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国民年金保険料納付5年延長の「もと」は何年で取れるのか?

島澤諭関東学院大学経済学部教授
画像はイメージです(提供:イメージマート)

厚生労働省が4月16日に公表した(少なくとも)5年に1度の財政検証に向けた議論のたたき台となる5つの項目のうち、国民年金保険料の納付期間を5年延長する案を巡り、国会だけでなく国民やメディアでも盛んに議論されています。

まず、日本の公的年金制度は賦課方式(ざっくり言えばねずみ講です)ですから、国民年金保険料の納付期間を5年延長しても、それがそっくり私たち現役世代の給付となる訳ではなく、国民年金の保険料を5年間余計に納付するとそれは今の高齢世代の給付にあてられることになります。ということは、今の現役世代が年金受給世代になった時に受け取る年金はその時の現役世代による保険料負担という訳です。だからこそ、年金受給世代が増え、年金を支える世代が減る現在、年金の存続が危ぶまれている訳です。

2004年のいわゆる「100年安心プラン」で導入された保険料水準固定方式マクロ経済スライドは、年金受給世代の給付を抑制することで現役世代の負担が過重にならないようにする仕組みとよく説明されますが、実態は、給付を保険料収入と積立金の取り崩しの範囲内に抑えるということで私たちの老後の暮らしを犠牲にして年金財政の安定につなげるのに主眼があり、100年安心なのは年金制度であって、だからこそ逆に私たちの老後は安心ではなくなっているのです。

いわゆる「100年安心プラン」の結果、国民年金の給付の削減が大きく、かつ長く続くことになってしまっていますから、現在の保険料収入を増やすことで国民年金を大きく減らす元凶であるマクロ経済スライドの調整期間を短くすることを企図しているといえます。しかし、これはあくまでも現在の年金受給世代のための措置であるといえます。

国民年金の保険料を5年間余計に納付することになるかもしれない今の現役世代は、今使えるデータをもとに機械的に計算しますと、負担増加額は16,980円/月×12か月×5年=1,018,800円となります。

一方、負担をすれば貰える年金額も増えるわけですが、ここでは次の2つのケースを考えることができます。1つは国庫負担があるケース、もう1つは国庫負担がないケースです。この2つのケースに関しては、2019年の財政検証のオプション試算ですでに試算がなされています。

ここでは国庫負担がある場合について試算してみます。

国庫負担があるケースでは1,018,800×2=2,037,600円だけ負担に対応した給付額が増えることになります。ただし、実際の給付では、月単位(支給は2か月に1度)で支給されますから、少なくとも1,018,800円(実際には国庫負担の財源をどう調達するかでトータルの負担額は違います。筋は消費増税でしょうが恐らく厚生年金の積立金を流用するのではないかと思います)は貰っておかないと損をすることになります。

では、国民年金の保険料を5年間余計に納付することになった場合、何歳まで生きれば「もと」が取れるのでしょうか?

2022年簡易生命表で5年延長の払い込みが終わった65歳時点の平均余命は男性19.44年、女性24.30年なので、男性は寿命までの1年あたりの上乗せ額が2,037,600÷19.44=104,815円なので1,018,800÷104,815=9.7年≒10年、女性は同じく2,037,600÷24.30=83,852円なので1,018,800÷83,852=12.15≒13年となります。

つまり、国庫負担がある場合では、国民年金の保険料を5年間余計に納付するとそのもとを取るためには男性で10年、女性で13年かかることになります。

もっとも、「もと」を取れるのは私たちの子や孫の世代が年金保険料を負担してくれるからであることを忘れてはいけません。

ただし、以上のことは、実は国民年金保険料を納めた人の場合に限定されます。なぜなら、国民年金は社会保険ですから保険料を納めた人は誰でも給付を受ける権利がありますが、裏を返せば、保険料を納めなかった人、納められなかった人は給付を受ける権利がないのです。つまり、年金を受け取ることができないのです。

2022年度末時点で、国民年金第1号被保険者数(任意加入被保険者数を含む)は1,405万人となっています。このうち未納者が89万人です。さらに、全額免除・猶予者606万人、一部免除者33万人ですから、実質的には、全体の51.8%が何らかの形で全く保険料を納めていないか一部しか納めていない人たちです。

厚生労働省年金局「令和4年度の国民年金の加入・保険料納付状況」(2023年6月)

こうした全体の51.8%の人々は当然国民年金の保険料を5年間余計に納付するのは無理でしょうから、保険料負担がない分給付増もなく、給付増という恩恵を受けることはないのです。

要するに、国民年金保険料の納付期間5年延長は低年金者を救う目的もあるはずなのですが、それは、例えば、低収入の非正規就労期間が長く続いたなどで年金保険料を納めることができなかったり、一部しか納めることができなかった本当に厳しい生活を送っている方々、あるいは送ることが容易に想像される方々(いわゆる就職氷河期世代)にとっては、ほとんど関係のない話ともいえるのです。

結局、こうした人々の多くは、生活保護に頼らざるを得ないでしょう。

こうした本当に厳しい老後に直面する人々の存在に鑑みれば、年金財政が安定すればそれでよい話ではなく、本来は、いかに貧困にあえぐ高齢者を救うかが解決されるべき問題であるはずですから、生活保護、つまりは税と一体となって解決策を考えていく必要があるはずです。

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本日(4月25日)、TOKYO MX 堀潤モーニングFLAG で国民年金問題について議論させて頂きました。5月2日までは下記で内容をご覧頂けるようですから、ご関心のある方は是非ご覧ください。

堀潤モーニングFLAG『日本の年金制度は維持するべき?』

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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