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映画『狼をさがして』が右翼の街宣を受け一部映画館で上映中止の緊迫事態に

篠田博之月刊『創』編集長
5月10日の会見。中央が配給会社「太秦」小林三四郎社長(筆者撮影)

映画配給会社が10日夕方、都内で記者会見

 5月10日夕方、都内で映画『狼をさがして』上映中止事件をめぐって配給会社代表らの会見が開催された。この事件は既に新聞などで報じられてはいるが、経緯の詳細が発表されたことで、波紋がさらに広がることになる。右翼の街宣抗議で映画が上映中止になる事態は『靖国』『ザ・コーヴ』などこれまで何度もあったが、表現の自由をめぐる問題を社会がどう受け止め対応できるのか、改めて問われることになったといえる。

 もともと横浜は右翼の活動が活発なところで、2010年の『ザ・コーヴ』の時はネトウヨ系と既成右翼両方による上映映画館への激しい攻撃が行われた。日本ペンクラブや多くの文化人、さらに日弁連が会長談話で抗議するなど社会問題となり、当時は元気だった鈴木邦男さんらとともに私も何度も現場に足を運んだ。

 特筆すべきは右翼の攻撃に抗して市民の行動も活発で、「上映を支持する会」など映画館を支援する市民グループが結成されるなどした点だ。右翼が抗議行動を展開するのに対して多くの市民がプラカードなどを掲げて劇場前に集まり「上映妨害やめろ」と訴えた。映画『ザ・コーヴ』自体は評価が分かれる内容だったが、批判するのは自由でもそれを暴力で押しつぶすことに対しては、多くの人が抗議し、映画関係者をはじめ声をあげた。

 今回も特定の映画館の問題としてでなく、市民社会がこれをどう受け止めるかが問われている。記者会見で配給会社の代理人弁護士が強調していたが、映画館は市民に開かれた施設であり、劇場側だけでなくお客の安全が脅かされるという事態には防衛するといっても限界がある。社会全体がこれをどう受け止めるのかが問われるし、多くのメディアがそれを我がこととして報道できるかどうかも問われていると思う。批判するのは自由だが、暴力で上映をつぶすという事態が許されれば、表現の自由そのものが脅かされる。

映画『狼をさがして』とは…

 映画『狼をさがして』は1970年代に企業爆破事件などを起こした東アジア反日武装戦線を取り上げたドキュメンタリー映画。監督は韓国人女性だ。東アジア反日武装戦線は主観的には日本のアジア侵略の責任を問うとしながら、実際には爆弾テロによって一般市民をも傷つけてしまうという過ちを犯した。同じ70年代に起きた連合赤軍事件と同様に、60年代に高揚した左翼の運動が国家による弾圧を受けて孤立し軍事化するという延長上に起きた負の出来事として議論されてきた。

ポスタービジュアル(配給会社提供)
ポスタービジュアル(配給会社提供)

 連合赤軍事件同様、いまだに十分な総括や検証がなされたとは言い難いのだが、今回の映画は、それを約50年を経て韓国の監督が検証しようとしたものだ。タイトルの「狼」とは東アジア反日武装戦線のグループ名で、映画はその元メンバーや支援者らを訪ね歩いて、50年前の事件をもう一度考えてみようとしたものだ。

 今回攻撃している右翼団体の主張は、極左の活動を容認する「反日」映画だというもののようだが、この映画をどう見るかについて評価はもちろん分かれるだろう。特に東アジア反日武装戦線の場合、天皇に対するテロ計画といったものを含んでいただけに、これまでも関連書籍が右翼の攻撃で出版中止になったり、様々な経緯をたどってきた。

 ちなみに10日の会見で配給会社「太秦(うずまさ)」の小林三四郎社長は「50年経て反転してしまった『反日』」という表現を口にしていた。50年前は日本の戦争責任を問う言葉として「反日」が使われたのだが、今や日本において「反日」は、右翼が攻撃対象に貼るレッテルになってしまったのだった。

