2002年)からモーニング娘。や鈴木あみ、CHEMISTRYが生まれて大ブレイクした。

 オーディション番組は、間違いなく70~90年代の日本の音楽シーンの一角を占めていた。だが、00年代に入ると、日本では音楽産業の衰退とともにオーディション番組の熱も冷めていく。『ASAYAN』も終了し、急激にそのブームは去っていった。

 その一方、海外では逆にこの00年代から目立ち始める。2001年のイギリス『ポップアイドル』を端緒に、そのアメリカ版『アメリカン・アイドル』から生まれたケリー・クラークソンが大ヒットした。2004年から始まったイギリスの『Xファクター』からは、世界的ヒットとなったふたつのグループ、ワン・ダイレクションとリトル・ミックスを生んだ。

筆者作成。
筆者作成。

大ヒットした『PRODUCE 101』シリーズ

 韓国でオーディション番組が目立ち始めるのは00年代後半からだが、注目度が拡大したのは10年代中期以降のこと。その中心にあった『PRODUCE 101』シリーズは、日本と欧米のオーディション番組の長所をミックスさせて取り入れ、さらにインターネットと応援を上手く組み合わせて活用した。

 『PRODUCE 101』シリーズは、『スター誕生!』や『アメリカン・アイドル』などと同様に段階的にメンバーが足切りされるサバイバル方式だ。オーディション番組なのでそれは珍しくないが、特徴的なのは合宿を取り入れていることだ。メンバーたちは寝食をともにし、交流を深めていく。これによって視聴者も参加者により親近感を持つようになる。

 そのヒントとなったのは、おそらくお寺での合宿が注目された『ASAYAN』だ。1997年、「女性ロックボーカリスト」を発掘するこのオーディションは、ソロ歌手を誕生させることが目的だった。そこで勝ち抜いてデビューしたのが平家みちよであり、モー娘は落選者を集めた次点のグループだった。だが、その後のモー娘の大ブレイクは、合宿とグループアイドルの親和性の良さを示すこととなる。

 「韓国版ASAYAN」と呼ばれることもある『PRODUCE 101』シリーズも同様だ。視聴者は、合宿で見られる参加者のパーソナリティや関係性を観てお気に入りのメンバーを見つけて応援し、それが徐々に高まってデビュー時に爆発する。音楽だけでなくメンバーのキャラクター性も重要な構成要素であるグループアイドルだからこそ、合宿が強い機能を果たす(イギリスの『Xファクター』にもブートキャンプがある)。

2013年2月16日、イギリス・ブライトンでコンサートを行うリトル・ミックス
2013年2月16日、イギリス・ブライトンでコンサートを行うリトル・ミックス写真:Splash/アフロ

視聴者の熱狂を投票によって可視化

 そもそもオーディション番組の審査には大きく分けて二種類ある。

 ひとつが、『スター誕生!』のように固定的な審査員で決められるものだ。参加者だけでなく審査員や主宰者がより注目される特徴がある。最近では、ともにその人格面が支持されている「Nizi Project」のJ.Y. Parkや、「THE FIRST」のSKY-HI(日高光啓)がそうだ。主宰者のパーソナリティや選考基準がそのままデビューグループのブランドを保証することになる。

2015年4月29日、後にTWICEを生む『SIXTEEN』の記者会見に出席したJ.Y. Park。
2015年4月29日、後にTWICEを生む『SIXTEEN』の記者会見に出席したJ.Y. Park。写真:Lee Jae-Won/アフロ

 もうひとつが、視聴者投票だけで決められるタイプだ。『PRODUCE 101』シリーズは視聴者を「国民プロデューサー」と呼び、投票行動がプロデュースだと強く意識づけた。つまり視聴者の熱狂(応援)を投票によって数値化・可視化し、“プロデュース”参加の実感をより強く持たせた。

