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コロナで中止となった名トレーナーを偲ぶ会

林壮一ノンフィクションライター
写真:山口裕朗

 毎年、11月の第2日曜日に元ヨネクラジムのボクサーたちが、東京都板橋区大山東町56-10の鮨屋に集う。名トレーナーだった故松本清司氏を偲ぶ教え子たちが顔を揃えるのだ。その集いを「松本会」という。

 幹事は 日本ジュニアフェザー級タイトルを通算10度防衛した岩本弘行(63)。当初は、銀座・三笠会館内の中華料理店が会場となっていたが、岩本が2000年9月2日に自身の店<鮨処 いわ本>をオープンして以来、「松本会」は彼の店で行われてきた。https://news.yahoo.co.jp/byline/soichihayashisr/20200925-00199254/

 「私が引退してから、松本先生、元ヨネクラジムのマネージャーだった池田博人ら4名ほどで食事会をしていたんです。それが、いつの間にか先生を慕う人間たちがどんどん参加するようになったんですよ。先生の人徳ですね。

 松本先生が癌で亡くなったのは1994年11月12日、58歳の若さでした。それからは、命日に近い11月の第2週に教え子が集まって、先生との昔話を語り合うようになりました」

 同会は、第27代日本ライト級王者の成田城健、第12代日本ジュニアバンタム級王者の中島俊一、第25代&29代日本ジュニアライト級王者の古城賢一郎、第45代日本ミドル級王者で、その後OPBF東洋太平洋タイトルも獲得した西澤良徳など、およそ80人が名を連ねる。

 「13時から22時まで、皆でワイワイ、ガヤガヤと、松本先生の教えを再確認するんですよ。先生に『サンダルとか、草履で電車に乗るんじゃない。ボクサーが怪我をしたらどうするんだ!』って怒られたヤツの話とか、『普段着には金をかけなくていいから、練習着やグローブやシューズなどの道具に金を使いなさいって言われた』なんて、懐かしい話が出る会です」

 岩本の胸に強烈な印象を残しているのは、松本トレーナーが絶対に表に出ようとしなかったことだ。

岩本は仕事場に松本トレーナーの写真を飾っている 撮影:著者
岩本は仕事場に松本トレーナーの写真を飾っている 撮影:著者

 「たとえヨネクラの選手が世界タイトルを獲得しても、先生はさっさとリングを降りて、自分が目立たないように振舞っていました。『トレーナーは出しゃばっちゃダメなんだ』と。私はそんな姿から、謙虚さを学びましたね」

皿の上にも松本トレーナーの教えが継承されている 撮影:著者
皿の上にも松本トレーナーの教えが継承されている 撮影:著者

 「それから、言い訳するヤツとか『今度頑張ります!』という選手を嫌いました。『今、頑張らなくてどうするんだ!』という教えだったんです。今でも折に触れ、自分に言い聞かせています」

撮影:著者
撮影:著者

 「忘れられないのは、先生が負けた時に優しかったことです。肉体的にも精神的にも傷ついた選手のことを慮り、ニコニコと傍にいてくれました。言葉は無かったのですが、心から愛情を感じましたね。

 今年は新型コロナウィルスの影響で中止にせざるを得ませんでしたが、来年は是非、やりたいです」

 リングを離れても、それぞれの場で師の言葉を確認し合うーーー。松本清司トレーナーはチャンピオンを育てるだけでなく、多くのものを残したのだ。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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