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相模原事件を素材にした映画『月』公開! 舞台挨拶で石井監督や宮沢りえさんらが語った言葉

篠田博之月刊『創』編集長
映画『月』公開記念舞台挨拶(筆者撮影)

『月』公開記念舞台挨拶に駆け付けた

 10月13日から公開が始まった映画『月』だが、その金曜の夕刊各紙の映画評はおしなべて好評だった。相模原障害者殺傷事件を素材にした、とても重たいテーマの問題作だ。公開後の勝負どころは14・15日の土日だということで、新宿の劇場「バルト9」で14日土曜日の最初の上映後、公開記念舞台挨拶が行われた。石井裕也監督のほか、主役の堂島洋子を演じた宮沢りえさん、植松聖死刑囚をイメージした「さとくん」を演じた磯村勇斗さん、堂島洋子の夫・昌平役のオダギリジョーさん、障害者施設で働く坪内陽子を演じた二階堂ふみさんという、豪華キャストが登壇して発言をするというので、これはぜひ行かなければと取材に足を運んだ。

 この映画は、『新聞記者』などこれまでもタブーに挑んだ映画を次々に世に問うてきた河村光庸さんの企画で、私も相模原事件はかなり踏み込んで取材し、植松死刑囚とも相当関わったということで、企画段階で相談を受けて協力した。昨年、河村さんが急死したことで、様々な紆余曲折があり、一時は無事に公開できるか危ぶむ声もあったが、今回、何とか公開にこぎつけた。その間の経緯などはこのヤフーニュースにも何度か書いた。例えば下記をご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f44819eeb0d587be8e80405f09192cce415b4f2e

間もなく7・26というタイミングで発表された相模原障害者殺傷事件を素材にした宮沢りえ主演映画『月』

映画『月』宮沢りえさん C:2023『月』製作委員会
映画『月』宮沢りえさん C:2023『月』製作委員会

監督にもキャストにも覚悟が必要な映画

 監督にもキャストにも相応の覚悟が必要とされるテーマで、河村プロデューサー亡き後、関係者は相当の思いを貫いてきたと思う。そうした思いが、それぞれの舞台挨拶の節々に込められていて、とても良い内容だった。会場で取材したそれぞれの方の発言と写真をここでお伝えしたい。最初の挨拶は割愛したが、以下の内容は、会場で録音したものを文字化したものだ。発売中の月刊『創』(つくる)11月号に掲載した石井監督のインタビューなどは、文字化したものを本人に送って手を入れていただいたが、今回は公開の場での発言なので、当方の判断で内容をお伝えしたいと思う。司会の発言は多少要約したが、監督やキャストの発言は文字として整えはしたが、ほぼ実際の内容そのままだ。

 なお映画『月』の公式サイトは下記だ。劇場情報なども掲載されている。

https://www.tsuki-cinema.com/

挨拶する石井裕也監督(筆者撮影)
挨拶する石井裕也監督(筆者撮影)

宮沢さん「もどかしさを乗り越えたいという気持」

――石井監督は、最初にこのお話をいただいた時にどう感じられましたか。

石井 やっぱり、怖かったですよね。すごく怖かったというのがありましたが、本当に比喩でも誇張でもなく人類全体の問題だと僕は理解したので、これは逃げられないと思いました。

――出演された方々もいろいろな思いがあったと思いますが、出演を決断するまでの思いをお聞かせいただけますか。

舞台挨拶する宮沢りえさん(筆者撮影)
舞台挨拶する宮沢りえさん(筆者撮影)

宮沢 この映画を企画・プロデュースされていた河村さんが撮影の直前にお亡くなりになられたんですけれど、河村さんと最初にお会いした時に、この映画についての熱意を伺って、私自身、殺伐とした今の世の中、日本だけでなくて地球上にいろいろなことが起きていていますが、そこで生きていくためにどうしても私自身が保身してしまう。その自分に対してもどかしさはあったりして、そのもどかしさの中で、でも日々の幸せを感じたりという自分の人生がある。そこで河村さんのお話を聞いた時に、この作品を通して、そのもどかしさを乗り越えたいという気持ちがすごく強く湧いて、内容的には賛否両論ある作品なんだろうなとは思いましたけど、ここから逃げたくないという気持ちが本当に強く湧いたので、参加させていただいたんです。撮影中、河村さんという核がいなくなったあと、監督・キャスト・スタッフはやっぱり混乱しました。でもその魂を受け継いで作品にしたいという不思議な熱気に満ちていて、すごく背中を押され続けて演じていくことができたと思っています。

――石井監督は河村プロデューサーとどのような話をしたのでしょうか。

石井 おそらくこの事件というか、この障害者施設の闇は、たぶんあらゆる社会問題の闇に繋がっている。辺見庸さん(原作者)もそうだったと思うんですけれど、今ある社会問題を頭の中によぎってもらえれば、多分この事件とかなり近い本質のようなものを見つけられるんじゃないかと思って、そういうものを撃ちにいくというか、そういうものこそ捉えに行く、というような話をしました。

