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上映後トークで激論!…映画『望むのは死刑ですか オウム“大執行”と私』と横浜シネマリン気骨の支配人

篠田博之月刊『創』編集長
映画『望むのは死刑ですか オウム“大執行”と私』パンフ(筆者撮影)

 7月14日夜、映画『望むのは死刑ですか オウム“大執行”と私』を観に横浜シネマリンへ行ってきた。長塚洋監督が前作『望むのは死刑ですか 考え悩む“世論”』に続いて、死刑問題をテーマに描いたドキュメンタリー映画だ。2015年公開の前作でも上映会場でトークを行うなど死刑問題についての議論を呼びかけてきたが、そのトークにゲストとして参加した「オウム真理教家族の会」の永岡英子さんとの対話のシーンから映画は始まる。

 死刑問題というと廃止か存続かと二者択一の原則論で考える人が多いのだが、この映画は、現実はそう単純でないと問題提起をしているもの。永岡さんも夫とともにオウム教団の被害にあってきた人だが、教団幹部の死刑には反対の立場で、ステレオタイプでないモノの考え方には本当に考えさせられる。

 今回の映画の主な登場人物である岡田尚弁護士も、親しかった坂本堤弁護士が教団にひどい殺され方をしたことを怒りながら、でも2018年の教団幹部13人の大量死刑執行についてはどうなんだろうか、と思い悩む。その煩悶を追ったのがこの映画だ。公式サイトは下記にアクセスいただきたい。

https://nozomushikei13nin.studio.site/

最後に会場から強烈な意見が

 上映後にゲストを招いてトークを行うのが長塚監督のいつものスタイルだが、その回のゲストは、加害者家族の支援団体の阿部恭子さんだった。犯罪者とその家族は別の存在として多くの加害者家族の支援を続けている阿部さんに長塚監督があれこれ質問した後、会場との質疑応答に移った。

 何人かの方が主に阿部さんに質問を行ったが、「もう時間なのでこれで最後に」と監督が告げて発言した最後の女性の発言が強烈だった。「加害者と家族は別というお話でしたが、例えば長野で4人を殺害した男の家族は、その後発言もしていないし、息子がたてこもった家から自分は逃げ出したのじゃないですか。オウムの麻原の家族も、子どもは何人いるのでしょうか。殺された坂本弁護士は子どもまで殺され一家が途絶えてしまったわけでしょう」。

 加害者家族は加害者とは別で支援すべき対象だという阿部さんの話に真っ向から反論したのだった。

上映後のトーク。左が阿部さん、右が長塚監督(筆者撮影)
上映後のトーク。左が阿部さん、右が長塚監督(筆者撮影)

 阿部さんからは、加害者とその家族は別ですという説明と、長野の事件についても明らかになっていないことが多いとの指摘がなされた。確かに長野の事件をめぐっては加害者と両親の関係、家族の状況などについては断片的な情報しか出ていないのが現実で、この時点であれこれ語るのは危険でもある。また、オウム元教祖の家族をめぐっては、子どもたちが自殺を考えるほどの目にあっている状況など、そうした現実を踏まえて考えなければならない。

 ただそうした事情を抜きにして、この観客女性の見方は恐らく多くの人と共通するものであることも確かだ。トークは時間切れで終了したのだが、私はその観客女性の話のたとえがわかりやすいのと、トークゲストに正面から異を唱えるというそのことに感心した。上映後トークというのは、最近はドキュメンタリー映画では頻繁に行われているのだが、そういう白熱した場面にはほとんど遭遇しないからだ。

 本当はそんなふうに率直な疑問をぶつけるところから議論は始まるわけで、これはとても貴重な事例だったのだが、その会場で次の上映があるそうで、そこで終わりになってしまったのが残念だった。終了後、ロビーで長塚監督らのサイン会が行われたから、そこで議論の続きがあるのではと期待したが、その観客は次の映画を観るためにまた会場に入ってしまったそうで残念だった。