 さらに言えば、東アジア反日武装戦線について、思想に命を懸けた点などを右翼の側から心情的に捉え返したのが鈴木邦男さんらで、既成右翼と区別してマスコミから「新右翼」と呼ばれたグループだった。鈴木さんの原点とも言える本が1975年に上梓した『腹腹時計と狼』。まさに東アジア反日武装戦線について取り上げたものだった。今回の映画やそれをめぐる事態については、鈴木さんが元気だったなら言論においても行動(もちろん上映妨害に反対する行動だ)においても先頭に立っただろうに、残念だ。

映画「狼をさがして」より C:Gaam Pictures
映画「狼をさがして」より C:Gaam Pictures

 映画『狼をさがして』については、月刊『創』(つくる)誌上で二度にわたって取り上げている。『創』4月号に掲載した「映画『狼をさがして』の監督がたどった『狼』の足跡」についてはヤフーニュースに公開している。この映画にも出演している太田昌国さんの原稿だが、実に考えさせる内容なのでぜひご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/147b8de8db87ffb787fd28cb416f5c5b03687b93

映画『狼をさがして』の監督がたどった「反日武装戦線」の足跡   太田昌国

 翌『創』5月号には映画の監督へのインタビューを掲載したが、これも公開した。

https://news.yahoo.co.jp/articles/616ae00f34800ef3e68e1adfdd2a33419a2e745a

彼らはなぜ爆破事件を起こしたのか?  狼たちの奇跡を辿るドキュメンタリー 映画『狼をさがして』キム・ミレ 監督インタビュー

全国公開から1カ月後に横浜で右翼団体が街宣

 さて以上のような映画『狼をさがして』だが、公開は3月27日、渋谷の「シアター・イメージフォーラム」などが皮切りだった。会見でも太秦の小林社長が語っていたが、右翼の抗議行動といった事態も当初懸念されたが、結局何事もなく公開されたためにその後多少油断した面もあったという。シアター・イメージフォーラムはこれまで、数々の問題作を上映してきた筋金入りの映画館だ。前述した『ザ・コーヴ』上映の時も、劇場前の路上で右翼、警察、市民らを巻き込んだ衝突が起き、激しい混乱の中で鈴木邦男さんが顔面から出血するという事件も起きた。そういう状況でも毅然として映画上映を続けてきたのがイメージフォーラムだ。だから今回の映画も全国公開はイメージフォーラムを皮切りに、というのは上映側の戦略だった。

 実際に右翼団体の街宣が行われたのは公開から約1カ月を経た4月24日、横浜の映画館「横浜シネマリン」に対してだった。前述したように、これまでも右翼団体の映画攻撃が何度もなされてきたのが横浜で、今でも語り草になっている1998年の映画『南京1937』に対して右翼がスクリーンを切り裂くという事件も起きていた。

 4月24日は横浜シネマリンでの公開初日だったから、右翼側は事前に準備していたのだろう。2台の街宣車が大音量で上映中止を求める抗議行動を展開したという。このへんの詳しい経緯は10日の会見で明らかにされたものだが、次に多数の街宣車が押し掛けたのは4月29日「昭和の日」、昭和天皇の誕生日だった。以前からこの日に街宣が行われていたというが、今回はシネマリンに対する上映中止の街宣も含まれた。極左の行動を容認する映画だというだけでなく、映画の売り上げが極左の活動資金になるといった、ありえない主張もなされたらしい。

 続いて右翼の抗議は厚木市にも飛び火した。5月8日から上映を予定していた「あつぎのえいがかんkiki」に対して4月30日に警察から連絡があった。5月8日と9日に右翼団体が街宣を予定していて許可願を申請しているという情報だった。既に横浜で街宣行動が行われていたから、5月8日の同映画館の上映初日にも街宣がなされることを察知した警察が事前に警戒を呼び掛けたらしい。

