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高校野球・プロ部活vs21世紀枠──“ドラマ”が隠蔽する形骸化した教育とスポーツ

松谷創一郎ジャーナリスト
昨年センバツで優勝した大阪桐蔭の選手/2017年4月1日(写真:岡沢克郎/アフロ)

21世紀枠・17勝48敗、勝率.261

 3試合0勝3敗、得点2・失点29・得失点差マイナス27──選抜高校野球に出場した「21世紀枠」の3校は、この成績を残して甲子園を去ることになった。

 こうした21世紀枠の存在は、これまでもしばしば議論の対象となってきた。各地区で十分な実績を残した学校と比べると、歴然とした実力差があるからだ。しかも今年は、センバツ連覇のかかる優勝候補・大阪桐蔭と伊万里(佐賀)の試合もあり、いつも以上に注目されていた。

 21世紀枠は、2001年から春のセンバツで導入された。選考基準は、野球の実力にこだわらず、「高校野球の模範的な姿を実践している」ことだ(毎日新聞2017年1月27日付「選抜高校野球 21世紀枠の選考基準とは」)。初年度(2001年)の宜野座(沖縄)や09年の利府(宮城)のようにベスト4に進出した高校もあったが、そのほとんどは初戦敗退だ。

 これまでの18年間で、21世紀枠でセンバツに出場した学校は49校にのぼる。その総合戦績は、65試合17勝48敗・勝率.261だ。細かく見れば、得点154・失点380・得失点差マイナス226となる。初戦を突破したのは13校で、全体の約4分の1(これらのデータには21世紀枠同士の2試合も含まれる)。過去5年にかぎれば15校中2校のみだ。

 こうした数字は、今年だけでなく、21世紀枠出場校の実力が劣っていることをはっきりと示している。

実は“公立救済策”の21世紀枠

 こうした21世紀枠には、「模範的な姿」というタテマエの裏に、“ホンネの顔”がある。公立高校という特徴だ。

 歴代出場校49校中、私立高校で選ばれたのは2013年の土佐(高知)の1校のみ。1990年以降、特待生で有力な選手を集める私立高校はその力をどんどん強めていった。少子化によって生徒数の減少が顕著になった90年代中期以降は、さらにその傾向が強まった。各私立校が、SI(スクールアイデンティティ)のために部活に力を入れたからだ。

 SIとは、ざっくり言えばマーケティングの一環だ。学校の個性を際立たせることで生徒を集め、少子化時代を生き残ろうとする戦略である。部活に力を入れて全国大会に生徒を送り込めば、ニュースや中継などで学校の名前が全国に知れ渡る格好のチャンスとなる。なかでも甲子園は、確実にNHKが中継し、春は毎日新聞、夏は朝日新聞が大きく扱う。甲子園は学校にとって格好の宣伝媒体だ。

 結果、現在では甲子園に出場する高校の多くが私立校ばかりとなった。それはデータにもはっきりと表れている。2017年の夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)では、私立校の出場は49校中41校・83.7%にまで増えている。

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 こうした傾向は春のセンバツでも表れていた。地区大会の成績をもとに各地区の高野連が選抜するので夏ほどではなかったが、それでも私立の勢いは強かったのだ。

 こうしたなかで編み出された“公立救済策”が、21世紀枠だった。有力選手を全国から集める私立校の“プロ部活”大会となりつつある甲子園に、主催の高野連と毎日新聞は「教育の一環」を大義として一石を投じた──つもりなのである。

理想・教育の一環、現実・プロ部活

 現役時代に阪神や広島などで活躍した野球評論家の江夏豊氏は、昨年のセンバツ終了後にこうした意見を表明している。

今年の選抜を見ていた感想なんだけど、

21世紀枠と称して、甲子園で戦うのが無理なチームが出すぎだと思うよ。

高野連の選考に多少疑問ありだね。

高校野球発展のためとか、弱小校への配慮は分かるけど、

レベルの高い横浜も出てないし、もう少し考えてもいい様な感じがしたね。

出典:江夏豊「選抜高校野球が終わって…」2017年4月8日 『MastersLeague Inc.』

 同様の意見は、今大会でも多く目にした。26日の大阪桐蔭と伊万里の試合前には、伊万里の健闘を期待する声よりも、大惨事になることを危ぶむ声のほうが大きかった。事実、伊万里は12点差で大敗した。

 もちろん、伊万里は2得点したことでなんとか21世紀枠の面子を保ったという印象もある。しかも完投した伊万里の山口投手は、20被安打・14失点をしたものの、無四死球ピッチングだった。最速126キロながらもスローカーブを多用して、強力な大阪桐蔭打線に正面から向かっていった。その姿勢は、スポーツ以外でも通用するタフな精神性を強く感じさせるものだった。

 24日に登場した膳所(滋賀)も、その存在感を発揮した。報じられているように、データ解析をしたうえで打者に合わせて守備陣系を敷き、幾度かそれが功を奏した場面があった(朝日新聞×ABC 2018年3月24日付「なぜそこに遊撃手が…? 甲子園驚かせた膳所データ野球」)。担当したふたりの部員は、フリーの統計ソフト「R」を使っていたという。有料の統計ソフト「SPSS」と異なり、プログラミングを要する「R」はより扱いづらいものだ。それを高校生が扱っているのはかなりの驚きだ。

 このふたつの例は、たしかに21世紀枠が見せた高校野球の可能性だ。もしかしたらそれは、「公立救済」というホンネが導いたタテマエ「模範的な姿」の具現化なのかもしれない。

