Yahoo!ニュース

元体操五輪・岡崎聡子さんの薬物裁判証人として語った「そんな人生は切なすぎる」

篠田博之月刊『創』編集長
東京地裁(筆者撮影)

 8月15日11時から元体操五輪代表・岡崎聡子さんの薬物裁判第2回公判が開かれた。3人の情状証人による証言がなされたのだがトップバッターが私だった。この日も大きめの725法廷はほぼ満席。当初は被告人質問まで行く予定だったので、それを目当てに傍聴した人も多かったと思う。でも被告人質問は次回公判9月18日10時からに回された。次回は結審まで行く予定だ。

 情状証人が3人というのは異例だったようで、裁判所からは、証人席は2つしか用意できないと言われた。そこで私と次の証人アパリの志立玲子さんが開廷30分前から並んで一般傍聴席も確保した。もう一人の証人は沖縄ダルクの森廣樹代表。その日、朝早く沖縄を立って、この証人出廷のために上京したのだった。台風が来ていたので飛行機が飛ぶか心配されたが、飛行機は台風の上を飛び越えたようで時間通りに到着した。

 弁護側の証人が3人も立つことになったのは、岡崎さんが本格的治療に専念する体制ができていることを示すためだった。私が最初に証言台に立って、岡崎さんとの10年にわたるつきあいと、今回、彼女とアパリを橋渡しした経緯を語った。次いで志立さんが、岡崎さんの出所後、どういうサポートを行っていくか述べ、3番目に森さんが具体的に岡崎さんの受け入れ態勢について語る、という流れだった。最近は薬物事件の裁判では「処罰から治療へ」の流れもあり、どういう治療体制が組まれているか語られるケースが多いが、今回はその点ではかなり強力なアピールができたと思う。

 なおアパリとダルクについてまだあまりご存じない方は下記をご覧いただきたい。

http://apari.or.jp/about/

http://darc-ic.com/

  アパリの副理事長である石塚伸一さんとは長いおつきあいで、『創』での石塚さんへのインタビューは下記をご覧いただきたい。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190621-00010000-tsukuru-soci

 薬物依存めぐる現状と「刑の一部執行猶予」制度  石塚伸一

公判前日に接見して岡崎さんが語ったこと

 さて岡崎さんには公判前日の8月14日に接見した。彼女も翌日公判で被告人質問まで行く予定でもあったため、高揚した感じで思いを熱く語った。

 「今まで社会から孤立することで、そこから逃げるために薬物を使ってしまっていたけれど、本当はそれでよいとは思っていない。自分がダメなんじゃないかと落ち込んだ時に救ってくれたのが薬物だと思ってきたけれど、本当なら薬物に依存しないで生きていきたい。がんばってそうなったところを見てもらえれば、これまで迷惑をかけてきた家族への贖罪にもなるし、同時に自分にとっても生きがいになっていけるように思う。そうやって前向きに生きようと決めたことで、最近は筋トレも始めたし、これまでと違う気持ちになっている。

 そういう気持ちになったのは、孫ができたことも大きいかもしれない。息子の相手女性の親も良い人たちで、これからそういう新しい親戚とおつきあいしていくためにも立ち直らないといけないと思う」

 岡崎さんは自分の人生についてもやや醒めた目で見ていた人で、これまで自分の生き方を熱く語るというタイプではなかったのだが、今回はこれまでとは違う決意をしているようだ。10年つきあってきてそういう彼女を見るのは初めてだったので、面会室で少し驚いた。15日の公判で、岡崎さんをこれから受け入れるアパリやダルクの関係者は、出所後は沖縄の女性専用の入寮施設に入ってもらう、その入寮時期は少なくとも1年以上になると証言していた。沖縄に1年以上移り住むというのは岡崎さんにとってもこれまでと生活環境を大きく変えることになる。それを彼女が承諾したために、沖縄ダルクの施設長がわざわざやってきたのだが、彼女にとっても人生の大きな転機になるかもしれない。

私の証言内容とは…

 私の証言内容は、その日提出した上申書に書いたので、大半を引用しておこう。

《岡崎聡子さんとも10年ほど前にインタビューしたのがきっかけですが、それ以降、いろいろな相談に乗ったりという関係を続けてきました。

 この10年間、岡崎さんは何度か逮捕されており、依存症であることは理解していました。本人としても何とか依存症から立ち直るべきとの思いはあったと思いますが、これだけ何度も逮捕されていると家族との関係にも距離ができてしまい、出所しても自分で生活していかなければならない環境でした。生活していくのに精いっぱいで、追い詰められて再び薬物に逃避するということの繰り返しだったように思います。

 既にそういう状況に対して本人もある種の醒めた感覚、斜に構えたような感覚を持っているようでした。かつてはオリンピックの体操の代表選手でもあった女性ですから、その後の思うようにいかない人生について、多少屈折した複雑な思いを持っていたと思います。

私は、薬物依存で大変な目にあっているケースを他にも幾つか近くで見てきた経験もあって、岡崎さんにも何とかしてほしいとは思っていましたが、それは本人の人生観にも関わる事柄で、簡単にはいかないという気持ちを抱いていました。