 ただ長塚さんの話によると、何しろ敢えて問題提起をする映画だから、今回のように会場から参加者が異を唱えるケースは珍しくはないそうだ。

気骨ある支配人をまじえて話した

 サイン会終了後もロビーで監督、阿部さん、そして支配人の八幡温子さんといろいろ話をした。映画『望むのは死刑ですか オウム“大執行”と私』は、重たいテーマのドキュメンタリー映画でもあり上映館を見つけるのが大変だったのだが、横浜シネマリンは7月1日から21日までロングランの体制を組んでくれた、と監督は感謝していた。オウム幹部の死刑執行に疑問を呈する映画だから、反発する人もいるかもしれないのだが、八幡さんは、ぜひ観てほしい映画は臆することなく上映する、反発を受けそうな映画の上映を敬遠するような映画館もあるが残念だと語っていた。

横浜シネマリン(筆者撮影)
横浜シネマリン(筆者撮影)

 実は私がその日、わざわざ横浜まで足を運んだのは、この八幡支配人にお会いしたいという思いもあった。2021年に東アジア反日武装戦線を描いた映画『狼をさがして』の上映に対して右翼が抗議に訪れた時に、断固としてそれをはねのけ、声明まで出したのがこの支配人だった。当時のいきさつについては、下記を参照してほしい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20210511-00237225

映画『狼をさがして』が右翼の街宣を受け一部映画館で上映中止の緊迫事態に

 この時の横浜シネマリンの声明はこうだ。

《大音量による街宣活動で威嚇することや、直接劇場に侵入することは、言論の自由を妨げるだけでなく、来場者、劇場スタッフに身の危険を感じさせる行為であり、到底許されるものではありません。

 さらにその主張は、映画の内容を歪曲するもので、的外れな主張で相手を攻撃することは暴挙であり、これもまた決して許されるものではありません。

 横浜シネマリンは、このような暴力的、且つ的外れな抗議行動に決して屈することなく、上映を続けます》

 感動的な声明だ。上映妨害など許されないという思いは映画人共通のものだが、こんなふうに名前を出してそれを表明するのはさらなる攻撃を招く恐れもあるため、黙してしまう映画館も多い。敢えて抗議を受けているさなかにこれを表明する気骨はなかなかのものだ。

左から八幡支配人、阿部さん、筆者、長塚監督(スタッフ撮影)
左から八幡支配人、阿部さん、筆者、長塚監督(スタッフ撮影)

 ということを2021年のヤフー記事にも月刊『創』(つくる)記事でも書き、機会があれば八幡さんにぜひお会いしたいと思っていたのだが、ようやくそれが実現したわけだ。

 上映後トークの時にはマイクを持って会場を回り、それが終わると劇場内の清掃と、支配人自ら何でもやるというのもすがすがしい光景だった。

異論を唱えたりタブーに挑む映画をこそ

 ロビーの壁面には上映中の作品だけでなく近々上映の作品のポスターも貼ってあったが、9月1日からは森達也監督の『福田村事件』も上映される。この映画も朝鮮人差別と部落差別をテーマにした、タブーに挑んだ作品だが、この横浜シネマリンとシネマジャック&ベティと横浜では2館で上映される予定だという。

 大勢に異を唱えたり、タブーに挑んだりという映画が市民のもとに届けられるのはもちろん映画館があってこそだ。この10年余、映画『靖国』や『ザ・コーヴ』を始め、様々な作品に対して「反日映画」というレッテルが張られ、上映妨害がなされるケースが増えた。

 そういう動きに真っ向から反対し、「映画を観もしないで上映するなというのはおかしいじゃないか」と身を挺して行動していたのは鈴木邦男さんだったが、その鈴木さんがこの1月に他界した後、横浜シネマリンでも鈴木さんのドキュメンタリー映画『愛国者に気をつけろ!鈴木邦男』が今年2023年4月に追悼上映された。

 映画『望むのは死刑ですか オウム“大執行”と私』はあと数日上映されている。ぜひ横浜シネマリンに足を運んでほしい。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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