 この両者の要素を組み合わせたオーディション番組もあるが、現在の中心はやはり後者だ。しかも、『PRODUCE 101』シリーズは10年代以降のITを積極活用したことも特徴だ。00年代前半に欧米で大人気となった『アメリカン・アイドル』や『Xファクター』では、視聴者からの電話による最終投票で優勝者が決められていた。当時の技術ではまだインターネット投票はできなかった。

 だがスマートフォンとSNSが広く普及した10年代は、視聴者の熱狂はよりダイナミックに拡大し、それがインターネット投票に繋がっていく。『PRODUCE 101』シリーズはITが大きく変化した10年代のビッグウェイヴに上手く乗った。

 投票をインターネットを通じて行うだけでなく、参加者個別の動画をYouTubeなどで多く配信し、応援熱を高めることに成功した。

 逆に日本のテレビ局やプロダクションは、ITを上手く活用できなかったからこそ、日本でオーディション番組は不活性化したのかもしれない(オーディション番組ではないが、AKB48グループの総選挙はその要素を取り入れて大ヒットとなった)。

「推し」=応援に基盤を持つアイドル文化

 投票型オーディション番組は、視聴者の熱狂をデビューという結果に反映することでヒットを生み出していく。それは、若年者を前提とするアイドルとの親和性も強い。日本でほぼ定着した言葉となった「推し」は、特定のアイドルをファンが積極的に応援することを意味する。

 オーディション番組は、成長過程にある参加者の競争(サバイバル)だからこそ応援熱もより高まる。そこで視聴者が見定めるのは、参加者のダンスやヴォーカルなどの能力だけでなく、将来性にもある。それは「伸びしろ」と表現できるだろうか。たとえ未完成でもデビュー後にスターとしての成長が見込める存在が支持を集める。

 逆にオーディション時に十分な能力を持っていても、「伸びしろ」が見込めなければ視聴者はあまり応援しない。たとえば、6月まで放送されデビューグループ・INIを生んだ『PRODUCE 101 JAPAN SEASON2』では、ダンサーとして十分なキャリアのある参加者や、舞台俳優としての実績がある最年長の参加者が中盤に脱落した。技術力が高く、良くも悪くも完成している彼らは、視聴者にとって“推し甲斐”がなかったのだろう。

 東アジア特有のアイドル文化は、程度はともあれこの「推し」=応援に基盤を持っている。それは『スター誕生!』を中心に花開いた70年代に日本のアイドル文化のときにすでに見られた。この番組の企画と審査員を務めた作詞家の阿久悠は、後年、出演した桜田淳子を振り返る際にその審査基準をこう振り返っている。

 うまいとか、心をうつとかの他に、光るという要素が重要であることがわかり、時に、それは、うまいという技術を凌ぐことがあるとさえ思った。

(略)

 幼稚も生硬も、ひたむきな懸命さ、あるいは、視野を狭くしてしまうほどの強力な思い込みがすべていい形に表現されて、光るという実に抽象的な条件を、具体的だと思わせてしまう自己主張を備えていた。

阿久悠『夢を食った男たち 「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代』第一章(1993→2007年/文春文庫Kindle版)

 阿久悠は、他の審査員に「つまらない上手より、面白い下手を選びましょう」(同前)とも語っており、同番組によって日本型アイドルの方向性を決定づけた。それは、テレビ視聴者の能動的な感覚(応援)を確実に読み取っていたからこそだ。

阿久悠『夢を食った男たち 「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代』(1993→2007年/文春文庫)/Amazonより。
阿久悠『夢を食った男たち 「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代』(1993→2007年/文春文庫)/Amazonより。

動画プラットフォームの起爆剤として

 今日始まる『Girls Planet 999』は、『スター誕生!』からちょうど50年後に行われるオーディション番組だ。メディアは地上波テレビではなく、インターネットの動画配信サービスだ。

 実質的に『PRODUCE 101』シリーズの後継番組だが、今回は新たに加えられた趣向もある。それはスマートフォン用アプリ・UNIVERSEから投票が行われることだ。UNIVERSEはK-POPアーティストとファンを繋ぐサービスで、動画を中心に多くの独自コンテンツを配信している。『Girls Planet 999』参加者の自己紹介動画も、YouTubeだけでなくこのアプリでもすでに発表されている。

