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厚労省の年金改革5案を読み解く

島澤諭関東学院大学経済学部教授
写真はイメージです(写真:イメージマート)

16日、厚生労働省は、5年に1度の年金将来の公的年金の財政見通し(財政検証)に向けて議論の土台となる5つの項目を発表しました。

厚労省、年金改革へ5案検証 パートほぼ全員加入案など(2024年4月16日 日本経済新聞)

令和6年財政検証の基本的枠組み、オプション試算(案)について(2024年4月16日 第14回社会保障審議会年金部会)

図1 財政検証のためのオプション試算の内容((出典)第14回社会保障審議会年金部会(2024年4月16日)資料)
図1 財政検証のためのオプション試算の内容((出典)第14回社会保障審議会年金部会(2024年4月16日)資料)

この5つの案のポイントは、以下の3つとなります。

(1)保険料収入の確保

読者のみなさまもご存知の通り、日本の公的年金制度は賦課方式で運営されていますが、この賦課方式とは端的に言ってねずみ講に他なりません。現在の日本でねずみ講を維持するのは至難の業です。少子化、高齢化が進行するなかでもねずみ講を維持しようと思えば、加入者を増やすか、保険料を増やすかのどちらかになる訳で、パートを国民年金から厚生年金に組み込むことで事業者にも保険料を負担させたり、標準報酬月額の上限を引き上げることで保険料収入を増やし、また、拠出期間を延長することで加入者を増やすのと同じ効果を得ようという訳です。

(2)低年金の解消

現在の公的年金制度は2004年の大改革(いわゆる「100年安心プラン」)を受けた制度となっている訳ですが、それまでは、高齢者が受け取る年金額を現役世代の手取り賃金の約60%の水準とし、その年金額を確保するため、保険料および国庫負担を調整する給付水準維持方式が採られていました。

しかし、この「給付水準維持方式」では、年金給付を維持するために極端に言えば際限なく現役世代の負担が増えることになってしまいますので、少子化、高齢化の進行を見据えて、最終的な保険料の水準を固定し、年金給付はその範囲内で見直すという保険料水準固定方式が導入されたのです。

さらに、保険料水準固定方式の下で、世代間の公平の観点から、新規裁定者と既裁定者の給付水準の調整を行うために、賃金や労働力人口といった社会全体の保険料負担能力の伸びに見合うよう年金改定率(スライド率)を調整するマクロ経済スライドも導入されました。

このマクロ経済スライドによる給付水準の調整は、基礎年金(国民年金)と報酬比例それぞれに適用されているのですが、実は、それぞれの調整終了期間は一致していません(国民年金の方が長い)。というより、財政検証の度に、基礎年金(国民年金)の調整期間が長期化し、その結果、基礎年金(国民年金)の給付水準が大きく低下することが見込まれています。

そのため、特に国民年金受給者で低年金の増加が懸念されていますので、国民年金の水準を維持し国民年金受給者の不安を解消するため、保険料収入を増やす必要性が出てきたのです。

もちろん、年金保険料の払い込み期間が増えたり、国民年金から厚生年金への引っ越しで事業主負担が増える分、負担者が貰える年金が増えるのはその通りなのですが、先にも申し上げました通り、日本の公的年金制度の本質はねずみ講ですから、今納められた年金保険料は今の高齢者の給付に充てられるわけで、今回の措置は保険料収入を増やして、今の高齢者の給付を守るのが隠された目的といえるでしょう。

(3)高齢者労働力の確保

在職老齢年金制度には、2つの相異なる思惑があって、1つは、高所得の高齢者に年金を我慢してもらうことで現役世代の負担を下げようというもの。1つは、働いている高齢者にも年金を支給することで高齢者の就業を阻害しないことを目的とするものです。

後者の考えからは、在職老齢年金制度の存在によって、高所得であるからといって年金を受け取れないのは高齢者になっても働いていることへのペナルティーとなります。あるいは、潤沢な金融資産の保有者は年金を受け取れるわけで、これも不公平に感じられます。

その結果、高所得高齢者が働くの辞めてしまえば、ただでさえ人手不足に苦しむ日本経済にマイナスの影響を与えることになってしまいますから、在職老齢年金制度の改革を考えているのだろうと思われます。

まとめると、ねずみ講(賦課方式)の年金制度を守るために、厚労省がどう取り繕うとも、結局は、今の高齢者の給付を守るために今の現役世代の負担を増やすのが今回の案の基本的な骨格だとなるように思います。まぁ、今の年金制度を前提とするならば、実際、それ以外選択肢はない訳ですけれどもね...。

最後になりますが、17日の読売テレビ「かんさい情報ネットten.」でコメントを取り上げて頂きましたのでご参考にしていただければ幸いです。

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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