磯村勇斗さん「覚悟を持つまで時間がかかった」

――磯村さんは決断されるまでどういうことを考えましたか。

磯村 企画書をいただいて、河村プロデューサーからの言葉もあり、僕自身は直感的にはこれは参加しないとダメだなという想いがあったんです。でもそれだけではやれないというか、覚悟を持つまでやはり時間がかかりましたし、それだけのエネルギーのいる作品でもあり役柄でもあったので、そこはすごく慎重に、監督であったりいろいろな方と話し合いながら決めました。

発言する磯村勇斗さん(筆者撮影)
発言する磯村勇斗さん(筆者撮影)

二階堂ふみさん「作品にしてよいのか考えさせられた」

――二階堂さんはいかがでしょうか。決断されるまでの思いをお聞かせください。

二階堂 私は、事件が起こってしまった当日のことをすごくよく憶えています。企画書をいただいた時に、社会的にも、それを受けた我々も消化できていないものを、作品にするのは本当にやってよいことなんだろうかと、正直すごく考えさせられたんです。

 でも、ああいう事件が起きた時にいちばん怖いのは、徐々に、みんなが知ってるけど関心が薄れていったりとか、考えるのをやめていってしまうこととかだと思いました。答えが簡単に出せないけれども、私たちはちゃんと受け止めていかなくちゃいけないんじゃないかと思いまして、事件を知る当事者として、この社会に生きる当事者として、この作品に参加して考えたいなと思いました。

二階堂ふみさん(筆者撮影)
二階堂ふみさん(筆者撮影)

オダギリジョーさん「重いものを受け取って帰る映画」

――オダギリさんはいかがでしょうか。

オダギリ いろいろなタイプの映画が世の中にはたくさんあって、気楽に観れるものもあるだろうし、今回の作品のように、皆さんが重いものを受け取って帰る映画も必要だと思います。

 むしろそういう世に問うというか、ちゃんとみんなでしっかり一回考えようよという映画のほうが僕はどちらかというと興味があって、そういうものに参加したいといつも思っています。なによりも石井さんが今回これに向き合って作ろうという、そういう挑戦があるのであれば、そこに乗らないわけにはいかないという気持ちで、参加させていただきました。

オダギリジョーさん(筆者撮影)
オダギリジョーさん(筆者撮影)

完成した作品をどう受けとめたか

――皆さんは、完成した作品をご覧になってどういう感想、印象を持たれたでしょうか。

宮沢 どうしても、自分の作品を観ると、自分の芝居に、こうすれば良かったなあと思うことが多いのですけれど、監督がこの脚本を書き上げるまでの時間、本当に真剣に向き合って書かれた台本は、最初読んだだけですっと理解できるようなものじゃなくて、洋子という役が持っている葛藤とかジレンマとかを情緒を乱して演じてほしいと監督に言われ、情緒を掻き乱して演じた時の、本当にもがいていた自分を思い出しました。

 ただ、今はまず公開できて、皆さんとこのことについて、観る側と作った側というだけでなく、隔たりを超えて一緒に考えたりしていきたいなと思いました。

磯村 現場で、キャスト陣もスタッフの皆さんも同じ気持ちを持ちながらというか、すごくこの作品に対して責任を持って作っていたので、それが完成した映画にすごく丁寧に映し出されていたと感じました。その緊張感のある状態が自分たちのいま生きている社会にとって大切なことだと思いつつ、どこか平和ボケしてしまうこの現代ですけれど、平和なんて危険と紙一重なところで僕らはずっと生活してるのかなとか、そういうことをいろいろ考えていました。そういうのを感じ取れる、そういった作品なんだろうなと思いました。

映画『月』舞台挨拶を終えて(筆者撮影)
映画『月』舞台挨拶を終えて(筆者撮影)

――おそらく今日ご覧になった皆さんも、観終わってすぐに言葉にできるような作品ではないと思いますけれど、二階堂さんはいかがですか。

二階堂 そうですね。とにかくいろいろな方に観ていただいて考え続けるしかないと思いました。

オダギリ なんですかね、観たあと誰かとこの作品に対して話し合いたいという気持ちになれなくて、車で観に行っていて、ひとりで車で帰るので良かったと思いました。試写のあとに本当は、監督がこのあと来るからちょっと待ってくださいと言われたんですけれど、監督とも喋れないような感覚になって…、それだけ感情が先に立つというか、言語化することが自分にとっても難しいし、受け止めるまでに時間がかかったなという感じでした。

石井監督「この問題は自分たちの生き方と繋がっている」

――事件で何が起きたのかつまびらかにする、センセーショナルに描くという映画ではなく、私たちの欺瞞に対して刃が向くような作品だと思いますが、監督が脚本を書かれるうえで、何か大切にされた、特に伝えようと思ったことはどういうことでしょうか。

石井 映画冒頭で一部の障害者は声を上げられないというようなテロップを見たと思うんですけれど、何らかの理由で告発できない、声を上げられない、あるいは閉鎖された空間でいろいろなことが起こる、それに対して隠蔽をするという意味では、なにも障害者施設だけの問題ではないというか、むしろ僕たちが暮らしているかなり身近なところにある世界の話だと思うんです。そういうものを描けるからこそ、この題材にトライする意味があったというか、そこにある問題は必ず自分たちの人生とか生き方に繋がっていると僕は思うので、その辺を意識して書きました。

――今回、障害のある当事者の方も撮られていますが、そのあたりの意図もうかがえますか?

