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夏の甲子園“投手ぶっ壊しコロシアム”の解体方法──スポーツとしては時代遅れ、教育としてもデタラメ

松谷創一郎ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

対照的な大阪桐蔭と金足農業

 おそらく、いや、間違いなく今日の試合は盛り上がるはずだ。もちろん、夏の甲子園決勝のことだ。100回目を記念する今回の全国高等学校野球選手権大会には、史上最多の56代表校が出場した。そこから決勝に勝ち上がった2校は、なんとも好対照だ。

 強豪・大阪桐蔭(北大阪)は、根尾昂や藤原恭大、柿木蓮などドラフト候補を中心に2度目の春夏連覇を狙う。ここまで3人の投手で分担しながら、安定した試合運びで勝ち抜いてきた。皮肉抜きで“プロ部活”との呼び名が相応しい完成されたチームだ。

 対する県立金足農業(秋田)は、夏の大会では11年ぶりとなる公立の決勝進出だ。また秋田県勢としても、第1回大会以来103年ぶりの決勝進出である。プロ球団のない地元では、視聴率が60%を超す大盛り上がりのようだ。しかも、県大会から10試合すべて吉田輝星選手が投げぬいてきた。ここまで投球回は88イニング、球数は1000球を優に超える。そこには泥臭い“昭和の野球”の姿がある。

筆者作成
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 “プロ部活 vs 昭和の野球”──。

 良し悪しはともかく、このアングルが成立してしまうギャップがそこにはある。今大会は私立の出場校の割合が、85.7%と過去最高になった(グラフ参照)。部活に力を入れてきた私立校の最たる存在が大阪桐蔭だ。一方、公立高校は56校中8校だけ。そのうちのひとつが金足農業だ。

 高校野球ファンは、そんな両者の闘いに“熱いドラマ”を見出して感動するのだろう(おそらく判官贔屓的に)。

 しかし、そんなことでいいのだろうか。以下、試合前にあえて水をさす。

“投手ぶっ壊しコロシアム”

 夏の甲子園は“投手ぶっ壊しコロシアム”だ。

 高温注意報が出る炎天下のなかで、勝ち進んだ投手は連投を余儀なくさせられる。熱心な野球ファンは、有望な投手が壊れないことを祈るばかりだ。

 金足農業の吉田輝星投手は、間違いなく素晴らしい投手だ。球速以上に伸びのあるストレートだけでなく、スプリットやカーブなど変化球も巧みに織り交ぜ、さらに状況によってギアチェンジして投げ分ける。しっかりとした投球術を身につけた、非常にスマートな選手という印象だ。プロ志望をすればドラフト上位で指名されることは確実だろう──ただし、今日壊れなければ。

 スポーツとしては時代遅れで、教育としてもデタラメな大会ルールは、これまでも多く批判されてきた。だが、大きな改善を見せることなく存続している。

 もちろん主催する高野連は、おそらくこう反論するだろう。

「準決勝前に休養日も設けたし、タイブレークも導入した」

 この両者の効果が乏しいのは、誰の目にも明らかだ。

 休養日を挟んでも、金足農業は5日で4試合のハードスケジュールだ。今大会から導入された延長13回からのタイブレークも、焼け石に水でしかない。スポーツとしての野球の速度に対し、日本の高校野球の歩みは30倍遅い。

 その一方、アメリカ・MLBでは、青少年のピッチャーに向けた投球数ガイドラインを設けている。2歳単位で制限をしており、さらに投球数に応じて休養日数も以下のように細かく定めている。

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 その内容は3年前から一部改訂されているなど、常に見直されてもいる。それは医学に基づいているからだ。科学は蓄積によって日々進展していくので、それに合わせてガイドラインが変化するのは当然だ。公式サイトでも医学博士による解説がしっかりと掲載されている。タイブレーク導入に何年もかかった高野連とは雲泥の差だ。

