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TOKIO新会社設立が意味すること──創業者亡き後、改革開放路線に舵を切ったジャニーズ事務所

松谷創一郎ジャーナリスト

 7月22日、TOKIO・長瀬智也さんが来年3月いっぱいでジャニーズ事務所から退所することが発表された。昨年から複数の週刊誌の報道もあり、思ったほどは大きな驚きを持って受け止められなかったように見える。

 だが、それとともに注目されたのはもうひとつの展開だ。残る3人は新会社「TOKIO」を設立し、リーダーの城島茂さんが社長に就任してジャニーズ事務所のグループ会社として存続することが発表された。

 これまでには見られなかったジャニーズ事務所のこの対応は、いったいなにを意味するのか。

転換を余儀なくされるビジネスモデル

 この5年ほど、ジャニーズ事務所では人気タレントの退所が相次いでいる。先月も、NEWSの手越祐也さんの退所が発表されたばかりだが、その一覧をまとめると表のようになる。

筆者作成
筆者作成

 来年の長瀬さんやジュニアのメンバーも含めると、5年で19人にものぼる。もちろんその端緒となったのは、現在は新しい地図で活動する元SMAPの3人(稲垣吾郎・草なぎ剛・香取慎吾)だ。

 この背景にあるのは、独占禁止法だ。独立した芸能人に旧所属プロダクションが圧力をかける業界の悪習が、独禁法の対象となった。公正取引委員会によるこの社会整備が、ここ最近目立つ芸能人の独立を後押ししているのは間違いない。

 こうしたなか、ジャニーズ事務所は最初にその独禁法の対象となった芸能プロダクションだ。昨年7月、公正取引委員会はジャニーズ事務所が民放テレビ局などに対し、元SMAP(現・新しい地図)の3人を「出演させないよう圧力をかけていた疑いがある」として「注意」した。結果、この1年間で芸能人の独立が相次ぎ、新しい地図もそれまで見られなかった吉本興業のタレントとの共演が実現した(「“芸能界の掟”を打ち破る中居正広と新しい地図」(2020年2月25日))。

 芸能プロダクションにとっては、この社会変化によって従来の方法論の見直しを余儀なくされている。ジャニーズ事務所をはじめ、芸能プロダクションは育成した人気タレントのバーター(抱き合わせビジネス)で若手を売り出し、勢力を拡大してきたからだ。人気タレントが次々と独立すれば、業界における勢力は弱まり、根本的にビジネスモデルの転換を迫られる。

Win-Win-Winののれん分け

 長らく5人組のバンドとして活動をしてきたTOKIOは、ミュージシャンとしての今後はかなり厳しい状況にある。脱退する長瀬さんはヴォーカルであり、2年前には不祥事でベースの山口達也氏が脱退した。バンド活動の再開見通しが立たないのは、誰の目にも明らかだ。

 その一方で、彼らは人気テレビタレントであり俳優だ。そのなかでも日本テレビで長年放送されている『ザ!鉄腕!DASH!!』(日曜19時)は、高視聴率を維持し、内容的にも評価が高い。本気で農業や漁業に打ち込み実績をあげてきた彼らは、いまもむかしもジャニーズどころか芸能人として非常に稀有なポジションにある。

 従来のジャニーズタレントであれば、グループを解散してそれぞれソロ活動する道が考えられた。だが、ジャニーズ事務所が新会社を設立してまでTOKIOを存続させて引き止めたのは、この『ザ!鉄腕!DASH!!』での実績が大きいと考えられる。

 それは、ジャニーズ事務所にとっては前例のないことでもある。のれん分けは、芸能プロダクションにかぎらずさまざまな業種で見られる手法だ。資本関係はさておき、全体のマーケットを拡大させながらネットワークを維持し、結果的に自社勢力を拡大させることにつながるからだ。

