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日本は「低出生率の罠」から脱出できるのだろうか?

島澤諭関東学院大学経済学部教授
画像はイメージ(写真:イメージマート)

出生率が長く低迷すると、子供が少ない社会状況が「当たり前」となってしまって、人々はそうした少子社会の現実に自分の意識やライフスタイルをあわせて最適化を図るので、少子化から抜け出せない状況になってしまうことを、オーストリアの人口学者LutzらはLow-Fertility Trap Hypothesis低出生率の罠仮説)と呼んでいます。

Lutz,W., Skirbekk,V. and Testa,M.(2006)," The Low-Fertility Trap Hypothesis: Forces that May Lead to Further Postponement and Fewer Births in Europe ", Vienna Yearbook of Population Research, pp.167-192.

本記事では、低出生率の罠を合計特殊出生率が1.50を下回った状態が20年以上継続した状況と定義することにします。

世界銀行のデータによりますと、合計特殊出生率が1960年以降2021年までの間で1.50を継続して20年以上下回った14の国(オーストリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ドイツ、スペイン、ギリシア、ハンガリー、イタリア、日本、韓国、マルタ、ポーランド、ポルトガル、シンガポール、スロバキア)のち、低出生率の罠から脱出できたのは、実は、ドイツ・ハンガリー・スロバキアの3か国のみにとどまっています。

図 合計特殊出生率と低出生率の罠((出典)筆者作成)
図 合計特殊出生率と低出生率の罠((出典)筆者作成)

なかでもドイツは1975年に合計特殊出生率が1.45と1.50を下回ってから2015年に1.50を回復するまで40年間も低出生の罠にどっぷりと嵌っていたのです。そこからの復活劇は世界でも例を見ない快挙と言えます。

しかし、EUのデータによれば、2022年にはドイツの合計特殊出生率は1.46となり、再度1.50を下回っているのが、懸念材料といえるでしょう。さらに、ハンガリーやスロバキアも1.50は下回っていませんが2021年の数値を下回っています。

ドイツの好調な出生率の回復は、移民や難民の受け入れといった外国人の貢献が大きいとも指摘されています。

現在、少子化対策の強化に向けて、児童手当や育児休業給付を拡充し財源として社会保険料に上乗せする「支援金制度」の創設などを盛り込んだ、子ども・子育て支援法などの改正案が衆議院で審議されていますが、いったん低出生率の罠に陥った日本が、低出生率の罠から抜け出すのは容易ではありません。

実際、筆者は下記の記事でも指摘しましたが、1994年にエンゼルプランが合意され本格的な少子化対策が実施されて30年経過しますが、出生率は低下しています。つまり、日本の少子化対策は失敗の歴史だったわけです。

日本の少子化対策30年を採点しよう

低出生率の罠からの脱出を目論むのであれば、例えば、ドイツのような外国人受け入れなども必要になると思うのですが、本当に日本人はそういう状況を望んでいるのでしょうか?あるいはその覚悟はできているのでしょうか?

少子化対策については、負担や給付ばかりが注目されますが、その政策効果については一向に議論される様子がないのが、残念でなりません。

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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