 ただし、それでも厳然たる事実は残る。両校とも10点差以上をつけられて大敗したことだ。21世紀枠は、いくら正面から向かっていっても、いくらデータを活用していても、“プロ部活”には太刀打ちできない。それくらいそもそもの実力差がある。21世紀枠の大敗は、「教育の一環」というタテマエに生じた“プロ部活”という現実を隠しきれない。高校野球の矛盾緩和策としては、あまりにも力が弱い。

欲求される情緒的なドラマ性

 酷暑のなかで行われる夏の大会をはじめ、高校野球には3つの要素が絡み合って幾重にも“矛盾”を生じさせている。

 ひとつが教育だ。

 「教育の一環」が単なるタテマエに堕していることは、これまで説明してきたとおりだ。実際、甲子園は公立高校の予算では太刀打ちできない、私立高校による“プロ部活”の独壇場となっている。大阪桐蔭に代表される強豪校の野球部は、「教育の一環」などではなくプロ養成機関だ。

 次がスポーツだ。

 現在の高校野球は、スポーツとしての野球の現在形からは大きく逸脱している。野球は優勝チームの勝率がもっとも低いプロスポーツであるにもかかわらず、国際大会ではほとんど採用されないトーナメント制の一発勝負がいまだに続いている。また、ベンチ入り人数が限られながらも試合日程は厳しく、勝ち進んだ高校の投手は故障を誘発する連投を余儀なくされる。熱心な野球ファンでも高校野球を敬遠する層が少なくないのは、あまりにもスポーツとして時代遅れの状況にあるからだ。

 最後がドラマ性だ。

 ファンや主催の2新聞社は、甲子園に対して「美しい青春」や「敗者の涙」など、常に情緒的なドラマ性(物語)を欲求する。しかし、教育としては欺瞞に満ち、スポーツとしては時代遅れな空間だからこそ、若者がもがき苦しみ、打ち勝つ姿が「残酷ショー」として消費される。不謹慎だが、いまの甲子園でもし死者が出たら「英霊」扱いされかねないほどだ。そして、この情緒的なドラマ性こそが、高校野球がはらむ教育やスポーツの問題を思考停止させる機能を果たしている

解決法は“プロ部活”の切り離し

 ここまで見てきたように高校野球に生じている問題は、実はかなりクリアになっている。教育とスポーツそれぞれの要素が、形骸化していることに尽きるからだ。よって、その解決法も実はシンプルだ。スポーツと教育を切り離し、それぞれを徹底することだ。つまり、“プロ部活”はスポーツとして徹底し、それ以外は高校野球(「教育の一環」)として切り離すことが求められる。現実的には、実力によってランク付けすることになるだろう。

 だが、解決策は見えていてもそこまでの道のりはけっして緩やかではない。あまりにも高校野球が肥大化し、それゆえ構造が硬直化してしまっているからだ。

 このときヒントになるのは、やはりサッカーだろう。Jリーグ発足以後、高校サッカーは同世代のプロユースチームによって相対化されつつある。選手たちにも部活とクラブチームという複数の選択肢があるだけでなく、その両者は「高円宮杯U-18サッカーリーグ」で戦うこともできる。

 結果的にそれは、日本のサッカー全体の水準を上げることにつながった。高校野球をスポーツとしても部活としてもよりまともな状態にするためには、クラブチームの参入による相対化が実はもっとも近道だ。

 そもそも高校野球や後にプロで活躍する多くの選手は、中学まではリトルリーグやシニアリーグ出身だ。高校生になった瞬間、それらのクラブチームではなく、学校がすべてを引き受ける状況になる(※1)。

 こうした可能性には、当事者も実は気づいている。2015年に高野連会長に就任した八田英二氏は、未来の高校野球について先日こう語っている。

「大切なのは高校野球を次の世代に引き継いでいくこと。裾野を拡大する試みを続けないといけない。例えば都道府県単位で小中学校、高校、リトルリーグ、軟式チームが一体となる組織をつくり、新たなプロジェクトを打ち出したりできないか考えている」

出典:京都新聞2018年3月17日付「タイブレーク、新たなドラマも 八田高野連会長」

 八田会長がこうした発言をする背景には、2014年をピークに高校野球部員数が急激に減っているだけでなく、「百年構想」を掲げて始まったJリーグが四半世紀経って着実に成果を出しつつあることへの焦りもあるのだろう。また前述したように、現代の野球状況を熟知していれば日本の高校野球の歪さにも気づいているはずだ。膳所高校が手がけたデータ解析も、それが確率論である以上、一発勝負ではなかなかその成果を発揮しきれないのは自明だ。

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 もちろんそこには越えなければならないハードルも多い。高校野球をSIの中心に据えている既存の強豪校だけでなく、これまで草の根活動を続けてきた各都道府県の高野連からも猛反発が予想される(※2)。歴史的経緯もあって一定の距離を保っていたプロとアマの関係も、雪解けムードではあるがはまだ改善されたとは言い切れない。

 だが、問題点が明らかになっている以上、あとは解決していくほかない。しなければ、高校野球がいま以上の遅滞を見せたあげくに衰退し、日本の野球文化全体にも悪しき影響を与えるだけだ。

 八田会長の英断に期待したい。

※1……兵庫・芦屋学園は、同校の中学生から大学生までが加入できる硬式野球クラブチーム・芦屋学園ベースボールクラブを運営している。高野連非加盟だが、関西独立リーグ・兵庫ブルーサンダーズ2軍として活動している。

※2……公益財団法人の高野連は基本的には市民団体であり、中央集権・トップダウン型の組織ではなく各都道府県の権限も強い草の根・ボトムアップ型の組織だ。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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