 歴史的に芸能界では、渡辺プロダクションがそのようにして勢力を拡大していった。同社はマネージャーの独立も許し、そこからザ・ドリフターズが所属するイザワオフィスや、福山雅治などが所属するアミューズが生まれ、芸能界全体の活性化につながった。

 今回の新会社TOKIOは、ジャニーズ事務所の100%子会社だが、会社のハンドリングはもちろん社長の城島茂氏がすることになる。メンバー3人は、これまで以上に自主的に仕事に関与できる。責任も増えるが自由度も増えるということだ。

 そしてなにより、ファンや視聴者にとってもTOKIOが解散しなかったことは朗報だろう。長瀬さんはいなくなるが、『ザ!鉄腕!DASH!!』は続く。東京湾の整備やDASH島の開拓は続き、今後もときどき登場するイノッチ(井ノ原快彦)の満面の笑顔や、二宮和也が昆虫にビビりまくる表情も見ることができる。

 TOKIOメンバーを引き止めたいジャニーズ事務所、より自由に活動したいTOKIOメンバー、そしてTOKIOの活動を毎週『ザ!鉄腕!DASH!!』で楽しみにしているファンや視聴者。

 この子会社化は、この3者にとってのWin-Win-Winの結果を探ったうえでの着地点だと捉えることができる。

ビジネスモデルの方針転換

 ただ、このジャニーズの新しい姿勢を見たときに、ひとつ思い出すことがある。SMAPのことだ。おそらく今回ののれん分けは、SMAP解散とメンバーの退所に端を発している。

 なぜなら、この方法論はあのときのSMAPでも十分に考えられうることだったからだ。事実、筆者はSMAP解散が発表した当時にのれん分けについて言及していた(「避けられたはずのSMAP解散」2016年8月14日)。このTOKIOの存続は、SMAP解散の代償のうえに成り立っているものだ。

 そして、このTOKIOに対する扱いは、ジャニーズ事務所の方針転換の現れであるとも捉えることができる。昨年から、従来のビジネスモデルを徐々に転換しつつあるからだ。

 そのもっとも大きな影響として挙げられるのは、やはり昨年7月の創業者であるジャニー喜多川社長の死去だ。新社長にはジャニー氏の姪である藤島ジュリー景子氏が就任し、会社は世襲で存続してきた。

 しかし、一代で会社を大きくし、人望も厚かったジャニー氏の影響力は失われてしまった。ジャニー氏への恩義がなくなったタレントにとっては、無理にジャニーズに所属し続ける必要も弱まった。

 旧来型のタテ社会の組織においてトップが退場した場合、分裂や離反が目立つことは、50年以上前に社会人類学者の中根千枝が指摘したことだ(『タテ社会の人間関係』1967年)。新会社TOKIOの設立は、創業者への恩義とカリスマ性でメンバーを繋ぎ止められなくなったジャニーズ事務所のより民主的な方策だ。よって、論理的にこの方法論は大正解といえる。

スピード感のある改革はできるか?

 今回のTOKIOケースだけを見れば、ジャニーズ事務所は徐々に変わりつつあるように見える。事実、昨年からは嵐の楽曲をデジタル配信するなど、社会状況の変化に対応しようとしている。いわば、改革開放路線に舵を切ったと見える。

 しかし、重要なのはそのスピード感だ。ポップカルチャーや流行の要点は、変化にこそある。伝統芸能と違い、参照項となる絶対的価値は存在しない。常に人気は移り変わり、変化のスピード感こそが作品のダイナミズムを生み、産業的にも活性化をもたらす。

 この点でいえば、日本のポップカルチャーで芸能プロダクションが関与する分野は停滞傾向が続いている。なかでもそれが著しいのが音楽とテレビドラマだ。ジャニーズ事務所はそれらにとって最重要のプレイヤーだが、残念ながらその改革スピードはとてもゆっくりとしたものだ。

 ジャニー喜多川氏の死去から1年、今後注目すべきは、ジャニーズ事務所がどのようなスピード感で改革開放路線を進めていくかということになる。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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