厚木の映画館は上映中止を発表

 問題はこの映画館の場合、厚木市の複合施設内にあり、建物にはショッピングモールや託児施設などもあったことだった。つまり何らかの暴力的行為があった場合、被害が映画館だけにとどまらない恐れがあった。映画館の支配人はその日のうちに配給会社に連絡、そして5月1日には上映中止を決定した。SNSにて発表された「上映中止のお知らせ」は「諸事情により上映を中止させて頂くこととなりました」というもので、中止の理由については明らかにされなかった。配給会社に上映中止を伝えた時、支配人は「何よりも安全を優先したい」と語ったという。

発表された上映中止のお知らせ
発表された上映中止のお知らせ

 続いて5月4日、「『狼をさがして』上映中止の経緯」という文書が発表された。5月8日と9日の2日間、「街宣車数十台で街宣活動を行う」との連絡が厚木警察からあったことを明らかにしたうえで、近隣住民や隣接する各店舗に迷惑をかけることが心苦しい、見物人が密となりコロナ感染拡大が懸念される、という2つの理由が掲げられていた。当事者にとっても苦渋の決断であったことは最後のこの1文に示されていた。

「『狼をさがして』は是非ご覧いただきたい作品でございます。全国の劇場に足を運んでいただけると幸甚です」

 10日の会見も本来なら劇場の支配人が直接説明するのが筋なのだが、スタッフも支配人も体調を崩してしまっているという説明が配給会社よりなされた。上映は中止になったが、予定されていた5月8日には、何事か起こることを懸念して警察や市のスタッフなどが現場に足を運んだという。上映中止で不測の事態は回避されたものの、この影響は決して小さくないと思われる。

 『ザ・コーヴ』の時も事前にネトウヨがネットで街宣抗議を予告しただけで次々と映画館や自主上映予定の大学などが中止を決定。結局、公開後に予定していた月刊『創』主催の映画上映と討論会が何と最初の大規模公開の場となってしまった。当日はパトカーが何台も現場にやってくるという厳戒態勢での上映となったが、次々と上映中止が広がる時点で、当然攻撃している側は勢いを増していった。

 上映中止の映画館が続くことで右翼側の行動は各地に飛び火し、雪崩を打ったように上映中止が広がるという事態を招いた。『靖国』など一時は全映画館が上映中止に至り、多くの人が深刻な事態だと受け止めた。ただこの状況がマスコミで大きく報道され社会問題化するなかで、それを放置できないという声も急速に広がった。

 私も参加した『靖国』への攻撃に抗議する記者会見では是枝裕和監督や田原総一朗さんなど多くの表現者が発言し、存命だった筑紫哲也さんのメッセージが読み上げられた。表現の自由が脅かされたことへの危機感が社会全体に広がり、新たに上映に踏み切る映画館が次々と名乗りをあげた。結果的に逆に上映は拡大し、関心を持った多くの客が映画館に足を運んだことで興行としても成功した。上映現場には警察が警備に入っただけでなく、弁護士たちがボランティアとして訪れるなど、まさに市民的な力で右翼の攻撃を跳ね返すことになった。

 上映が潰されたまま事態が終わってしまっては、今後、問題作と言われるような映画がいっさい上映できなくなってしまう恐れもある。今回のような事態が起きた時に社会全体が関心を持って取り組み、今後のためにタブーを作らないようにするのはとても大切なことだ。

横浜シネマリンが「上映を続ける」と宣言

 そして5月7日、「横浜シネマリン」に2人組の男が昼過ぎに訪れ、上映中止を要求、支配人に会わせろなどと受付スタッフに詰め寄る事件が起きた。すぐに警察と配給会社代表が駆け付け、2人に建物の外に出てもらって対応した。2人は一度引き上げたが、夜になって再び劇場を訪れた。「厚木が上映を中止したのにお前のところは何だ!」といったことも叫んでいたという。街宣車が付近を大音量で走りまわるだけでも脅威なのに、劇場の中にまでそういう人物がやってくる事態に、映画館関係者や警察は連携しながら警備態勢を強化することを決めた。 