 もちろん高野連も出場選手の肩と肘の検査はしているが、甲子園の日程が現状のままではさほど役に立つことはない。

投球数制限とスケジュール改革

 こうした“投手ぶっ壊しコロシアム”の大会でしばしば提案されるのは、球数制限だ。以前であればPL学園の投手として活躍した桑田真澄さん、最近ならば橋下徹元大阪府知事などがそう主張している。ピッチスマートの内容と照らし合わせても、それはもっともである。

 だが、そうするとべつの問題が生じる。

 ピッチスマートでは17~18歳は105球を上限とされているが、100球ちょっとで9回を完投できることはさほどない。よって継投を余儀なくされる。そうすると、2番手投手の力が劣るチームは不利となる。

 たとえば投球制限を大阪桐蔭と金足農業に課したらどうなるか。そうすると、3人の優れた投手を抱える大阪桐蔭に対し、吉田投手ひとりに頼ってきた金足農業は圧倒的に不利だ。このガイドラインでは、チーム力は選手層の厚みを意味することとなる。突出したひとりの投手で勝ち進んできた公立校の“昭和の野球”は、どうあがいても“プロ部活”には勝てっこない。

 先日『甲子園という病』(新潮新書)を上梓したスポーツジャーナリストの氏原英明さんは、準決勝が終わった昨日夕方の段階で「甲子園決勝は本当に明日でいいのか。金足農業・吉田輝星の投球数が……。」との論説を発表した。そこでは「土曜日の開催なら、中4日が空くのだが……」と悔やんでいる。無理を承知でそう話すのは、あまりにも吉田投手のことが心配だからだ。

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 筆者も同感だ。現行の夏の甲子園は、日程を改善することで投手の連投は回避できる。もちろんそれは球数制限を無視した発想だが、より実現可能なのは間違いない。実際、筆者は3年前にすでにその提案をしている(図参照)。

 一ヶ月にもわたる日程は、運営側にとっても、あるいは応援する側にとっても厳しいものだろう。だが、プレイヤーズファーストの観点に立てばこれを真面目に考えるしかない。

 ほかにはこうした批判があるだろう。高校生は学業が第一で、こんな日程であれば東北や北海道では夏休みが終わってしまう、と(註)。もっともな指摘だ。ならば、もっと日程を緩やかにして授業のない週末にやればいいではないか。

 ただ、日程に余裕をもたせる提案も、抜本的な解決にはほど遠い。そもそもトーナメント戦で一発勝負であることが、野球というスポーツにはそぐわない。プロスポーツで優勝者の勝率がもっとも低いのは、6割程度の野球だと言われている。10回やって4回負けるチームが優勝する。これは試合数の多さも関係しているが、運に左右される傾向があることも意味している。高校野球ファンとプロ野球ファンがかならずしも重ならないのはこのためだ。

■註:なお、金足農業高校ではあした21日が始業式の予定だったが、決勝進出によって23日に延期されたそうだ。これは高野連が掲げる日本学生野球憲章に違反している疑いが濃厚だ。

第2章 学校教育の一環としての野球部活動

第8条(学校教育と野球部の活動との調和)

野球部の活動は、部員の教育を受ける権利を妨げてはならず、かつ部員の健康を害するものであってはならない。

出典:日本高等学校野球連盟「日本学生野球憲章」2017年

ボトムアップ型組織の高野連

 酷暑、過密日程、健康管理、トーナメント制、そして伝統──夏の甲子園には問題が山積している。昭和時代の制度を30年間ろくに見直さなかった結果、ガチガチに硬直化して手をつけられなくなってしまった。

 複数の筋から、高野連本部もこうした問題には気づいていると耳にした。それでもなかなか改善されず、タイブレーク制ですら導入に数年かかったのは、高野連という組織が中央集権でないことと関係している。どちらかと言えば、都道府県単位の草の根団体が寄り集まっているのが高野連だ。トップダウン型ではなくボトムアップ型だ。個々人は多くがボランティアとして活動に参加しているが、ほとんどは強固な信念によるものだ。草の根の保守系政治団体・日本会議を連想すればわかりやすいだろうか。権益や損得抜きだからこそ、その根は頑丈だ。