 それはK-POPによる新たなプラットフォーム戦略の一環でもある。YouTubeやTikTokなど、動画配信の勢力図がほぼ固まった状況において、K-POPのファンダム(ファン集団)を中心に切り込もうとしている。

 K-POPファン向けのプラットフォームは、その重要性によって昨年から再編の過程に入っている。BTSを抱えるプロダクション・HYBE社も、ファン向けの動画配信サービス・V LIVEを買収し、自社のWeverseと来年統合する。加えて、先日は日本のSHOWROOM社と資本提携し、日本でライブ配信サービス・smash.をスタートさせたばかりだ。

 ファンとアーティストを繋ぐだけでなく、ライブ配信や物販など統合的なプラットフォームを作って東アジアにおける覇権を握ろうとしている。ジャニーズ事務所のように個別にやるのではなく、プラットフォームを広く開くことでシェアを高めようとしている。そして『Girls Planet 999』は、この新しいサービスの起爆剤となる可能性が高い。

 つまり、K-POPのオーディション番組は単なる文化現象なだけではなく、マーケティングの産物である文化産業でもある。逆に言えば、日本のエンタテインメント界は、マーケティングに積極的ではないことによって東アジアにおける力を年々失っている。

感情資本を使った情動経済学

 参加者のグローバル化、視聴者投票とITの融合、ファンの熱狂的な応援、そしてプラットフォーム戦略──『Girls Planet 999』は、これまでMnet(CJ ENM)が手掛けてきたオーディション番組の最新形だ。そのスキームはかなり洗練されている。

 メディア学者のヘンリー・ジェンキンズは、00年代中期に『アメリカン・アイドル』を分析するなかで、番組を視聴し熱狂的に参加者を応援する視聴者の感覚を「感情資本」と概念化し、こうしたオーディション番組の方法論を「情動経済学」として分析した(『コンヴァージェンス・カルチャー──ファンとメディアがつくる参加型文化』2005=2021年)。

 インターネットのインタラクティブな技術によって、視聴者の感情は大きな渦を描いて増幅し、そして大きな熱狂に結びつく──ジェンキンズの当時の分析は、現在のK-POPオーディション番組の要点を確実に押さえている。

 同時に、もうひとつジェンキンズが指摘したのは、視聴者の「感情資本」を使ううえでのリスクだ。視聴者の参加の度合いが強いために、制作側(送り手)が読み間違えると、それまでの熱狂は一転して憎悪に変わるリスクがある(同前・2章)。

ヘンリー・ジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー──ファンとメディアがつくる参加型文化』渡部宏樹・北村紗衣・阿部康人訳(2005=2021年/晶文社)。
ヘンリー・ジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー──ファンとメディアがつくる参加型文化』渡部宏樹・北村紗衣・阿部康人訳(2005=2021年/晶文社)。

 ジェンキンズは電話投票における混乱なども例にあげてその説明をしていたが、なんとも予言的な分析でもあった。なぜなら『PRODUCE 101』シリーズは、投票操作の不祥事によってそのブランドが完全に破綻したからだ。

 2019年、韓国で行われた全4シーズン(2016~19年)すべてでデビューメンバーの意図的な投票操作が判明した。投票は有料だったので、結果を操作したプロデューサーは詐欺罪で逮捕・起訴され、実刑判決を受けた。CJ ENM(Mnet)も、この一件で放送通信委員会(行政機関)から1億2000万ウォン(約1200万円)の課徴金を命じられた。

 今回の『Girls Planet 999』は、その仕切り直しのオーディション番組だ。視聴者は熱狂とともに、その投票結果に厳しい目を向けるはずだ。

 『PRODUCE 101』シリーズの不祥事によって刻まれた負の刻印を、Mnetはどれほど払拭し、新たなブランドを構築できるか──今回はそうした点にも注目が集まる。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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