 そして5月8日にも街宣車が抗議行動を展開。そうした事態を受けて10日の会見が開かれたのだった。配給会社の代理人弁護士は、業務妨害で刑事告訴することも視野に入れて考えていると語った。

 会見では横浜シネマリンの声明も配布された。一連の経緯を述べた後、声明にはこう決意が書かれていた。

「大音量による街宣活動で威嚇することや、直接劇場に侵入することは、言論の自由を妨げるだけでなく、来場者、劇場スタッフに身の危険を感じさせる行為であり、到底許されるものではありません。

 さらにその主張は、映画の内容を歪曲するもので、的外れな主張で相手を攻撃することは暴挙であり、これもまた決して許されるものではありません。

 横浜シネマリンは、このような暴力的、且つ的外れな抗議行動に決して屈することなく、上映を続けます」

 劇場自体が言論表現の場を担っている場だという自覚に立った感動的な決意表明だ。このシネマリンの決意を無駄にすることのないよう、孤立させないことが、表現に携わる者だけでなく、市民社会全体にとって大切だ。ぜひ横浜の市民は劇場を応援してほしいし、多くの人が声をあげて欲しい。

『狼をさがして』の全国の劇場情報については公式ホームページをご覧いただきたい。

渋谷のイメージフォーラムでも上映が続いている。

http://eaajaf.com/

 今回の事態については、今後も順次続報を届けていきたいと思う。

 なお映画が右翼の攻撃を受けた事例については、2019年に慰安婦問題をテーマにした『主戦場』が公開された時期、『沈黙―立ち上がる慰安婦』という映画が激しい街宣攻撃を受けた事件があった。『主戦場』について書いた下記の記事でその経緯にも触れたのでご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190504-00124778/

映画『主戦場』は日本の「慰安婦タブー」に新しい風穴を開けるかもしれない

 この年は夏に「あいちトリエンナーレ」事件という歴史的な出来事があったのだが、その影響ともいえる映画祭での『主戦場』上映中止事件についても下記の記事を参照いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20191103-00149386/

慰安婦問題を扱った映画「主戦場」が映画祭で上映中止になり再び復活した騒動の深刻な背景

『靖国』『ザ・コーヴ』などの上映中止事件などもだいぶ昔の歴史的事件になってしまった。それぞれわかりやすくまとめた記事をヤフーニュースにアップしよう。今読み返すと、いろいろ今日の事態を考えるうえで役に立つことも多い。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6e2661867081125688e71fb1e7f96eca6c15a4b3?page=3

映画『ザ・コーヴ』上映中止騒動の全経緯

https://news.yahoo.co.jp/articles/21b4c80e9b3707487ddd0b5b1f05d39a5d76380e

「自粛の連鎖」―「靖国」上映中止事件の全経緯 

いろいろ検索していたら当時創出版ホームページに作った特設サイト「映画『ザ・コーヴ』の上映中止問題を考える」が見つかった。当時の雰囲気を知るためには参考になる。

http://thecovejouei.blog133.fc2.com/

 映画『靖国』上映中止事件については創出版から『映画「靖国」上映中止をめぐる大議論』という本を2008年に出版している。詳しい経緯だけでなく多くの言論人がそれについてどう発言したかもまとめてある。

 この事件について、当時、上映側が立ち上げた特設サイトがいまだに残っている。これも当時の雰囲気がわかるので、リンク先を張っておこう。

http://www.eigayasukuni.net/

 また映画『天皇伝説』や『ザ・コーヴ』などへの右翼の攻撃について鈴木邦男さんがどう考えどう対処してきたかについては鈴木邦男著『新・言論の覚悟』(創出版)に詳しい。今回の事態に、鈴木さんが難病で活動できないでいることが本当に残念だ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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