 ボトムアップなので良く言えば民主的ではあるが、悪く言えばまとまりのない組織だ。タイブレーク制も延長12回から始める地区もあれば、13回から始めるところもある。各地区の高野連の権限が強いために、こうした違いが生じている。そして中央は、地方からの突き上げを常に気にしている。

 また、夏の大会の主催は朝日新聞社でもあるが、朝日にとっても高野連は簡単にコントロールできる組織ではない。共同主催者ではあるが、主導権はやはり高野連にあるからだ。ならば朝日が手を引くという手もあるだろう。だが、ある関係者にその可能性について話すとこう返された。

「そんなことしたら、読売が食いつくだけですよ。朝日はコンテンツを失うからメリットないし、読売が入ったら巨人との関係でもっと厄介なことになるかもしれません。朝日が睨みを効かせることにも意味があります」

 朝日新聞も、夏の甲子園に山積している問題についてはもちろん気づいている。社説では幾度も連投などの問題について触れ、高野連に改革をうながしている。だが、それを強く主張しないのは高野連との微妙な距離感があるからだ。

夏の甲子園を改革する方法

 自主的になかなか変わろうとしない高野連と夏の甲子園だが、その変革のために考えられるルートはほかにもいくつかある。

 ひとつは、プロのユースチームの誕生によって高校野球が相対化されることだ。これはサッカー・Jリーグがヒントになるだろう。Jリーグ以前は日本テレビを中心に高校サッカーが人気だったが、プロユースの登場によって完全に相対化されてしまった。インターハイの過密日程は高校野球なみに問題視されているが、サッカーを志す高校生にはプロユースの選択肢もある。高校野球には、この選択の幅がない。

 過去にプロ野球と高野連は強い緊張関係にあったが、今大会ではプロで活躍した元甲子園球児に始球式を頼むなど、改善する傾向にある。高校野球利権にしがみつくひとたちからは大きな反発があるだろうが、プロの手が入ることで高校生の能力の向上は期待できる。

 もうひとつは、スポーツ庁が本格的に乗り出すことだ。すでに大学部活の統括を目指した日本版NCAAが来年3月から始動することが発表されているが、高校スポーツは高野連と高体連に分断されている。野球部だけなぜか別団体なのだ。これは各団体が成立した歴史的経緯によるが、前述したように高野連ですら地方をまとめあげることが困難な状況にある。

 もちろん、政府が率先して学生スポーツに乗り出すことは、かならずしも良いことではない。教育や文化活動を政府が強くコントロールすることはあってはならないからだ。だが、各地方高野連が全体や将来のことを無視して自己主張し続けた結果、問題のある制度がガチガチに組み上がりなにも手を打つことができないのが現状だ。ならば国が首を突っ込むのは効果的だろう。残念ながら、お上に弱い権威主義者ばかりの日本ではそれがいちばん効く。

 最後のひとつは、外部から有能な人材を連れてきて、大きな権限とともに高野連のトップに据えることだ。そこでイメージされるのは、ふたつに分断されていたバスケットボールリーグをまとめあげた初代Jリーグチェアマンの川淵三郎さんだ。トップダウンで強権的に改革を断行する方法だ。

 トップダウン型改革は、短時間でなんらかの結果を求めるときには有効だが、多くの反発を生む。とくに根回し文化の日本では嫌われる。また、そもそも川淵さんのような強いリーダーシップを持つ人材が、日本のスポーツ界にはあまり多くない。

 以上、制度改革のための道筋の可能性を示してきた。おそらくすべて可能性はある。「聖地」とされる甲子園を離れることも、けっして不可能な決断ではない。あとは勇気のあるひとが立ち上がるだけだ。もし立ち上がらないならば、これからも多くの高校生を潰すことを自覚したほうがいい。

 金足農と大阪桐蔭の試合は、本日14時から始まる。吉田投手が潰れないことを祈る──。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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