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元体操五輪・岡崎聡子さんに関して寄せられた専門家の見解と法務省の取り組み

篠田博之月刊『創』編集長
テレビでも放送(フジテレビ「バイキング」筆者撮影)

 ヤフーニュースに記事を書くようになってから、インターネットの力に驚くことがよくあるのだが、そのひとつはリアルタイムで関係者からの情報提供があることだ。

 元体操五輪代表・岡崎聡子さんの薬物依存についての記事で前々回、情報提供を呼びかけたところ、専門医などから詳細な情報をいただいた。岡崎さんとは既に何度も接見しているが、その情報は7月9日の接見の時に本人に伝え、詳細を手紙で書き送った。

薬物依存の女性受刑者に法務省が対策強化

 その話に入る前に、6月25日付の読売新聞が報じた「脱・薬物へ『刑罰より治療』女子刑務所が再犯防止策」という記事について紹介しよう。検索してみたら、今年2月13日に毎日新聞も「脱薬物へ女性受刑者支援 男性より回復難、出所後につなげ 札幌刑務所で検証」という記事をデジタルで公開していた。

https://mainichi.jp/articles/20190213/dde/041/040/013000c

 

6月25日夕刊の読売新聞記事(筆者撮影)
6月25日夕刊の読売新聞記事(筆者撮影)

 読売・毎日ともに趣旨は同じで、法務省が本格的な女子薬物受刑者への治療対策に乗り出したというものだ。読売新聞の6月25日の記事は最近の具体的な動きも紹介している。私は知らなかったが、統計上も女性の方が男性に比べて薬物依存度が高い傾向が見られるという。

そもそも薬物依存者に高齢化の傾向が見られることは以前も書いたし、詳細は専門家でもある石塚伸一龍谷大教授の下記インタビューを読んでほしい。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190621-00010000-tsukuru-soci

 つまり薬物依存についていうと、高齢化、女性の回復難など、幾つかの傾向が見られるようになっており、法務省はそれに対する具体的施策に動き始めているというわけだ。

前回出所後、薬物に対する反応が変化

 それを考えると、まさに岡崎さんはその傾向にあてはまる事例だ。彼女をどうやって本格的治療に向かわせるかというのが、今回の逮捕事件で浮上した課題だが、これは薬物依存から脱却しようとしている多くの人にも役立つと思う。

だから可能な範囲で経緯を伝えていこうと思う。ちなみに岡崎さん逮捕後、私が既に書いた記事は下記4本だ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190619-00130756/

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190620-00130909/

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190628-00132067/

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190704-00132898/

 そのうちの前々回の6月28日の記事で私はこう書いた。

《出所後の劇的な変化とは何かというと、実は岡崎さんは出所後も複数回、薬物に手を染めているのだが、以前と違って、使用後の多幸感が得られなかったばかりか、身体が薬物を拒否するようになっていたというのだ。

 なぜだかはわからない。でもこれは薬物をやめるには格好のことだ。

精神的身体的に何が起きているのかわからないので、そのためにも保釈を得て検査入院をした方がよいのだが、これはどういうことなのだろうか。この記事を読んでいる薬物依存専門の方で、そういうことがあるのかどうか、あるとしたら何が考えられるのかぜひ教えてほしい。》

 この問いに対して専門医から詳細な情報が届いたのだ。同時に私の知り合いでもある薬物依存問題の専門家にもこの件について訊いた。それらを含めて紹介しようと思う。

まずは専門医の見解。了解を取ってないのでとりあえず匿名にする。

《依存症の患者さんたちで、「やっても以前の気持ちよさは体験できなくなったし、やった後の苦しさが以前よりも強く、長く続くようになった」と語る方はめずらしくないです。大体、重篤な依存状態を呈している方で、この状態に達したのをきっかけに真剣に断薬のための治療を希望するようになって来院される方も少なくありません。その意味では、治療のターニングポイントになる感覚です。

 ただ、この感覚に到達したら断薬が容易になるというわけではありません。もはや薬物使用をしても何一つよいことが体験できないにもかかわらず、過去の快感の記憶に突き動かされ、まるでパチンコにとりつかれた人が「次こそはアタリが出るのではないか」と、性懲りもなくパチンコを打ちに行くように、薬物使用をしてしまう人の方が多いです。もちろん、「アタリ」は体験できず、自責感や惨めさ、恥の感情に苛まれたり、快感はないのに、幻覚や妄想のような、覚醒剤の不快な副作用ばかりが長く続いたり、後遺症が悪化したりして、精神的に苦境に追い詰められます。この時期自殺を考える方も少なくありません。