 たださすがに今回の逮捕を機に、これが最後のチャンスではないかと思い、本人にも強く治療を勧めたし、アパリとの間を取り持つなど、尽力してきました。岡崎さんももうすぐ還暦を迎えるという年齢ですし、前の逮捕の後、両親を相次いで亡くしました。拘置所にいた時に父親が亡くなり、刑務所に服役中に母親が亡くなったのですが、その母親が重篤な容態の時に、何とか一目会えないだろうかと私に依頼してきました。

 私はそれまでも治療機関であるダルクやアパリのことは知っていましたが、身元引き受け体制を作って仮釈放を得るためにはその協力を得るしかないと思い、アパリの事務局長に福島刑務所まで面会に行っていただきました。ところが面会した時には、母親がその直前に亡くなったと知らされました。》

親の死に目にも会えない人生は見ていて切ない

《まさに親の死に目にもあえない状況で、見ていて切ない気持ちになりました。そこで、残りの人生を考えればここで本格的治療に取り組まねばならないと、強く説得しようと考えました。

 今回、治療機関との関係構築を始め、岡崎さんがこんなふうに具体的に取り組むことになったのは、少なくともこの10年来で初めてです。しかも今回、本人が治療に前向きになっているのが顕著に感じられます。それは恐らく、本当はもっと早く何とかしたいと思っていたのにそういう環境がないためにできなかったということだと思います。

 本人は、前回の服役中に孫もできたし、がんばってみたい、そんなふうに前向きに生きることが迷惑をかけてきた家族への贖罪になるし、自分にとってもいきがいになるように思えると語っています。

 このところの調査で、高齢の女性の薬物事件再犯率が高くなっていることが新聞で報道されていました。もちろん本人の自覚が一番大切なのですが、私はいろいろ薬物依存者の悲惨な状況を見てきて、本人と家族だけに問題を背負わせるのでなく、社会のサポートや取り組みがない限り、薬物依存を減らしていくことはできないと思っています。

幸い、刑の一部執行猶予制度など薬物依存者を治療に向かわせるためのシステムが、この数年間で日本社会には少しずつ作られ始めているように思えます。

 今回の岡崎さんの治療に取り組むという決意についても、いろいろなサポートがなければ決して実現はしないと思います。幸い今回は、アパリやダルクとの連携もできつつあり、岡崎さんが薬物依存症に陥って初めての環境が整いつつあります。

 今後とも岡崎さんが治療に取り組もうというのであれば、それをサポートし、その彼女の努力を家族や社会に示していくことが、重要なことと思っています。それは薬物依存に苦しむ他の多くの人にとっても励みになるし、薬物依存の克服は大変なことではあるけれど努力すれば状況は変わっていくということを、岡崎さんにはぜひ社会に示してほしいと思います。》

「孤立しないことが大切です」

 法廷では、弁護人、次に検察官から質問を受け、裁判長の方を向いて答えるのに頭がいっぱいだったが、傍聴席から見ていた知人によると、岡崎さん本人は、時にうなづいたり涙をためながら証言を聞いていたという。

 アパリの志立さんは、服役中から面会や手紙のやりとりなどの支援を行うことや、出所後の岡崎さんの受け入れ態勢などを説明し「今回が最大のチャンスだと思います」と語った。

沖縄ダルクの森さんは、出所後の入寮生活でどんな治療を行っていくか具体的に語った。

「必要なことが3つあります。1つは本人の意欲、2つ目は居場所があること、そして3つ目は岡崎さんが心を開くことです」

「再犯を防ぐために大事なのは、一人で闘い続けなくてはならないという環境でなく、仲間と一緒に闘うこと。孤立しないことが大切なんです」

「薬物はもちろんですが、依存症から抜け出るためには、アルコールやギャンブルも禁止です。そうやって1年がんばれた人にはバースデイというんですが、多くの仲間と祝福する。あとはその薬物に頼らない生活をどこまで続けられるかでしょうね」

 

 前述したように、当初は証人を2人にして岡崎さんへの被告人質問まで行う予定だった。それが証人が3人になったことで、被告人質問は次回公判へ持ち越しとなった。本格的治療への道を踏み出した彼女がその心境をどのように語るのか、興味深い。

 公判終了後、証人3人と弁護人とで、一緒に裁判所の地下食堂で昼食。今後の方針などを話し合った。裁判は次回公判が山場となる。

 

 なお岡崎さん逮捕事件については既にかなりの記事を書いてきた。一通り読むと流れがわかるはずだ。

元体操五輪選手・岡崎聡子さんの薬物逮捕後の近況と報道する人たちへの提案 6/19

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190619-00130756/

薬物逮捕の元体操五輪代表・岡崎聡子さんが面会室で語ったことと獄中手記 6/20

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190620-00130909/

薬物逮捕の元体操五輪・岡崎聡子さんが今回は本格的治療をというもう一つの事情 6/28

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190628-00132067/ 

元体操五輪・岡崎聡子さん薬物事件7月3日初公判。予想を超える傍聴希望者が訪れた 7/4

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190704-00132898/

元体操五輪・岡崎聡子さんに関して寄せられた専門家の見解と法務省の取り組み 7/13

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190713-00134140/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事