石井 きれいごとに聞こえるかもしれないし、そう思われても構わないのですが、今回この映画を撮るにあたって、できる限りの取材をして重度障害者の方々にもお会いし接して、僕なりにコミュニケーションをとったんです。僕はそこで、生きていることの不思議さとかおもしろさとか、素晴らしさというものを強烈に感じたんですね。そういう存在というのは多分、俳優の芝居では表現できないんじゃないか、そこにカメラを向けるというか、そこを見つめるということが、すごく重要だと思ったんです。それなくしてこの映画は成立しなかったんじゃないかと思っています。

釜山国際映画祭での反応は

――先日、釜山国際映画祭に参加されたと思いますが、宮沢さん、オープニングセレモニーにも参加されて、周りの方からお伝えいただいたことはありましたか。

宮沢 初めて参加させていただいたんですけれど、本当に様々な個性のある作品が集まっていて、そのオープニングで、映画を作ることに一生を捧げた方たちに対する敬意を表する場面があったりして、奥深い映画祭だと思いました。もちろん若いかたが観に来ていらしていて、年齢とか性別を超えた広がりのある奥深い映画祭だったことに感動しました。

――監督、この映画を上映されて、韓国の方々の反応はいかがでした?

石井 いちばん驚いたのは、若い女性がかなりこの作品に反応していたということです。聞くところによると韓国で#MeToo運動が高まっていた時期もありましたし、弱者というものに対する目線の向けかたが日本のそれとは違うものがあって、障害者問題とか婦人問題への関心がそもそも強い。この作品に対してもまっすぐな向き合い方をしてくれたというのが印象に残っています。

舞台挨拶後のフォトセッション(筆者撮影)
舞台挨拶後のフォトセッション(筆者撮影)

蓋を開けてその中にあるものと向き合った時に…

――最後に、今日来ていただいた方、これからご覧になる方に一言ずついただきたいと思います。

二階堂 皆さんに劇場に足を運んでいただいてこの時間を共有させていただけて、私もこの映画に関して、またひとつ深く得るものがありました。また何かで共有させていただければと思います。ありがとうございました(拍手)。

磯村 この作品を観てもらいたいという気持ちはたくさんあるんですけれど、まずはこの「月」という映画があることを多くの人に知っていただきたい。どんどん皆さんの言葉で広がっていくことを願っています(拍手)。

オダギリ 先ほど宮沢さんが賛否ある映画になるんじゃないかと話されてましたけど、きっとそうであろうし、賛であっても否であっても、それぞれが感じることが正しいことだと思うし、どっちを正解とするわけでは決してないと思います。それを話し合うことから始めればいいのかと思いますので、ここにいる全ての方が強く感じることがあったと思うので、それをSNSなり友だちなりいろいろな方に共有していただいて、否でもいいと思うので、いろいろな広がりを見せてもらえたら嬉しいなと思います。よろしくお願いします(拍手)。

宮沢 すごく本当はどきどきして、ずっと手に汗をかいてしまって、自分がこんなことが話せたらいいなとか考えていたことが全て話せたとは思いませんけれど、日々生きていくなかで、見たくないものとか聞きたくないこととか、触れたくないものーーそんな箱がぼろぼろと世の中にはあって、その蓋を開けることはすごく勇気がいることだしエネルギーがいることだと思うんですけれど、その蓋を開けてその中にあるものと向き合った時に、決してポジティブなものではないかもしれないけれど、そういう中から考えるきっかけ、そのことについて話し合うきっかけになるような映画であってほしいです。みなさんの記憶にこびりつく作品として広がっていってほしいなと思います(拍手)。

「出演者もスタッフも覚悟をもって取り組んだ」

――最後に、監督、お願いします。

石井 とにかくこの作品は覚悟が違うので、こんな苦しい舞台挨拶は初めてですし、それは観ていただければ一目瞭然だと思いますけれど、出演者の方々の覚悟、それからスタッフも一人ひとり本当に真摯に、この作品とテーマに向き合ってみんなで作り上げた作品です。なのでやはり熱気が違いますし、全く誰も手を出していないところに踏み込んでいったので、結果的には全く新しいものになっているという、そういう自負はあります。

いろいろな反応とか感想とか、賛否、いろいろな意見が出て然るべきだと思いますし、そうあってほしいんですけれど、ものすごく強い強烈な表現が出来たという手応えは噛み締めています。もし何か思うところがあればぜひ友人、知人の方々に勧めていただいてほしいと思います(拍手)。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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