 検査してみないとなんともいえないですが、別の病気が生じているというよりも、薬物依存症が重症化していて、もしかするとその後遺症もできはじめているのかもしれません。》

次に別の専門家のコメント

《「身体が薬物を拒否する」というのは、他に特別の病気でないなら、加齢で体力が落ち、耐性が弱くなったので、これまでと同じような使い方をしていると、身体が拒否するということなのかもしれません。まずは、医師の診断を受けるべきだと思います。》

「岡崎聡子さんの覚醒剤離脱について」専門医の見解

 そして今回、寄せられたある専門医からの詳しい意見だ。一部を省略して載せる。

《違法薬物だけではなく飲酒においても、体が酒を受け付けなくなる、という症状は依存度が高い患者さんでも起こります。そして、その時は離脱への大きな転機になることが多いと思います。

 アルコールを長期、多量に摂取する方でも、岡崎さんの様に、以前と同じ感じが無くなった、あるいは、身体が受け付けなくなった、とおっしゃる方がおられます。

 アルコールは身体依存性があり、大量摂取されている方では身体症状が出現する場合があります。アルコールをはじめ、薬物依存の場合、この目に見える身体的変化が依存から抜けだすきっかけになる事が多いのではないか、と思います。

 これらの症状が出る理由には諸説あります、アルコール自身や代謝物の毒性、あるいは代謝に必要なビタミンなどの欠乏、あるいは何か代謝副産物によるなどです。

 一方、覚醒剤に対する反応として、海外ではADHD等の治療薬として投与されていることもあるように、個人間で薬効にかなりの差があると思われます。ただ、乱用の状態であればかなり身体的な負荷がかかった状態であるのは疑いなく、乱用するのは金銭的、身体的に耐えられたから、という事もできると思います。

 ただ、覚醒剤による気分の高揚や、性感などの上昇は、やはり、連用とともに減退してしまうのではないかと思います。

 覚醒剤では身体性依存は少なく精神依存性が高いとは言うものの、「抑鬱などの気分の変調」や「記憶の欠落」、「統合的思考の変調」などが自覚されたときには、アルコールにおける指先の振戦のように、一種の恐怖を感じて薬物から離脱したい気持ちが起こるのではないか、と思います。

 身体が受け付けなくなった、という件ですが、アルコール依存の場合は、肝障害を伴っている時が多いの脱ですが、実は、別の原因で体調不良になっている場合もよく見られます。

 どうも、脳がアルコールを含めた薬物摂取をするとき、快不快の記憶があり、不快な記憶や体験が上回ると、摂取を無意識に避けるようです。この不快と言うのは、身体の疲れ感なども含みます。

 覚醒剤などの薬物には心機能への負荷がかなりあると思われ、知らないうちに不整脈が誘発されたり、胃や消化器の不調が、摂取するよりも先に、起きるようになって、意識外のところで身体が不快な記憶として認識しており、摂取しようとしても、いざ、そのような時になると摂取したくない気が無意識のうちに起きるのではないかと思います。

実は、薬物摂取や依存とは関係ない体調不良でも、同じ様に薬物を摂取しなくなくなることもあります。》

「隔離」でない形での薬物依存からの離脱は

《経験的に言えば、困難さの程度はあるとはいえ、薬物からの離脱は可能であると思います。逆に、今まで巷間で言われているような、「脳に傷が残る」とか「一生止めれない」とか「人間やめますか」というようなことは、薬物の副作用としては考えにくく、誇張された暗示性があり、依存症の多くの人がより、離脱期にかえって精神的依存に向かってしまうような状況を作り出しているのではないかと考えております。ただ、依存症というのは個々人の背景も違い、多様な相をもっている疾患で、確かに刑罰的な「隔離」が功を奏す場合もあるかもしれません。

 しかし、岡崎さんの場合、懲罰的な刑が「薬物依存」に有効であるとは言えないと思います。私としては自分自身も依存から脱却しなければならないという立場ですので、「本当に有効な手法があるのか」について医者としてというよりも、「何とかしなくてはならない患者」の立場から岡崎さんの経験を通して学ばせて頂けたらと思っています。

 「懲罰的な行為をなさなくても依存者が薬物依存から脱却しうる」という事が日本において示されることは、日本の司法や医療において大変重要な事であると思っています。》

 見解の引用は以上だ。岡崎さんが治療へと向かい、しかもそれが彼女の人生を変えていくことにつながるのかどうか。

 薬物依存の問題については、社会的理解を得るためにも、具体的な事例に即してオープンな議論をやったほうがよいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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